♯影冤の人〜僕は過去で未来のキミと、二度出逢う〜

道楽もん

序章

第1話 僅かな綻び


 古より人の集まる中心地として栄えてきた歴史ある街・京都。


 府内の中心部から外れた某所。

 住宅街の外れに見える特徴的な赤く大きな鳥居をくぐり抜けた先に、背の高い樹々に囲まれるように建てられた小さな神社がある。

 車道から降りて階段を十数段上る事で辿り着く境内。そこを守るようにたたずむ赤い大きな鳥居の存在は、境内の醸し出す神秘的な雰囲気も相まって、未知の世界へと誘われるような不思議な錯覚を引き起こす。


 天は高く青々と晴れ渡り、スズメの鳴き声が清々しさを運んで来るようなある日の事。初夏の早朝にもかかわらず、境内へと続く階段前にある道の上で、Tシャツにジャージ姿の男性が深刻な表情で額から流れる汗を手の甲でぬぐいとっている。


 彼の名はヒロキ。およそ二十歳位の若い青年で髪は短髪、中肉中背でスポーツマンらしい、身軽そうな身体つきをしている。


 彼は先程から目の前で繰り広げられている、巫女装束の女性と高校生くらいの女の子による、女同士のにらみ合いをどうにかしなければと思ったのか、遠慮がちに口を開く。


「……なぁ、ミキ。ご近所さんにも迷惑だし、大声をやめて二人とも、少し落ち着いて……」


「……何、言ってるのよ。元を辿れば、ヒロキ君のせいでしょう? 」


 目の前にいる女の子から、なだめようとするヒロキに視線を移し、むくれたような表情で睨む巫女装束の女性、ミキ。


 彼女も年齢は二十歳位、背はヒロキよりもちょっとだけ低く、背中まで届く長い黒髪を首の後ろ辺りで一つにまとめている。

 体型の分かりにくい巫女装束を身に付けていても、一目でそれとわかるほどスタイルは良く、やや幼く見える顔も相まって魅力的に見える。


「女の子と見れば誰彼構わず優しくしてるから、こんなややこしい事になっているんでしょうが」


 両手を腰に、問い詰める様な仕草でヒロキに文句を言い始めるミキ。


「人をプレイボーイみたいに言うなよ。女の子に優しくするのは、当然のことだろう? 」


「それは結構なことね。だけど、この手の子供は優しくするとつけあがるだけよ」


「……誰が子供よっ。背は低いけど、これでも十八歳なんだからね」


 ミキとにらみ合いを続けていた女の子は、ショートボブの短い髪を揺らしながら、彼女の言葉に反発するように言い返す。


「第一、幼馴染だからってお兄ちゃんのやる事に、とやかくと口出ししないでよね。コスプレ女っ」


「コスッ……コスプレじゃありませんっ。これは、巫女という職業のれっきとした制服ですっ」


 ミキは彼女の言葉に、憤懣ふんまんやるかたない様子で叫ぶ。


「人前は苦手だけど、神主をしている父親の為に仕方なく……」


「ちょっ……ストップ、ストップ」


 ヒロキは今にもつかみ合いになりそうな女性二人の間に入り、引き離す。


「こんな、高校生くらいの女の子相手に大人気ないよ、ミキ」


「ヒロキ君……そんな、私は……」


 ヒロキは、ミキの言いたい事を汲んだかのように軽く手で制すると、女の子の方へと振り返る。


「それに、君も言い過ぎだよ。それ以上は、いくら俺でも許せなくなる」


「……お兄ちゃん……どうして、そんな他人行儀な言い方するの? 私の事……ユーリの事、忘れちゃったの? 」


 神妙な面持ちのヒロキにユーリと名乗る女の子は、悲しそうな表情でヒロキを見上げている。


「忘れたも何も……」


 ヒロキは困ったように頭をかきながら、しかしハッキリとした口調でユーリに告げる。


「さっきからずっと考えていたけれど思い出せない……君とは初対面だよね? 」


「そんなことないっ。あまり長くはないけど、私達は間違いなく一緒に暮らしていた兄妹なんだよ、ヒロキお兄ちゃん」


 ユーリはウットリするように目をつぶり、自身の想いを口にする。


