星流夜 ~出会って5ヶ月目の「僕」と「ひとみ」と「バイク」の物語~

すみこうぴ

ちょっと流れ星でも観に行きませんか?

 8月12日の日曜日の夕方。

 金曜日に盆休み前の仕事を締めた僕は、今年の4月に買ったばかりのホンダ「NC750X」に跨って、出町柳駅前で栗原さんを待ってる。

 このバイク、近未来的な洗練されたフォルムもさることながら、力強いトルクに優れた燃費性能のエンジンで、今回のツーリングにはモッテコイだ。



 暫くすると、


「北さん!」


 と、少し恥ずかしそうな声と共に駅の出口に栗原さんの姿が見える。


「ごめんなさい。遅なってしもて」


 長い髪を一括りにし、ジーンズにピンク色のチェックのシャツを着てデニム地のリュックを背負ってる。シャツのボタンを2つ外し、チェックの模様が極端なまでに湾曲してることから、相当なお胸をお持ちの様子が分かってしまう。なんと言うても少し丸みががった薄ピンクのフレームのメガネを掛けてるところがめっちゃええ!

 そう、栗原さんはメガネっ娘なのだ。


「いえいえ、こちらこそ。ごめんなぁ無理言うて」



 仕事に就いて2年目。あるプロジェクトを一人で担当をしてた僕に、助手として仕事を手伝ってくれることになった僕と同い年の臨時職の栗原さん。4ヶ月も一緒に仕事をしてるとお互いの気心も知れてきた。

 僕としてはもっと親密になりたいと思てるんやけど、果たして今日のツーリングでちょっとでも距離が縮められるやろか?



「そんな事ないよ。私も楽しみにして来たんよ」

「ほんまにぃ。そう言うてくれると嬉しいわ」



 栗原さんは美人と言うより、少しぽっちゃりとした、どちらかと言うと可愛らしい感じの人。喋り方も表情もおっとりしてて、職場では「仕事できるかなぁ」と心配してたけど、なかなかガッツはあるしテキパキと仕事をこなす。



「北さん、今日は宜しくお願いします」

「こ、こちらこそ……。ほんでもその『北さん』ってのは、なんか仕事してるみたいでぎこちないなぁ」

「ほんならなんて言うたらええのん」

「うーん。和彦やから『かず』でええわ」

「和さんね」

「うーん……」

「じゃ、和くんは?」


 なに! かずくん。めっちゃええやん。


「ま、まぁ。それで……」

「そしたら私の事も『ひとみ』って呼んで下さいよー」

「ひ、ひとみ……さん」

「もうー、『ひとみ』でいいのよ!」

「ほんなら、ひとみぃ。そろそろ行こかぁ~」

「はい、和くん」


 なんか僕の方がぎこちのうなってしもた。


「あっ、ほんであれ持ってきた」

「えーっと、シュラフやんなぁ。持ってきたよ」

「そうそう。ほんなら貸して」

「はい、どうぞ」


 この日の為に取り付けたトップボックスから予備のヘルメットを取り出してひとみ渡し、そこへひとみのシュラフを収納する。


「他に荷物はない? まだ入るで」

「後は、ウインドブレーカーとお弁当やし、大丈夫よぉ」

「お弁当作ってきてくれたん?」

「うん、夜食にと思てサンドイッチを少し。ああ、でもたいしたもんやないんよ」

「ほんでも嬉しいわ。ほんなら夜食をここに入れとこか」

「はい」


 よし、これで準備完了。


 ひとみはヘルメットを被る。僕が先にバイクに跨がり、ひとみの手を取って後ろに乗せる。

 NC750Xは低重心設計なんで二人乗りでも安定して走れる。排気量745ccのパワーやったら山道のワインディングも苦にならんやろう。


「えーっと、和くん。どこを持ったらええのん?」

「おしりの下のバーを握るか、怖かったら僕のお腹に手を回して」

「うん。バイクの後に乗るんは初めてやし……」


 僕のお腹にひとみの手が回ってくる。と同時にめっちゃ柔らかい感触が背中に伝わってくる。


「ほ、ほんなら行くでー。なんかあったら合図してや。直ぐに停まるし」

「うん」


 エンジンを掛け、ゆっくりとバイクを発進させる。


 そやけど直ぐに川端今出川の交差点で信号に捕まる。ブレーキを掛けると背中の柔らかい感触がプニュっと広がる。


 これはかなり大きそう……。いやいや、運転に集中、集中!


