第50話 決戦5




 アルドを失った反乱軍は、完全に戦意を喪失し、全員がすぐに投降した。

 反乱軍の捕縛が終わると、逃走したアルドの捜索が大規模に行われた。ルーチェとシルヴィオは誰よりも早くアルドと、そして行方不明になっているリーザの居場所を突き止めようと、王都中を駆け回っていた。


 日が暮れても二人は見つからない。それでもルーチェは諦めきれず、屋敷に戻れずにいた。

 もし、リーザがアルドと一緒にいるのなら、それだけで彼女の身が危険だった。それに、アルドの傷はどう考えても重傷で、このままではきちんと話もできないまま、永遠の別れになってしまう。そんなことは絶対に嫌だった。


「あてもないのに、王都中を歩き回るのは逆効果だ。いったん帰って休息をとる。情報も必要だ」


「でも……」


 ルーチェも頭では、ただ闇雲に探しても意味はないとわかっている。けれど、休憩をしている間に、アルドやリーザに好意的でない人間が、居場所を突き止めてしまったら。そう思うと食事が喉を通りそうにないし、眠る気にもならない。


「ルーチェ」


 暗がりから、女性の高い声が響く。王都中が混乱していて、戒厳令が発令されているのに、一般市民、それも若い女性が出歩くはずはない。


「リーザさん……?」


 ゆっくりとした足取りで歩いてくるのは、ルーチェが探していた人物の一人、リーザだった。最後に、研究所で会ったときとまったく変わらない様子で、二人の前に現れた。


「なによ。あたしが自分から出てきたらそんなにおかしいわけ? っていうか、あんたどこまで知ってるの?」


「……ヴァンニ、ちょっと移動する。ついてこい」


 多くの兵が行き来するこの場で、リーザのことやアルドのことは話せない。シルヴィオの指示で、いったんスカリオーネの屋敷に戻ることになった。

 屋敷に戻り、カルロも交えてリーザから話を聞くことになった。


「アルドは、もう死んだわ。スカリオーネ家を頼れって私に伝えるために、無理をしたみたいね」


「お兄様……」


「ヴァンニはどこに居たんだ?」


「北の森に焼け野原があって、その近くの隠れ家。アルドもまだそこにいるわ……。でも、できれば……良識のある人に迎えに行ってもらいたいの。悪人でも、亡骸を踏みにじられるのはこっちの気分が悪いもの」


 ルーチェもシルヴィオも、その場所を知っていた。その場所を焼いたのは間違いなくシルヴィオだからだ。二人からの報告で、一応調査が入ったはずだったが、隠れ家は見つかっていない。存在を隠す魔法が使われていたのかもしれない。


「うむ。バカ娘を預かっている手前、スカリオーネ家は積極的にアルドを庇えない。……申し訳ないが、王弟殿下にお願いしよう」


 ルーチェを保護しているスカリオーネ家が積極的にアルドを庇うと、身内に甘すぎると判断され、余計に反発を招く可能性がある。だからカルロは冷静な判断をしてくれる人物として、王弟ヴァレンティーノを頼ることにしたのだ。

 ルーチェも、所長の人柄をよく知っている。彼ならば安心だと、ほっと息をつく。


「ヴァンニ。おまえはアルドと契約に至った経緯を、正しく認識しているのだろうか?」


 シルヴィオがわざわざ遠回しな言い方をしたのは、本人が薬物を飲んでいることを知らない場合に、ショックを受けないようにするための配慮だ。

 けれどそんな配慮は必要なかった。リーザは困った様子で、少しだけ笑う。


「薬を使って操られていたことですか? 知っています。今のところ禁断症状はありませんけど、いつまで持つことやら」


 リーザはとても落ち着いた様子で、淡々と契約に至った事情を説明した。かつて孤児院で一緒だったこと、再会してからは互いに無関係を装っていたこと、ルーチェの見舞いに行った直後に“契約の紋章”を宿したこと。段々暗示が効かなくなって、心が支配されていることに気がついたこと。

 その話からは、彼女がかつてアルドに好意を抱いていたことが、うかがい知れた。そして彼を悪人だとわかっていて、それでも完全には嫌うことができないでいることも。


「結局、あたしが隙だらけで弱かったのが原因よね……? だからって、アルドを許す気はないけど」


「リーザさん、あのっ!」


 ルーチェは加害者の血縁として、なんと言えばいいのかわからなかった。


「親なら、どういう教育してるのよって一発殴っとくけど、生き別れの妹を責める気なんてないわよ。あたしはあいつを憎んどくから、あんたは悼んであげなさい」


「……はい。……ううっ、うっ、リーザさん!」


 ルーチェはリーザに抱きついて、泣いてしまった。リーザが戻ってきてくれたことが嬉しくて、兄を失ったことが悲しかった。けれど、アルドは大罪人で、素直な感情を表に出していいのか、ずっとわからなかったのだ。

 リーザに許されて、はじめて兄のことを考えて泣いていいのだ思った。


 こうして、モランド家の反乱はその日のうちに鎮圧された。



 §



 数ヶ月後――――。


 リーザの紋章はルーチェとシルヴィオの魔法で、完全に消し去ることに成功した。

 リーザの場合はルーチェたちと違い、遡る期間が短かった。そしてすでに成人だったので、遡ったあとに肉体を成長させる必要もない。

 だから紋章を消すことは、案外簡単に成功した。もちろん、シルヴィオが五年の歳月を費やした研究と、そして一度ルーチェの記憶を封じた実績、“契約の紋章”所有者の膨大な魔力があってこそだ。