「……そりゃあ、血は繋がっていないけれど、ヒロキお兄ちゃんは私にとっての『お兄ちゃん』である事に、変わりは無いよ」


 そんなユーリを見たヒロキとミキは、呆れたように顔を見合わせる。


「血が繋がっていないって……それ、ほとんど他人……」


「私にとっては実の兄妹以上に、大切な存在なのっ」


 ポツリとつぶやいたミキの言葉に、過剰に反応して睨みつけるユーリ。


「……私は忘れてないよ。

 小さかった頃に、大好きなヒロキお兄ちゃんと遊んだ、楽しかった毎日の事……」


 美しかった思い出を辿るように、再びウットリと目を伏せるユーリを傍目に、ミキはヒロキに対して軽口をたたく。


「大好きなんだって……妬けるわね、ヒロキお・に・い・ちゃん」


 ミキの言葉に、意地悪そうな目付きで言葉を返すヒロキ。


「……へぇ、妬いてくれるんだ」


「べっ……別に、本当に妬いてるわけじゃないわよ……言葉のアヤよ、アヤ」


 心なしか顔を赤くして否定しながら、覗き込むヒロキから逃げる様に顔を背けるミキ。

 はたと我に返り、そんな二人の様子を見たユーリは、そのスレンダーな身体をヒロキとミキの間に強引にねじ込む様に割って入り、ヒロキを庇う様に手を広げる。


「……これ以上、私からお兄ちゃんをとらないでっ。デカ乳コスプレ女っ」


「コスプレじゃないって、何度言ったら……貴女は、目上の人に対する言葉遣いがなってないわね。

 親の顔を見てみたいって、こういうことね」


「コスプレ女なんかに見せる親なんて……あれっ……? 」


 ユーリはそれまでの活発な活動を突如として止め、物思いにふける。


「……だとしたら、辻褄が合う……そうか、そういうことだったのね……アイツが……」


 身体をわななかせながら険しくなって行く顔を伏せ、ポツリとユーリはつぶやく。


「……許さない……」


 いつの間に取り出したのか、その右手にはスマホが固く握りしめられていた。


「アイツもコスプレ女も……私からお兄ちゃんを奪う奴は許さない。絶対、絶対許さないっ」


「あっ……ちょっと……」


 ユーリは叫び声を上げるとヒロキの制止も聞かずに住宅街へ向けて駆け出して行く。

 住宅街を流れる狭い川に架けられた、コンクリート製の短い橋のような車道を駆け抜け、川沿いの道へと曲がり通り抜けようとした矢先。


「あっ……危ないっ」


 川沿いの道を歩いてくる二人組の男性の内、やたらと背の高い細身の男性とユーリがぶつかりそうになるのを見たヒロキは、思わず叫び声をあげる。


「……おわっ」


 寸前で踏み止まった男性の前を、ユーリは何事も無かったかのように駆け抜けていく。


「待てコラっ、オイッ。

 ……チッ、行っちまいやがった」


 ユーリとぶつかりかけた長身男性は、悔しそうな顔で悪態をつく。


「今時のガキは、詫びも言えねぇのか。ったく……頭きますよね、アニキ」


「……前を見てないお前が悪い……」


 長身男性に話しかけられたイカツイ男性は、目の前の出来事に動じる事なく、ぶっきらぼうに言い放つ。


「走ってきた奴は下を向いていたが、お前好みの線の細い女だったぞ」


「……えっ、そうだったんですか? アニキ。そうと知ってりゃ、自分からぶつかって行ったのに……」


 イカツイ男性の言葉に、分かりやすく悔しそうな表情を見せる長身男性。


「詫び代わりに、メチャクチャになるほど抱いてやったのに。その後……グフッ」


 長身男性は妄想にふけるように、下卑た笑みを浮かべ始める。


「……お前の趣味は、未だによく分からん。あんな細い身体の何処が良いんだか……俺はやはり……」


 イカツイ男性はそう言うと、離れた場所で眺めているヒロキとミキを振り向き、邪悪な笑みを浮かべる。


「……肉付きが良くて、色々と楽しめそうなが良いな」

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