第7話

 国王はディオに母親のことを、すなわちこの国の第一王女フィオレのことを話して聞かせた。


 大臣から忠告を受けていたけれど、深刻に受け取っていなかったことと、お腹に子供を宿しているのに気付いてやれなかったこと。

 そして、エアリアの屋敷で変わり果てた姿で発見された時、愛する娘を失った悲しさに、生まれて来た子供を黙殺してしまったことを。


「お前には済まないことをしたと思っている。だが、娘を失った悲しみは例えようもなかった。・・・お前のことを思うたびに、娘の最後が思い出され、胸が張り裂けんばかりに痛むのだよ」


 国王は溜息をついて額を押さえた。


「俺・・・いや・・・。僕は、みんながいなければ、この世に生まれてきていない。僕は父と母の間に生まれ、育ての母と兄の元で育ち、そして、ここであなたに会えた。・・・それだけで十分です」


 ディオは、きちんと顔を上げて、祖父に当たる国王にそう告げた。

 誰も恨んではいないのだと。もう自分のことで思い悩まないで欲しいという気持ちで。


「ところで、その十五年前の話ですが・・・結局、ギルモアと王女は道ならぬ恋の末に駆け落ちしたということなんでしょうか?」


 最近若い町医者と結婚したばかりのベネットが、興味深げに国王に尋ねた。


「いや。・・・剣士との仲を反対していたわけではないのだよ。正式に報告がされれば、もちろん盛大に結婚式を挙げてやるつもりだったし、お腹の子供も私の後継者として育てていくつもりだった。何故彼らが黙って国を出ていったのかが、わしには今でもわからない。」


「母が・・・何か知っているのでは・・・?」


 シフォーが苦痛に顔を歪めながら口を挟む。


「そうかも知れぬ。・・・斬魔刀がこの国にあったことですら、わしには知らせてくれなかった。いや、知らせられない理由が、あったのかも知れない」


「そもそもこの剣が、持ち主であるギルモアの手から離れているという時点で、彼の身に何かあったとしか・・・。」


 ディオの鋭い視線を感じてベネットは口を閉じた。


「推測として・・・だよ、ぼうや」


「いや、多分そうなんだ・・・。だから、母は剣と僕を抱えて逃げて来たんだ・・・」


 召使から聞かされたのだ。霜の降りた庭に、はだしの足を血だらけにして倒れていたと。胸には生まれたばかりの赤子を、背中には何故か大きな剣を背負って。

一目みて彼女が王女だと気付いたのは、多分エアリアだけだったはず。


「それにしても、さっきのイヌワシの件がどうも気にかかるのだ。斬魔刀を狙っていたとしか思えない・・・」


 国王の言葉に、ベネットは表情を変えた。


「イヌワシは意図的に紛れ込ませられていたと?」


「意図的に?なんで?」


 ディオはシフォーに助けを求める。


「斬魔刀は元々・・・魔物退治の剣なのです。・・・だとすれば、イヌワシを操っていた者の狙いは・・・斬魔刀を我が物にすること」


 ディオは傍らに置いた剣を握りしめた。

 その時、扉の外で激しく言い争う声が聞こえてきた。


「だから、ここには大臣はいないと言ってるだろう!」


「じゃあ、どこにいるんですか?探して下さい!」


「任務中なんだ!他所にいってくれ!」


「あちこち回ったんです!誰もいないじゃないですか!」


「そんなこと俺が知るか!」


 ベネットが出て行くと、自分の従者と若い召使が喧嘩ごしで扉の外に立っていた。


「何やってんだあんた達!怪我人がいるんだぞ!・・・あれ、あんたはウーリーのとこの娘だろ?」


「ベネット様!」


 わっと泣きつかれて、さすがのベネットも訳がわからず目を丸くしている。


「ちょっと・・・、一体どうしたんだ?」


「旦那様がどこにもいないんです」


「大臣はとっくに屋敷に戻られたと言っているんですが」


「召使の私を置いていくわけないじゃないですか!」


「俺は大臣が従者と馬車に乗るところを見たんだ!」


 そこへ、また騒々しい足音が聞こえて来た。


「大変です!ベネット様!」


「今度はなんだ!」


「ウーリー大臣の従者が血だらけで・・・」


「何っ!」


 従者の話によると、大臣はエアリアの屋敷に乗りつけると馬車を待たせて中に入り、その後、女性の叫び声がしたという。


「慌てて中に入ろうとしたのですが、階段の上から突き落とされてしまって・・・。大臣は『斬魔刀』を持って来いと・・・」


 シフォーの悲痛な顔を見て、従者は頭を垂れる。


「申し訳ありません、シフォー様。私が付いていながら・・・」


「いや。・・・もしかしたら大臣は操られているだけかも知れない・・・。ディオ?」


 背後でディオが立ち上がったのに気付いてシフォーが声をかける。ディオは斬魔刀を背中に背負ってにやりと笑った。


「行ってくる」


「無理です!一人では・・・!」


 止める声も聞かず、振り向きもせず、ディオは駆け出した。


「あたしも行くよ。・・・大丈夫。ちゃんと連れて帰ってくるから」


 安心させるようにシフォーに言うと、ベネットも真剣な顔で部屋を飛び出して行った。

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パドリエス国物語 ~孤高の戦士ギルモアによせて~ 間柴隆之 @mashiba_T

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