 青になって川端通りをゆっくり走って南下する。タイミングが良かったんか川端三条の交差点までノンストップや。


「どう、大丈夫?」

「うん、大丈夫ー」

「暑ないか?」

「うん、走ってたら気持ちええよー」

「そうか、ほな行くでー」


 再び走り出す。川端四条では少し渋滞したけど、なんとかすり抜けられた。


 川端通りは師団街道と名前が変わり、師団街道は伏見で国道24号線と交わり、左折して国道24号線を走る。

 伏見桃山城を左手にみながら走ると観月橋に差し掛かり、宇治川を越える。

 暫く行くと京滋バイバスの下の交差点で信号に引っかかる。


「晩ご飯にラーメン食べへん?」

「えっ、ラーメン。食べたい!」

「よし。ほんなら城陽で停まるわ」

「うん」


 ここから府道69号線と名前は変わるけど、そのまま真っ直ぐ南下。渋滞の大久保の交差点を過ぎて、城陽市役所の先にあるラーメン屋に到着。


「さて、何食べる。奢るで」

「おおきに。何が美味しいのぉ」

「やっぱり台湾ラーメンかな」

「和くんはそれ食べるの?」

「おお。ひとみは?」

「そしらた私も」


 豚骨ベースで野菜たっぷり。玉葱の甘さとピリ辛の刺激が絶妙で、スープまで美味しく頂いた。


「さー、これからが本番や。ちょっとスピード出すけど、しっかり掴まっといてや」

「うん。気ぃ付けてねぇ」


 南下すると城陽新池で再び国道24号線になる。市街地を抜けると木津川の土手沿いに走る。交通量も大分減ってきたんで速度を上げた。


 木津川市の上狛四丁町の交差点で左折して国道163号線、通称「大和街道」に入る。ここからは多少のカーブもあるけど、木津川沿いを快調に走れて気持ちがええ。


 南山城村に入ると長い北大河原トンネルがあり、それを抜けると気温が下がって少し涼しくなってくる。


 登り下りの多い区間。遅い車は登坂車線のあるとこで追い抜いてしまおう。

 急に加速してスピードを出すと、


「きゃっ!」


 と言うひとみの声がする。しっかりと僕に掴まってるんで安心してトラックを追い抜く。


 急な左カーブがある月ヶ瀬口駅付近を過ぎると、三重県は伊賀市に入る。


 最初の信号を右折し、その先の十字路をまた右折して伊賀コリドールロードを走る。


 突き当りのT字路で右折して上野忍者ドライブインに入って休憩。店は閉まってるんで外の自動販売機でコーヒーを買って飲む。公衆トイレもあるし絶好の休憩場所。


「ひとみ……。疲れてへんかなぁ」

「うん、大丈夫。なんや今日はめっちゃ元気やねん」


 ひとみの嬉しそうな顔を見て僕もホッとする。


「青山高原まで、あと1時間弱かな」

