第2話 スパアク
パアンパアンパアンパアン…
破裂音は変わることなく響いていた。月日は何一つ解決を齎しはしなかった。間隔は短く、音はより強く、そして外界と内界の境界はより曖昧になっていた。
僕はレンタカアを走らせていた。それは僕が、僕の愛車で全損事故を起こしたためであった。手持ちの金を持たぬ僕は、格安の代替案を地を這う蟻の如く探し回り、手に入れるほかなかった。レンタカアは夏の暑さに、オンボロなエンジンを唸らせていた。その割に、エアコンは大してきかなかった。
僕は僕の愛車を自らの手で殺した。それは殺したに他ならなかった。僕は殺して、生き残った。のみならず、僕は愛車を殺したことで経済的利益までも得ていた。僕はそれに両手を振って喜べるほど、楽天家ではなかった。僕が僕によって、僕の愛すべきものを殺して利益を得たという結果は…その過程がどうであれ、僕の心を打ち殺すには十分な事実だった。だからといって、僕はその利益の恩恵にあやかること憚らなかった。僕はすぐに新しい「愛車」を注文した。裏切りを思った。なるほど、僕は確かに悪魔だった。…
パアンパアン……バチ…バチ…
破裂音は次第に変化を見せ始めていた。それはまるで、僕の愛車の、死際のノッキングのようだった。点火プラグ……異常燃焼…脳内…活動電位……容易く僕は僕と愛車のシンクロニシテイを想った。ならば、僕は、じきに死なねばならないはずだった。鉄屑として押し潰された、僕の愛車のように死ななければならないはずだった。
いっそ派手にスパアクしてしまえ。エンジンブロオだ。そう嗤った。僕の愛車は僕を黄泉の道連れにしてはくれなかった。だが、それは…僕がついていくことを拒んだわけではなかった。それは僕の自由だった。だが、僕の愛車がその身と引き換えに遺してくれたこの僕を、僕は殺すべきか、それだけに悩んでいた。否、それだけに悩んでいると思いたがっていた。結局、僕は生きたいと思うことを、裏切りと諦観の二つから見ていたに過ぎなかった。
バチバチバチ…パチン…パァン…
小煩いスパアクは止まない。
バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ….
離人感が強まり、現実味が薄れていった。夢か現か、僕は僕の感覚を捉えられずにいた。外界と内界の境界は狭まり、僕の脳は外界に肉薄していた。硬膜はもはやなくなったのかもしれなかった。レンタカアの唸りはエアコンの唸りか、僕のスパアクによるものか判別がつかないものになっていた。
家に近い踏切の遮断機が音を立てていた。レンタカアはそこで突如として息を止めた。アクセルを踏み込んでも唸ることがなかった。僕は、死んだ、と思った。何が死んだかわからなかった。ただ、死んだ、と思った。それで十分だった。
かあんかあんかあんかあんかあんかあん………………………………バチバチ…パチ…バチン…
バチン…パチ…………………………………パァン。
破裂音 鹽夜亮 @yuu1201
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