エピソード2 冒険者学校の始まり
ギルトリア王国の国王が住む白亜の城。城内の国王謁見の間にてギルトア王国五代目国王クリスマス=アルビオンは玉座にて溜息をつき、付き人に愚痴を吐いていた。
「娘のアルトリアがついに冒険者となるためこの城を出てしまった……娘の成長を嬉しくは思うのだが、その、冒険者になる理由がな」
「五歳の時に離ればなれになった幼馴染を探すため、でしたよね」
「そうそう。カイル君、よく覚えてるね」
「今まで食べたパンの枚数ほど聞かされましたからね」
「君、今まで食べたパンの枚数覚えてるの?」
「ハハハ。まさか。数え切れないですよ」
「ほんと、君、こうして二人で喋る時だけフランクなの、私結構気に入ってるよ」
「ありがたいですね」
謁見の間の扉が勢いよく開かれ、兵の一人が謁見の間に入ってくる。これにより二人の会話はそこで一旦中断となる。
「どうした」
先ほどのゆるい雰囲気から一変し、国王としての顔を見せるクリスマス。
「ハッ。それが、今回の冒険者学校にて『人間』が一人入りまして……王の耳にいち早く知らせたほうがよろしいと思いまして」
「人間……名は?」
「『テイル=ハマー』です」
「ハマーか。あの酒臭い夫婦の家名だな。となると例の村の出か」
(あの夫婦元気にしているかな。少し、懐かしい)
「ハッ、そうであります。それと、その例の村繋がりでもうひとつあります」
「申せ」
「キルミー第二王子の向かわせた軍団の兵が、五体満足で、気絶した状態で地下の訓練場にて転送されてきました」
「……そうか。兵達を至急救護室へ運び治療せよ。そして暫くは休暇を取らせるように。この城がいかなる襲撃を受けようと出てくることは許さん、とな。これは王直々の命令だと言っておけ」
「ハッ! 了解しました。では、失礼いたします」
兵は謁見の間を後にした。
「五体満足、か。愚息の
「個人の兵を導入、とは言え大半はこの国の兵なのですがねえ」
「偵察だから兵を貸してくれと言っておったが、襲撃して返り討ちにあったのであろう。あの村の住人、一番弱い者でもこの私と同等の戦闘能力があるからな」
「それもあるでしょうけれど、数の暴力相手には罠と策で対抗するのが良いでしょうし、まんまと嵌ったのでしょうね。しかもこちらの軍は愚直に正面戦闘したのでしょうし」
「使い方は間違っていないさ。小さな村で数の差も桁違いだ。油断があっても負ける相手ではない。この場合数で押し切るのが正解だ。無駄に策を弄する時間もなかったろうしな」
「無駄に、ですか。キルミー王子の私用の兵って軍師や策士がいなかったですよね。ま、問題は一騎当千の強者しかいなかったことでしょう……と、アールエル王子も会話に混ざっても問題ないですよ」
付き人のカイルの言葉が終わると同時に、謁見の間の上の方から黒い影が落ちてきたかと思うと、着地した。
黒いフードを被った青年で、フードを取ればクリスマスにそっくり顔があらわになる。
「父上、アルトリアが冒険者学校に入ったというのになぜここにいるのです」
「王だからだ」
「違うでしょう、父上。アルトリアが学校初日で頑張る姿を目に収めないでどうするのです!」
うわ、出たよシスコン、とクリスマスとカイルの内心はドン引きだった。もちろん顔には出さなかったが。
「キルミーと一緒で相変わらず妹好きだなアールエル」
「キルミー兄上と一緒にしないでいただきたい。兄上は束縛するタイプですが、私は妹の意志と自由を尊重しています」
「……そうか」
(妹好きを否定しない辺り自覚あるのか)
「ま、それは置いておくとして。あのアルトリアと互角に戦闘を演じる人間の娘がいましたが……彼女の顔、あの女神の顔に」
「アールエル」
クリスマスの顔は少し複雑なものだった。少し困った顔といったほうが正しいのか。行き場のない感情が心にあるような、そんな顔だった。
「……父上、暫くはアルトリアの動向を見守ります」
「許可しよう。見守ってやってくれ」
では、と小さくお辞儀するとアールエルはふっと姿を消した。煙の如く。
「竜殺しの女神アハトゥー=アハト。ですか」
「彼女の処刑のことは……今でも後悔している。妻の親友だったからな。あの件以来妻は体調を崩し病弱になってしまった」
「こんな時はお酒をあおるのがよろしいかと」
「昼間に飲む酒、か……フフッ、格別な味だろうな」
小さく、二人は笑った。
***
少し時間は遡る。テイルがここまで連れてきてくれた商人にお礼を言い、グレンの鍛冶屋の扉をノックしたところから話が進む。
「ごめんください。テイル=ハマーです」
テイルが元気よく扉を開け入ると、店番と思しかったドワーフの大男がのっそりとテイルの方を見る。
「おお、よく来たな。ムーシュの娘。俺がグレンだ」
「あの、早速ですけど鍛冶場使わせてもらってもいいですか?」
「いいぜ、さっきまであっためておいた。使いな」
「ありがとうございます!」