「そうなん。全然平気」

「ここから更に涼しくなってくるから、寒なったら言うてや」

「うん、大丈夫。和くんの背中が温かいから」

「そ、そうか……。ほんなら行こか」

「はい!」


 ドライブインを出て大内ランプから名阪国道へ入る。高速で走り、2つ先の上野東ICで降りて右折。国道422号線に入って青山を目指す。

 暫く田んぼの中を走り、そして再び木津川に沿って走る。


 今日は新月で風景は何も見えへんけど、街の灯りも無くなってきて星が綺麗に見え始める。


 青山羽根の交差点で左折して国道165号線こと「初瀬街道」に入る。先行車に後続車、対向車も無いんでどんどん飛ばす。


 小さなトンネルを抜けて木津川の橋を渡ると、そこから上り坂。殆どカーブのない谷間の道なんでどんどんスピードを上げる。


 NC750Xの直列2気筒エンジンの振動を股間に、背中にはひとみの柔らかさと温もりを感じながら気持ちよく走った。


 一気に標高が300メートル程上がる。西青山駅の下を通過し、青山トンネルの手前で右折して県道512号線の「青山高原道路」に入る。

 ここからはワインディングの登りが続き、更に高度を増していく。


 途中3ヶ所程きついヘアピンカーブがあるんで、僕はひとみの事を考慮してゆっくり走ったけど、ひとみはひとみで上手いこと体重移動をしてくれる。

 ヘアピンカーブを抜けると道路脇の「三角点駐車場」に入り、バイクを停めた。


 稜線がぼぼ三重県の伊賀市と津市の境目になる布引山地。僕らは「青山高原」に到着した。

 駐車場には数台の車が止まってる。


 みんな流星群を見に来てるんやろか?


 エンジンを切ると静寂と闇が訪れ、風の音だけが聞こえてくる。


「ヘアピンカーブ、大丈夫やった」

「うん、面白かったよ」

「体重移動とか、上手いなぁ」

「だって自動二輪の免許持ってるもん。バイクは無いねんけど」

「あっそうなん。いやー、バイク買おうやぁ。ほんで一緒にツーリング行こ!」

「うーん、お金貯めてからね」

「おおー、頑張って貯めてー。ほんでバイク買うてやぁ」

「うん、そうするわぁ。その代り……、それまでは後に載せてくれる?」


 なんと……。もしかしたら脈あるんとちゃうん。


「ええーっと、どないしよかなぁー」


 なんでそんな事を言うんや。僕の中の僕、素直になれ!


「えっ、だめ……ですか?」

「うそうそ! 冗談やん。いいよ。いつでも何処でも連れてってあげるよ」

「もうーっ、和くんのいけずやねんからぁー」

「ごめんやって」


 涙ぐんでるやんかぁ。


 そやけどメガネの横から涙を拭く仕草がめっちゃ可愛い!