 肉体の時を戻したことにより、パヴェロの花の影響も消え去り、リーザは健康な身体を取り戻した。


 けれど一度紋章を宿したことや、契約相手が死亡したとはいえ、反逆罪に問われたアルドだったことから、自由にはなれなかった。


「……なぜ、またスカリオーネ家が?」


 カルロは耳の横に残された髪の毛を気にしながら、大きなため息をついた。そんな夫の様子を見て、イメルダは微笑む。


「まぁ、娘が増えて賑やかになるのだから、いいでしょう?」


 リーザはスカリオーネ家の正式な養子になった。肉体の時を戻すという、ありえない魔法の成功例となってしまった彼女には、監視が必要だというのが国の判断だった。

 そして、そんな魔法を使ってしまったスカリオーネ家が、彼女の監視役に選ばれるのは自然な流れだ。


 事件を経て、さらにたくましくなったリーザは、名家の後ろ盾を最大限利用してのし上がると言ってはばからない。


「頭痛の種が一人増えたではないか! で、その三人はどこに行った?」


「墓参り、だそうよ?」


 小言を言いながら、結局カルロは賑やかになったこの家が好きなのだ。そしてイメルダは、そんな夫がかわいくて仕方がないのだった。



 §



 王都の外れにひっそりとたたずむ墓地は、罪を犯した者がまとめて埋葬されている場所だった。そしてルーチェの両親が眠る場所でもある。


 近くに住む者も、誰一人として近寄ろうとしない寂しい場所。その墓地の近くに、スカリオーネ家の馬車が停められていた。


 何百もの墓石が並べられている広い敷地のほぼ中央。雨風で少し侵食された墓がルーチェの両親、その横にある新しい墓がアルドの眠る場所だ。ルーチェは両親の墓に、リーザはアルドの墓に、それぞれ花を手向ける。


 ルーチェは時々ここへ来て、心の中で両親や兄に近況を報告している。今日報告したのは、シルヴィオと正式に婚約したということだった。


 旧カゼッラ家の生き残りで、半年前の事件にも身内が深く関わったのだから、反対も大きかった。けれど、結局“契約の紋章”の存在で押し切ったかたちだ。


 両親がどういう人だったのか、当時八歳だったルーチェはよく覚えていない。彼らが王家に忠実なスカリオーネ家の正式な一員になることを、亡き両親がどう思うのかは定かではない。それにアルドはなんとなく歓迎しないだろうな、と予想するルーチェだ。


 それでも彼女は、本当に好きな人と一緒にいられて幸せだということだけは、どうしても伝えたいと思った。


 横で同じように祈りを捧げているリーザは、なにを思っているのだろうか。ルーチェはふと、そんなことが気になった。

 けれど、なんとなく罵詈雑言のような気もするので、あえて聞かないことにした。


 長い祈りを捧げていたリーザが、それをやめてルーチェのほうを見る。


「副所長……ではなく、お義兄にい様って、徹底してアルドを嫌っているわよね」


 この場にシルヴィオはいない。いつも馬車の中で待っているのだ。


「相手が亡くなったからと言って、悪い思い出まで美化するのは、相手の意志を無視する行為だ……とおっしゃってましたから」


 ルーチェたちがお願いをすれば、シルヴィオは必ずこの場所まで送ってくれる。けれど、彼自身は馬車の中で待っているだけで、決してアルドの墓の前で手を合わせることはない。

 互いに嫌い合っているのがわかっているので、絶対に手を合わせたくないし、アルドも望んでいないだろう、というのが彼の主張だ。


「変なところで頑固なんだから。そういえば、最後に話したとき……スカリオーネ殿がめちゃくちゃ嫌いだって言ってたから、あいつもきっと会いたくないって思っているわね。……地獄で、あんたたちの婚約を呪っているかもしれないわよ! あははっ!」


 いつも悪態をつくのに、それでも頻繁に墓参りに行く彼女の心理をルーチェは正しく理解していない。ルーチェが知っているのは、彼女がとても強くて優しい女性だということだけだ。


 そのまま二人で、シルヴィオが待っている墓地の入り口まで戻る。

 彼は馬車の中ではなく、近くにあった大木の下で本を読みながら待っていた。


「もういいのか?」


「はい、お花をあげたかったのと、ちょっと報告したいことがあっただけですから」


「そうそう。それに今日は帰ってルーチェと二人でやらなきゃいけないことがあるしね」


「なんだ……?」


 ルーチェとリーザが二人にしかわからない話をすると、彼はすぐにいじける。今も「説明しろ」と目で訴えている。


「お義父とう様の誕生日までに、毛生え薬を完成させようかと思って。文句言いながらも養子にしてくれたし、お礼になるでしょ?」


「カルロ様の髪の毛は、私とシルヴィオ様が心配ばかりかけているから、四年ですっかり失われたとのことです。シルヴィオ様も責任取って一緒にやりましょうよ!」


「そうだな……。だが、はたして、よろこぶだろうか?」


 シルヴィオは首をかしげる。けれどルーチェは絶対の自信があった。カルロも生粋の魔法使いだからだ。魔法を使って、本来失われたはずのものを復活させることに、ためらいなど感じないはずだ。


「いつわりを真実に……。それが魔法の力ですから! ね、シルヴィオ様?」


「いつわりを真実に、か……。なつかしい言葉だ」


 それは“契約の紋章”を宿したときに、シルヴィオが言った言葉だ。

 ルーチェとシルヴィオの関係は、あの時の願い通り、真実になった。シルヴィオがくれたいつわりが、どれだけルーチェを幸せにしてくれたか計り知れない。


 シルヴィオの魔法は、いつもルーチェを幸せにしてくれる。

 そしてこれからは彼女自身が、シルヴィオや大好きな人たちを幸せに導く魔法使いでありたいと強く願った。





 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ご主人様に記憶を奪われました! 日車メレ @kiiro_himawari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