テイルズ・テイル

うらみまる

エピソード1 テイルの旅立ち

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「十七歳の誕生日おめでとう。テイル」

 そこは王国から外れた、森の中にある小さな村だった。ドワーフ、エルフ、リザードマン、魔女、ゴーレム、オーク、ゴブリン、ホビット、オーガ、ドライアド、スライム……そしてそのハーフ達が暮らす村。

 その村の少女テイルは母親であるハイエルフのペトルからの祝いの言葉を受けとる。

「えへへ、ありがとう母さん。今日はおっきい獲物を獲ってくるから期待しててね!」

「ふふふ。待ってるわ。あ、そうそう。今日行商人さんが来て、明日帝国に行くみたいだから。しっかり準備しておくのよ」

「わかってるー!」

 外へと駆け出しながら返事をするテイル。彼女の頭は冒険へ出ることへの嬉しさでいっぱいだった。

 テイルの母親は編み物や木細工の達人で、父親はドワーフで鍛冶職人である。両親も含め、この村の住人達は何らかの道の達人だった。そのためテイルは村の人々全員からその技術を受け継いでいる。無論、教授された技術全てに才能があるわけではないので、極めきれてはいないのだが。

 今日は狩りの達人であるエルフのチップと共に、森の中へ狩猟しに来ている。

 暫く探索していると、木の実を食べている最中のボアがいた。ボアとは鼻が大きく、大きく上に伸びた牙が特徴の四足歩行する獣である。丈夫な剛毛は服になるし、木の実が主食なので、肉には旨みがたっぷりある。

 テイルは自分で作った剣を鞘から抜き、眼前のボアに向かって突進する。全速で走ってはいるが、足音はない。盗賊経験のあるゴブリンから教えてもらった歩行方法で音は最小限で済んでいる。

 まずは剣先を深々とボアのお尻の穴へと突き刺す。ボアは突き刺された瞬間、大きな鳴き声を出す。それは咆哮と言っても過言ではない。

「ブギィイイイ!!」

 テイルはすかさずボアの後ろ足を力強く蹴り、その勢いで剣を引き抜く。ボアが後ろを振り向く素振りを見せた瞬間、テイルはニヤリと笑いそのまま一回転する。そして遠心力を加えた斬撃をボアの首へと放つ。ボアの首は一刀両断され首から血が吹き出る。

「血抜きも同時に終了っと」

「テイル。ちゃんと川で血を流しなさい。それでは余分な血が残ってしまうよ」

 木の上からテイルの様子を見ていたチップは、降りてテイルにそう助言する。

「あと、女の子が獣のとは言え、お尻を攻撃するのは如何なものかと思うよ」

 呆れと困惑の混じった顔ででチップはテイルを見る。しかし当のテイルは笑顔で返す。

「え、そう? でもお尻は生物の急所の一つってリオおじさんが言ってたから……」

「あんのリザードマンめ……女の子になんてこと教えているんだ。はぁ……しかしテイル。急所というものはそこに一撃決めれば死ぬような場所です。ボアに刺した時死ななかったでしょう? ですからこれからはお尻を狙ってりはしないように。お尻は急所じゃない」

「チップ兄さん。違うんだよ。これはぼくの技量がまだまだなだけだよ。リオおじさんには勝てたけど、フェボル姉さんにはまだ勝つどころか一撃も入れられないんだからさ……」

「フェボルは鬼人……人間とオーガのハーフです。身体能力も力も貴方とは違うんです。種族の壁というのは簡単には超えられません。というよりあのに勝てる者なんてこの村にいませんし」

 赤みがかった肌に、たわわに実った胸、細身なれど強靭な足腰に腕、そしてなにより美人なフェボルにテイルは憧れていた。昔からよく遊んでくれた姉のような存在にはまだまだ至れていない。

「ぼ、ぼくだってドワーフとエルフの血が流れているんだから! 確かに父さんみたいに力は強くないし、母さんみたいな手先の器用さはないけれど……それは、ほら。ハーフでそこらへんが半減されてるだけで」

 自分の胸を触りながら、フェボルの胸を思い浮かべるテイル。しかし即座に首を横に振って考えをもみ消す。母親の胸が小さかったことを思い出し、血統なんだと、そこは諦めた。