 思いっきり抱きしめたいところやけど、ここは我慢、我慢……。


 そんな事を話してる間にも青山高原道路を走り上がってくるバイクのエギゾーストノートや車のタイヤが軋む音が聞こえてくる。今日は沢山の人で賑わいそうや。



 懐中電灯を持って歩き、緩い坂道を登って三角点までやってきた。

 ここは標高756m。気温も低く風も吹いててめっちゃ気持ちええ。もちろん明かりは無いし、懐中電灯を消すと真っ暗。


「ほら見てみー」

「あっ、あっ。流れ星ー」

「うん。『ペルセウス座流星群』って言うてな、これから沢山見えるようになるから」

「へぇー、そうなんやぁ」

「多い時は1時間に60個程見られる事があるんよ」

「凄いやーん。めっちゃ楽しみー」

「これから夜が更けていったら、段々ようけ見える様になるわー」

「そやからシュラフを持ってきたん?」

「そう。寝っ転がって見たらええやえろ」

「うん。なんかワクワクしてきたわー。いっぱいお願いできそう」

「ははは、そうやな。あっ、また流れた」

「えっどこ?」

「遅いわぁー」

「うーん、もうー」

「大丈夫。まだまだこれからや」

「そっかー。そやけど夜景も綺麗やねー」

「そやな」

「あれはどこなんやろう?」

「えーっと、直ぐ手前が津市で、その向こうの黒いのんが伊勢湾」

「へー、黒いとこが海なんやー」

「うん。ほんで海の向こうが知多半島やね」

「なるほどー」


 三角点付近の広場は次第に人も増えてきたんで僕らは場所を移動する事にする。



 駐車場に戻って来てヘルメットを被ろうとしてると、4,5台のバイクが一斉に入ってくる。まだまだ後からも続いてる様や。

 ちょっと怖いなーと思て見て見ん振りをしてたら、その中のカワサキの「Ninja650」が近寄ってきて僕らをライトで照らす。

 ライトを腕で遮り様子を伺う。他のバイクも近寄って来てる。


「えっ、えっ。どうしたの……」


 怯えるひとみを庇う様に背中へ隠す。

 次々とバイクが寄ってきて、10台程のヘッドライトに囲まれた。


 絡まれたらどないしよ。こんだけの人数やったら勝ち目は無い……。


 エンジンのアイドリング音が身体に響く。涼しいのにじわっと汗が滲み、身体に緊張感が走った。


 ひとみを守らな……。


 すると先頭のバイクに乗ってる男がヘルメットのシールドを上げる。

 緊張が頂点に、そして心臓が高鳴る。


「やっぱり! 北先輩やないですかぁ」


 へっ! なんか聞き覚えのある声。


「山名です。こんばんわ」

「なんや山名かぁ。びっくりするがなぁ」


 僕が大学生の時に作ったバイククラブの後輩達やった。緊張から開放されて力が抜けた。


「ひとみ。心配せんでもええで。こいつら大学の後輩やねん。こいつは3代目の部長や」

「あっ、そうなん。よかったぁ……」


 集まったバイクはエンジンを切る。遅れて入ってきた3台もエンジンを止めた。


「ほら、この人が初代部長の北さんや」

「あっ、どうも。はじめまして。1回生の大谷です」

「おお、1回生かぁ。頑張ってやー」

「はい、ありがとうございます」

「2回の園田ですぅ」

「そっかぁ、頑張ってるねー。そやけど山名、なんでこんなとこに来たんや。お前らもペルセウス座流星群を見に来たんか?」

「何ですのん。そのペルセスなんちゃらって?」

「流星群の事や。ほんならお前ら何しに来たんや?」

「何しにって、先輩が僕らをここへよう連れて来てくれたから、今日はコイツラを連れて来たんですよ」

「おお、そうかぁ。それはええこっちゃぁ」

「で、そこの可愛い人は誰なんですかぁ?」


 おお、中々気の利いた言い方をしてくれるやん。


「まぁ、あれやわ。ははは……」

「ダメですよ先輩。彼女さんをー、こんなとこまで乗っけて来たら。しんどかったでしょ?」

「こんばんはぁ。栗原です。私は全然平気ですよ」


 ひとみは今「彼女さん」って言われて否定せんかったやんなぁ……。


「いやーええなぁ。羨ましいですわ」

「は、は、は。おおきに」

「ほんなら、そろそろ行きますわ」

「おう。気ぃ付けてなぁ」

「ほんな、また」


 山名がエンジンを掛けると、他の9台が一斉にエンジンを掛ける。


 胸に響くエンジン音。この瞬間が素敵や。


 2、3回空吹かしをして山名が駐車場の出口に向かうと、僕に向かって一人ひとり頭を下げ、山名の後を追う。


 後輩を連れて走ってるやなんて、中々頑張っとるみたいやな。


 駐車場から出ていく後輩たちを見送る。めっちゃでっかいエギゾーストノートを残して走り去る。


 駐車場には再び静寂が訪れた。


「ごめんなぁ。変なやつばっかりでぇ」

「うーうん。みんな面白い人やねー」

「まぁ口は悪いけど、みんなええやつらやわ。それに、後から2台目のバイクに乗ってたんは女の子やんねで」

「ええっ、そうなん。格好いいー。凄いね、こんなとこまで来るなんて」

「はは。乗り方は下手やけど、ガッツがあるねん」

「へー、私も早く乗ってみたい」

「ほんなら、ちょっと移動しよか」

「うん」


 駐車場を出でて加速しながら坂道を下る。次にS字カーブに進入すると、思ったよりRがきつく、スピードが出過ぎてて車体をかなり倒した。ひとみは両足で僕の腰をしっかりグリップしてバランスを取ってくれる。


