Last kiss


 神官はローブを脱ぐと、祭壇に横たわる姫の頬をそっと撫でた。

 真珠のような淡く輝く白い肌、頬は熟れた林檎のように赤く、唇は薔薇の花弁を思わせるほど柔らかに見える。

 とても、百年眠り続けているとは思えないほど瑞々しい。

 何人の王子が姫を目覚めさせようと、彼女に口付けしただろうか。


「ふふ……ふふふ……」


 ああ、嗤いが止まらない。

 どいつもこいつも、姫を目覚めさせることはできない。

 ――そう、わたしにしか。

 神官は、姫の唇を指でなぞると、そこに口付けをした。

 この甘くて柔らかな唇は、決して応えてくれない。

 それでも、なんども口付けをする。

「いい加減に認めたらどうですか、姫」



 神官になんて興味はなかった。

 神を信仰するつもりも専ら無い。

 幼いある日、同じく幼かった姫をお見かけしてから、姫のことだけを想って生きてきた。

 姫。姫。姫。

 見ていられるだけでよかった。触れられるだけで幸せだった。

 しかし、城に出入りできるようになって耳にした、姫に許婚がいるという話に、狂った。



 ――誰かのものにしてしまうくらいなら、どんな手を使ってでもこの手に。



 姫の心を手にする方法は、簡単だった。

 想い合っていた王子と姫を引き離すことで、姫に生まれた心の隙間を、神官は丁寧に丁寧に埋めていった。

 けれど、それが満たされることを、姫が許さなかった。

 眠ることで心を閉ざし、王国全てを呪ってしまった。

 時間が巻き戻ることも、進むこともない。

 永遠と言う名の牢獄だ。

 でも、そこまで強固に拒絶する理由は――


「わたしが貴女を諦めるなんて、あり得ないことでしょう?」



 お願い、わたしを目覚めさせないで。

 きっと、好きになってしまうから。


 姫の頬を涙が滑り落ちていった。




 ――姫は未だ深い眠りの中に居る。






おわり。

 


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Awake someone with a kiss 美澄 そら @sora_msm

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