「まあ、あなたが対面しているのは壁ではなく、道です――種族の道。道が違うのだから追いつけないし並べない。っとそれよりも。血抜きですよ、テイル」

「あ、そうだった!」

 テイルはボアの足を持ってズルズルと引きずりながら全速力で走り去る。それを見てチップはさらに呆れ顔になる。

「頭のないボアとは言え、自分の体重より重いでしょうに。よく全速力引きずっていけますね……」



 夜になり、村の集合家屋にて村人全員が集まっていた。広い空間にはひとつの縦長に大きい机が置いてあり、その上には大量の料理が乗っていた。

 テイルの誕生日会及び、激励会である。

 テイルは十七歳になれば村を出ても良いと、父親に条件をつけられていた。実はリザードマンの『リオおじさん』を倒せたらと最初は言っていたのだが、僅か十四歳でそれを成してしまったので、焦ったテイルの父親は後出しで「やっぱり十七歳になるまで出てはいかん!」と前言撤回してしまった。なぜ十七歳なのかというと、十七歳が王国の定めてる成人の歳だからである。テイルの父親は娘が可愛いばかりに条件の内容を先延ばしにしたのだが、当の本人にそれが伝わるはずもなく。テイルは父親が意地悪で言っていると思い、暫く口をきかなかった。

 だが、結局のところテイルは良い子なので、数日後には父親と普通に接していた。

 テイルは冒険者に憧れていた。王国では兵士などの戦闘の実務経験があるか、冒険者の学校に二年在籍後卒業しないとなれない。

 テイルは前者で冒険者になることができない。なぜなら王国は竜人族が治め、竜人族が最も多い国であり、異種族が兵士になることはできなかった。

 なのでテイルは学校に行って、二年間冒険者というものを学ばねばならない。一応村にはフェボル含め、冒険者をやっていたことのある者がいたため、基礎などはバッチリではある。

「テイル。誕生日おめでとう。父さんはこの日が永遠に来ないで欲しいと思っていたが、可愛い娘の旅路だ。笑顔で見送ることにするよ。そういうわけだ。皆、テイルの旅路に乾杯!」

「乾杯!」

 テイルの父親の音頭から宴は始まった。村人皆楽しく喋りながら食事を楽しんでいた。

「今日のボアの丸焼きの食材はテイルが一人で獲ってきたんですよ」

「ほう、まことか。それは凄い」

「ふん! ボア程度一人で取れて当然だ。あまり調子に乗りすぎるなよテイル」

「リオさん、素直に『調子に乗りすぎると足元すくわれるから気をつけろ』って言わないと伝わりませんよ」

「べ、別にそんなつもりで言ったわけじゃねえよ! チップ」

「むふふん。テイルがついに村出てっちゃうのかあ。お姉ちゃんはさみしいぞぉ」

「フェボル姉さんだって冒険者だったじゃん。なんで辞めちゃったの?」

「なんでだろうねぇ。心境の変化ってヤツかなあ? テイルが恋しくなっちゃったからかな!」

「オイコラッ! フェルボ。テイルはお前なんぞにやらんぞ!」

「いやいやあたいはあくまでテイルのお姉さんポジションだから。ふふふ。あたいより弱い奴はテイルをやらないからね。テイル、好きな奴ができたら真っ先にあたいに言うんだよ?」

 ガヤガヤとそれぞれの会話が木霊する。

「テイルや。誕生日おめでとう」

 テイルのところに一人の老婆がやってくる。魔女という種族のオルテ=ジェライである。魔法に長け、昔は様々な国で魔法の研究をしていた。テイルの魔法の師匠である。

「テイル。お主に誕生日プレゼントを授けよう」

「本当!? ありがとう!」

「うむ。テイルよ、お主には魔法を教えるときに『様々な魔法を覚える全てに対応できるようにする』か『特定の魔法を覚え極める一点特化』か決めろと言ったな。そしてお主は後者を選んだ。そんなお主になら使える魔法――『無詠唱』の方法を授ける」

 現在の魔法の方法は魔法陣を描くか、詠唱をする必要があった。そういう手間から魔法使いの人口は減りつつある。なにせ詠唱している間や魔法陣を書いている内に襲われれば何もできないのだから。