 なんとか体勢を立て直すと、右の第2駐車場に入る。

 残念ながらここも車でいっぱいやし駐車場を出る。ゆっくりとした右カーブを走りながら第3駐車場へ。


 駐車場に入ってはみたものの、ここも数台の車が停まってたんでそのまま転回して出て第4駐車場へ向かう。


 第4駐車場も第5駐車場も車が停まってる。


「誰も居らへん駐車場へ行くわ」

「うん」


 ちょっと不安にさせたかな。

 駐車場はあと2つしかない。取り敢えず第6駐車場へ向かう。


 流石に第6駐車場まで来る車は無いのんか、ここは誰も居らんかった。端っこにバイクを止めて降りる。

 ここは標高が750mで、第4、第5の駐車場よりほんの少し低いけど、流星観測には差し障りは無い。


 エンジンを切り、ライトを消すと真っ暗や。暗闇に目が慣れてると、満点の星空が見えてきた。天の川まではっきり見える。


「ここにしよっか」

「うん」


 暗闇でもひとみの笑顔は分かった。


 もう一度ライトを点け、シュラフやエアーマット等を持って駐車場の傍の芝生の上へ移動する。マットを並べて敷き、その上にシュラフを載せる。

 バイクのヘッドライトを消し、ランタンを持って行って二人の間に置く。まだ寒く無いんでシュラフの上にゴロンと横になり星空を見上げた。


「ほら、また流れたよ」

「結構見えるやろ。10分間で何個見えるか数えよっか」

「うん」

「よーい、始め!」


 そうやって数え始めるとお星様は意地悪をしてなかなか流してくれへん。


「なかなか流れへんね」

「まぁそういうもんやわ」

「あっ、流れた」

「よーし、まず1個な」

「いーち」

「あっ、2個目やー」

「すごーい。あっ、3つ目!」

「4個目」

「5つー!」


 来る時は来るもんである。しかしそれからはパタッと止まってしもて、9分過ぎに6個目が流れた。


「はい、10分経ったで」

「えぇーもうぉ?」

「うん、10分で6個やったらまぁまぁちゃう」

「そうなーん」

「そやけど街では1個もみられんやろ?」

「ほんまやねー。それ考えたら凄いんやー」

「うん」

「あっ、また流れた。7つ目ー」

「まだ数えんるん?」

「うん。何個見られるか数えるわ」

「ほんなら僕はコーヒーでも入れるわ」


 と起き上がろうとしたら、ひとみに腕を掴まれる。


「ちょっと待って。もう少し一緒に見ようやぁ」

「おお、分かった」


 仕事の時と違ごて、ひとみはイキイキしてる。


「ほら、8つ目ー」


 14個まで数えたけど、それからはさっぱりやった。


「あれー。もうお終いなん?」

「いや、これからどんどん増えていくよ」

「そやけどもう5分位、流れてへんのとちゃう?」

「そうやなー。そのうちまた来るでー」

「ふーん」


 ちょっと退屈してきたかな。


「ほんならコーヒーでも飲もかぁ」

「うん。サンドイッチも食べる?」

「おお、ええなぁ」


 ランタンを点け、コッヘルに水を入れて携帯コンロでお湯を沸かす。


「なんか、お父さんみたい」

「お、お父さん!?」

「うん。キャンプに行ったらいつもお父さんがそんなんやってたわ」

「おとうさんかぁ……」


 やっぱり僕ってお父さん扱いなんかなぁ、同い年やけど……。


 小コッヘルとスティックコーヒーを渡す。お湯が湧いたら小コッヘルへ注ぐ。


「熱いし気ぃ付けてや」

「うん。そしたらこれを食べて」


 ひとみからサンドイッチを受け取って一口食べてみる。辛子マヨネーズで丁度ええ加減の味付けや。


「うん、美味しい。美味しいで」

「ほんまにぃ。まだまだあるさかいにたくさん食べてね」

「おおきに」


 サンドイッチを食べながら横になる。


「おおー、今めっちゃ長いのが流れたなぁ」

「うん、見た見た。これで14個目やねー」