テイルは店の奥へと入り込み、鉄を打ち始めた。
その様子をグレンは見守る。テイルの様子を見てグレンは昔からの友人ムーシュの姿を重ねていた。
「血が繋がってねえってのに、似てやがるぜ。あの野郎に」
小さく呟き、グレンはシャワーの準備に取り掛かった。
「できたー!」
汗まみれで鍛冶場から出てきたテイルは自分の作った剣を掲げる。父親のムーシュの作った剣よりも少し長く、両刃ながら片方は鋭く、もう片方は刃が潰れて、半ば鈍器のようだった。そして非対称な形のせいか重心が不安定な作りとなっている。
テイルは自作の剣を鞘に収める。
「随分と変わった剣を作ったな」
「あ、グレンさん。鍛冶場を貸してくれてありがとうございました」
ペコリとお辞儀をし、にっこり笑うテイル。
「この剣、ぼくの魔力を込めながら打ったので、僕の手に良く馴染みます。片側の刃が潰れているのは、こちらで得物断ちするためです」
「ほう、武器破壊としても使う気か。それはそうと、シャワー浴びてきな」
「ありがとうございます!」
テイルはシャワーを済ませ、身支度を整え、グレンの前に立つ。
「それじゃ、入学してきます!」
「おう、行ってこい。帰ってきたら村での話聞かせてくれや」
「はい!」
テイルは勢いよく店を飛び出し、冒険者学校へと急いだ。
冒険者学校の入学者が集まるそこは、冒険者学校の演習場だった。
「アルトリア様、いいんですか? 私もついて行って」
「構わないわ。ピィスこそ、貴族のご令嬢なのに、冒険者になるのは別にいいの?」
「構いませんよ。三女ですからろくに財産も渡されませんし」
アルトリア=アルビオン――ギルトリア王国第三王女であり、父親の戦闘能力を誰よりも濃く受け継ぎ、母親の美貌も受け継いだ。内外弱点のない淑女である。
腰まである長い金髪は優雅に風になびく。その度に男女関係なく、彼女に見惚れる。
そしてそのアルトリアに付き従うのがピィス=フォルコメン。貴族の三女ではあるが、八歳の頃からアルトリアと遊んでいた幼馴染である。腰の後ろで手を組み、歩き方からして武人のような立ち振舞いである。
「国王に反対されませんでした?」
「冒険者になる理由を言ったら黙ったわ」
「へえ、その理由とは」
「幼馴染を探すため」
アルトリアの言葉を聞いてきょとんとするピィス。自分の顔を指さして言う。
「幼馴染ならここにいますけれど」
「もう一人いるの。五歳の頃遊んでた、大切な。丁度あの動乱があった時にお別れも言わず離ればなれになったから」
「そうですか。でも、もうあの時から十年ほど経ちますよ。見てわかるんですか? それにあっちが覚えていない可能性も」
「十二年よ。それに、一目見ればわかるし、覚えていなくても思い出させてあげるから」
思い出させてあげると言う時、アルトリアは自分の唇に触れる。ピィスはこの時アルトリアがその幼馴染に抱く感情が、自分に向いている感情とは違うことを察した。察した上でホッとした。
ピィスはアルトリアのことが好きだが、あくまで友人、親友として。そして
「だから、絶対にみ……え?」
アルトリアは立ち止まる。アルトリアが立ち止まったため、ピィスも立ち止まる。ピィスはアルトリアの目線の先を追った。その目線の先は一人の少女だった。肩まで伸びた白銀の髪に、左と背中の方の腰に一振りづつ剣を差し、オレンジ色のマフラーを首に巻いて、小さなオレンジ色のバックを肩に背負っている。
しかも結構距離が近かった。
「まさか」
とピィスが言いかけたとき、その場で拡張された女性の声が聞こえる。
「はいそれでは冒険者学校へ入学した皆さん。ようこそ冒険者学校へ。ここでは様々な冒険の知識を身につけて頂きます。この場でパーティーを組んで、二年間過ごしてください。卒業後そのパーティーで冒険者として登録するもよし、解散して新たな仲間と組むも良しです。それでは、最初にみなさんの戦闘能力を見るため、実戦形式で見たいと思います。危なかった止めますよー。では、第三王女アルトリア様とそこの銀髪の君、とりあえず君達からやってみましょう、さあさ、みなさん離れてください」
アルトリアは目の前の少女に釘付けであり、少女の方は、そんなアルトリア相手に緊張した面持ちだった。
「アルトリア様……」
「大丈夫、ピィスも下がってて」
ピィスは頷き、言われた通りに下がる。
周りからはアルトリアの相手に同情する声で満ちていた。なにせアルトリアは王子、王女――兄弟の中で一番戦闘能力が高いと言われているからである。大人の兵士相手に無双するような存在である。同情もされるというものであった。
「それじゃ二人共始めてください」
拡張された声が、演習開始の声を伝える。
「……テイル」
アルトリアは小さく呟き剣を引き抜いた。
テイルズ・テイル うらみまる @uramimaru
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