「『無詠唱』は『詠唱破棄』とは違う。『詠唱破棄』は言わば詠唱と術式の省略化。十全な魔法の効果を引き出すことはできない。しかし『無詠唱』は詠唱や魔法陣式の魔法と同等どころかそれ以上の効果を発揮できる。方法は簡単じゃ。お主の覚え、極めた魔法――確か3つあったな。その魔法の術式を頭に思い浮かべる。ただそれだけじゃ。これは魔法について熟知していなければ使えぬ。魔法とは知識を魔力というエネルギーをもってして具現化したものなのだからの」

 そう聞き、テイルは今実行できる魔法の中で最も手軽なものを行使する。極めた三つの内の一つ――空中浮遊を可能とする『フライ』を。

 『フライ』の術式を頭に浮かべる。するとテイルの体は宙に浮き上がる。

「ふむ。我が弟子ながら完璧じゃな。『無詠唱』に慣れるよう鍛錬を積めば、王国内でも一目置かれる存在になるじゃろう」

「ありがとうございます」

 テイルは魔法を解き、椅子に座る形で着地する。

「次はあたい達ね」

 そう言い、フェルボとペトルが立ち上がる。そしてフェルボはオレンジ色のマフラーを取り出し、それをテイルの首に巻きつける。

「これ、ペトルさんと一緒に編んだマフラー。寒さにも暑さにも強いから冒険には役立つよ。それに、加護も込めておいたからさ」

「ありがとう。母さん、フェルボ姉さん」

「ふふふ。テイル、本当は母さん、あなたがこの村から出ていくのを止めたいの。でもね、やっぱり可愛い子には旅をさせないとね。だから元気でね。手紙も送ってくれると嬉しいな」

「あ、あたいも! あたいも手紙欲しい! テイル、約束だからね」

「うん!」

 そうして祝いの言葉にプレゼントを送られたテイル。そうして宴会は終わりを迎える。


 テイルが後片付けに取り掛かろうとしたとき、声をかけられる

「テイル。話があるんだ。来てくれるか?」

 父親だった。そして母親のペトルもいる。

「うん。いいけど」

 そして三人は個室に足を運んだ。その部屋には四角の机が一つに椅子が四つあった。テイルの前に両親が対面する形で、三人は座る。

「改めて誕生日おめでとう、テイル」

「うん、ありがとう。父さん」

「さて、テイル。旅に出る前にお前には真実を知ってもらわないといけない、と思いこの時間を作った」

「あなた、ちょっと直球すぎでは?」

「いいんだよ。変にまどろっこしくするのは趣味じゃねえ」

 ドワーフである父親は短足短胴で、筋肉が盛り上がっており、声も低い。そんな父親が真剣な顔でテイルをまっすぐ見つめる。

「テイル、実は……お前は俺達の子供じゃねえんだ」

「……え?」

 父親の口から出た言葉に、テイルは思考停止する。

「あなたは、あなたが五歳の時に、わたし達が森で拾ったの」

「拾われ……? た、確かに五歳以前の記憶はないけど。それは幼い時だったから記憶に残らなかっただけだと思っていたけれど。え? ど、どういうこと?」

「言葉の通り……森で拾った。そんときにお前が背負ってたバックにお前の名前と、『この子の名前はテイルです。五歳ですこの子をお願いします』って文字が書かれた手紙が入っていた。そしてお前はエルフとドワーフのハーフではなく。今ではすっかり珍しい人間っつー種族だ」

「ごめんなさい、テイル。今まで黙っていて――騙していて」

 ペトルは自分のお腹をさすりながら、悲しげに言う。

「わたしはね、生まれつき子供が産めない体なの。だから血が繋がっていなくてもいい、とにかく子供が欲しかった。産めない体だって知ったのもこの人と結ばれた後のこと……そんな時にあなたを見つけた。神様からの贈り物かと錯覚したほどよ。嬉しかったの。でも……」

「む、村の人達は知ってるの?」

「みんな知っている。俺達の森で拾った子だ。当然みんなで話し合った。その結果俺達が面倒見ることになった。十二年間お前の親ができて嬉しかったさ。でもな、それはエゴってもんだ。お前の気持ちの入る余地なんざなかった。許して欲しいとは思っていねえ。ただ、お前には謝りたい。すまなかった」