「ええ、15個目やろ」

「そやったかな?」


 もう忘れてる。でもそんなとこもほのぼのして可愛らしい。

 また流れるかと思たけど、なかなか続けて流れてはくれへんみたい。


 沈黙が続く。風に乗って遠くを走るバイクのエキゾーストノートが聞こえてた。


 ファアーン、ファーアー、フォンーフォンー、ブルブル、ファァァーン……。


 音が小さくなり、終いに聞こえん様になる。するとひとみが話しかけてくる。


「さっき後輩さん達が来てたやんかぁ」

「おおっ」

「なんかねー、『彼女さん』って言われてたね、私」


 そうやった、忘れてた。どう応えたらええんや?


「私、和くんの彼女さんに見られてたね」


 それってもしかして。


 どうする?


 脈はありそうやし、ここは思い切って……。


「それやったら、僕の彼……」

「あっ、また流れた。えーと、16個目ー」


 流れ星のアホ! 言いそびれてしもたがな。


「お、お。16個目やなぁー」

「うん」

「……」

「……」


 わー、黙ってしもた。急げ! 間を開けたらあかん。


「あのー」

「なにー?」

「えーっと、僕ら……付き合わへん。いや、僕と付き合ってくれる?」

「……」


 あかん。タイミングを外してしもたかな。


「あかんかぁ?」

「うーん……。そう。そしたら1時までにぃー」

「うんうん」

「流れ星が100個見られたらー」

「ほう」

「付き合おっかぁ」

「まじかぁ。分かった。ほんなら気合い入れて見るでー」

「うふふ」


 1時まであと1時間と40分。流星の出現数も徐々に増えてくる頃やし、これやったらなんとかなるやろ。


 僕はシュラフの上で体勢を整えて、1個も見落とさん様に目を見開く。


「あっ、17個目」

「あとー、83やね。うふふ」

「来たっ! 18、19」

「あとー、81個よ」



 時間は過ぎ、12時を回って残り64個。この調子やったら何とかなるやろ。

 ちょっと寒くなってきたし僕らはシュラフに入る。その間も空からは目を離さへん。


 37個目の流星は天球の半分程を流れるめっちゃ長いやつで、1秒位光ってた。


「うわー。今のめっちゃ長かったねー」

「うん。凄かったなぁ。そやしあれは2個分にせえへん」

「しません」

「なんや、いけずっ」

「そんなんで誤魔化したらあかんよー」

「分かったわ。ほんなら気合を入れるわ……。頼む、流れてくれー!」

「うふふふ……」


 気合が通じたか、僕らが付き合うことを祝福してくれてるんか分からんけど、その後は順調に流星の数は増えて行き、12時半を回った時点であと31個。


 30個目からはカウントダウンに切り替える。


 残り20分で18個、10分で7個に迫り、残り5分で2個になった。


「凄いねー。あと2つやん。そやけどこんなに沢山の流れ星が見られたんは初めてやし、めっちゃ嬉しい」


 喜ぶひとみを見て僕も嬉しかった。それにあと5分で2つ。僕は勝利を確信する。


 そやけどそれからがなかなか出現せえへん。


「流れてくれー」


 と声に出して宇宙を漂うチリに応援する。


「いやー、まだ3分あるし余裕やな」

「そうなん。さっきから全然流れへんよー」

「うーん。宇宙にはいっぱいチリがあるはずなんやけど」

「チリ?」

「そう。スイフト・タットルっていう彗星から放たれたチリが地球の大気圏に突入すると燃えて光るんよ。それが流れ星。ペルセウス座流星群やねん」

「へー。よう分からへんけど、そのチリが降ってきたらええねんね」

「そう。そのチリのたった2個でええし地球に落ちてきてくれへんかなぁ」

「そやねぇ……」


 あと残り2分。


「不味いなぁ。あと2分やんか」

「大丈夫? あと2個、流れるかなぁ」


 えっ! ひとみは何を心配してるんや?


