≪記憶と人格≫
主を何より大切な存在だと思っている主人公は、ある日、
自分の体が大人になっていることに気づきます。
しかし、本当はそうなるまでの記憶を失い、
退行を起こしていたのです!
記憶は人格を構成する大きな要素だと考えられています。
過去の記憶喪失の事例などでも、それはおおよそ正しいはずです。
それでも、記憶が失われても、その人がその人であるというのは変わらない事実です。
この作品でも、記憶喪失であろうと、主人公は主人公です。
しかし、私たちは成長し記憶を得ると共にそのアイデンティティを変化させていきます。
サッカーでプロを目指すことしか考えてなかった少年は、やがて大人になり家族を得て、
その家族を守ることを生きがいにします。
仕事をつまらないと思ってた新人が、いつの間にかその仕事を生きがいにしていきます。
好きで好きでその人のことしか考えられないと思ってたはずなのに、数年後、
別の誰かを好きになっていたりします。
アイデンティティはその人が幸福であるために必要な大切な要素なのに、
いろんな出来事を経て変化をしていきます。
夢破れたり、恋に落ちたり、考え方が変わったり。
そして人は誰しも幸福になるために生きています。
この物語の主人公も、大きなアイデンティティをもっています。
自らの主人であるシルヴィオに恩返しをするということです。でも、失われた記憶の間に、別の誰かに恋に落ちたと聞かされます。
成長と共にアイデンティティを変化させ、そしてそのために主人であるシルヴィオは記憶を奪ってしまったのです(罪悪感に苛まれながら)。
記憶を喪失する前と、した後の主人公は同一の人物でありながら、違う幸福基準を持っているのです。
主人公は幸せになるためにどうしたらいいのでしょうか。
このまま、(自分の感覚としては以前どおりの)主人に恩返しするというアイデンティティを満たしていくことになるのでしょうか。
いえ、そうはなれないでしょう。
真実というのはそれだけで価値があるものです。人はそれを手に取ろうとしてしまいます。
すると、主人公は矛盾する二つの自己と向き合わなければならないのです。
この先が楽しみな小説です。