「……じゃ、じゃあさ。ぼくが父さんみたいに上手く鍛冶ができないのも、血が繋がってないから?」

「そうだ」

「母さんみたいに手が器用じゃないのも?」

「そうよ」

「父さんみたいな筋肉が付かないのも?」

「そうだ」

「母さんみたいな長い耳じゃないのも?」

「そうよ」

「そっか……なら、よかった」

 テイルは安堵の表情を浮かべた。その表情を浮かべたことに両親は少し、驚く。

「えっとね。ぼくさ。いつも思ってたんだ。父さんみたいに、母さんみたいにって。二人の背中をずっと追いかけてた。でも、ある日壁ができたんだ。途方もなく高い壁。それが硬くてさ……何度も諦めようと思ってたし、到底追いつけないって思った。努力が足りないんだって思ってた。でもさ、今の話を聞いて納得したんだ。私の努力が足りなくて越えられないんじゃないかって思ってた壁が、実は種族の壁――いや、道だったんだって。今日チップお兄ちゃんに言われたんだ。フェボア姉さんとは種族の道っていう超えられない道があるって。道が違うんだから追いつけないし並べないって。だからかな、二人の言葉がすって、胸に伝わったんだ」

 テイルは両親二人を見る。

「ぼくは父さんと母さんを許すし、感謝している。今まで育ててくれてありがとうって」

 テイルと両親の顔が涙で濡れた。

「話してくれてありがとう。ぼくの方もなんだかすっきりしちゃった」

「それを聞いて安心したよ。俺たちの胸のつっかえも取れた。ま、しんみりしてちゃいけねえ。テイル、王国についたらここに行け」

 父親は紙切れをテイルの前に差し出す。そこには『グランの鍛冶屋』という文字と店の外観のようなものが描かれていた。設計もする傍ら父親は絵が上手かった。

「俺の昔からのツレがやってる店だ。この前『娘が王国に行くからしばらく面倒を見てやってくれ』って手紙を出しておいた。そこで自分の剣でも作っておけ。そこの方が設備はいいし、お前の腕なら俺の剣と、まあ、少し、ほんのちょびっと掠るくらいのモンはできるだろ」

「ありがとう。父さん」

「あと、これを持ってけ」

 父親はさらに剣を机の上に置いた。テイルはそれを手に取り、鞘から引き抜く。短いがスラリとした両刃の剣だった。

「俺が今作れる最高の剣だ。お前の体型に合わせて作った。剣ってのは消耗品だが、使い方や、手入れなんかで何十年と保つことができる。なるべく使えよ。それが剣の存在意義だからだ」

「うん、わかった」

「私からはこれね」

 ペトルはオレンジ色のカバンと、紙切れを取り出した。

「これはあなたを拾った時に、あなたが背負っていたものよ。そしてこの紙がその時一緒にあったもの。捨ててもいいし、本当の両親に会うために使ってもいい」

「ありがとう。でも、ぼくの父さんと母さんは、父さんと母さんだから。じゃあ、準備してくるね、明日があるから」



「ああ、行ってこい」

「しっかりね」

 両親、村の住民みんなからの見送りを背に、テイルは王国へと旅立った。

「おやっさん。来やしたぜ。やっこさんら」

 盗賊経験のあるゴブリン――ソニックがテイルの父親に耳打ちする。

 ソニックはチラリとある方角を見やる。その目線の先にはテイルの向かう先と同じ方向だった。

「商人には遠回りするよう言ってある。テイルが鉢会うことたァねえ」

 列をなして――否、群をなしてその一団は村へと向かってきている。武装した竜人の兵隊の軍団が有象無象引き連れてきている。

「狙いは俺達か、テイルなのか知ったこっちゃないが、来るからには迎え撃つぞ」

「ヒッヒッヒ……魔法の腕が鳴るねえ」

「オルテ婆さん。殺さず生け捕り、ですよ」

「チップ、生ぬるいこと言ってんじゃねえ、こんなん生きてたらいいんだよ」

「五体満足で、だよリオじさん。あたいも久々の戦闘で血が滾ってるから手加減が難しいけれど」

「んなら、各自持ち場につけ。軽くあしらうぞ」


 その日の夜は、森の中にある村にしては珍しく遅くまで明るかったという。

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