「大丈夫や、なんとか僕の気合で流れさせてみる」

「うん。和くん、頑張ってー」


 って、なんで応援してくれるんやろう?


 刻々と時間は過ぎていくのに夜空には星が綺麗に輝いてるだけ。


「あと1分かぁ。これはやばいなぁ」

「大丈夫。まだまだこれからよ」

「よーし。最後に気合を入れよ」

「お願い。流れてー!」


 祈る様に天空を見つめる。ひとみも胸の前で手を組んで祈ってる。



 ピッ!


 虚しくも1時の時報が僕の腕時計から流れる。


「あかん! 終わってしもたぁーー」

「あーん。もう少しやったのにね」

「くそー!」


 むっちゃ悔しくて芝生をげんこつで殴る。


「和くん、ほら」

「うん?」

「ほら見てぇ」


 空を見上げた。


「あっ!」


 今までの沈黙が嘘の様に2つ、3つと、カウントダウンの失敗をあざ笑うかの様に星が流れる。


「もうちょっと早く来てくれたらねー」

「ほんまやな……。くそー、めっちゃ悔しいわぁ」


 ちょっと不貞腐れた感じで遠くを見てたら、ひとみがクスクスと笑いだす。


「ふふふ……」

「何がおかしいのん?」

「ごめんなさい」

「えっ」

「うーうん。ちょっと試してみただけなんよ」


 どういう事、かな?


「和くんの気持ちがどんなもんかなぁって……」

「そ、そうなん?」

「うん、和くんの気持ちがどれだけほんまか知りたかってんよ」

「……」

「そんなん流れ星が100個なんて、初めから無理やと思ててん」

「そうなんや」

「だってそんな数、今まで見たことないもん。そやから、和くんがどうするかなぁって興味があってん」

「まじかぁ」

「でも、もう少して100個やったし、なんとかいける気がしたんやけどなぁ」

「そりゃ僕もや。何としてでも100個は来て欲しかったし、そしたらひとみと付き合えるかなぁって思てたから……」

「うん、よう分かったよ。和くんの気持ちがホンマもんやって」

「ほんでも98個やったやん」

「ええんよ、それが分かっただけで」

「あと2個が……」

「もうっ! ほんなら今度は私から言うわよ」

「えっ」


 ひとみが僕の方へ向き直す。


「和くん。私と付き合って下さい」

「えっ、ええのん?」

「うん。お願いします」


 まじかぁ。そんなこと言わせてええんか。どうしよう? いやどうしようやないやろ。

 そやけど僕としては何となく後味が悪い。


「そ、それ、やったら……。3時までに100個見れたら付き合おかぁ」

「えぇー、また100個?」

「うん。一晩で200個も流れ星を見られたら、それはきっと何かいい事が起こるかも知れんやん」


 めちゃくちゃな論理や。


「そうやね。分かった。じゃー今すぐ数えるね」


 ひとみはシュラフに横になって眺め始める。


「あっ、1個。わっ、2個目」


 それからまた流れ星の数を二人で数える。


 なんの事はない。3時を待たずして100個の流星が流れた。


「やった! 100個目よー」

「おお、100個やなぁ……。ほんなら僕と付き合ってくれる」

「うん。お願いします」

「いや、僕こそお願います」


 ひとみは一瞬沈黙してから再び話し始める。


「でもなぁ、私はもう付き合ってるて思てたんよ」

「ええっ!」

「だってなぁ、流れ星を見に行こうって誘ってくれたやんかぁ」

「うん」

「その時にはもう『付き合う』って思ててんよ」

「えーー、そうなん」

「うん。だから後輩さんに『彼女さん』って言われて嬉しかったんよ」

「そうーなんやぁ。いや、否定せえへんしおかしいとは思ててん」

「うふふ」

「ちょっと、叫んでもええかぁ」

「ええっ」


 僕はシュラフの上に立ち上がる。


 1、2の、3!


「ひとみー、好きやでー!!」


 こだまが何度も聞こえた。

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