キャラメルと神棚

いうら ゆう

キャラメルと神棚

 まだうんと小さかった頃、うちの孫娘にはおかしな習慣があった。


「届いてー!」


 キャラメルを握りしめた右手を、孫娘は神棚に向かって、うんと突きあげる。

 届いて、と言われても、背の低い私の腰にも満たない背丈では、天井近くにある神棚になんて届くはずもない。

 まもなく、肩越しにちらりちらりと私に向かって視線を送りだした孫娘の姿をみかね、私は夫に声をかけた。

「届いてー!」

 とたん、孫娘はこれ見よがしに神棚に向かって背伸びする。

 庭での水やりを終え、掃き出し窓から居間にあがってきた夫は「あぁ」と心得たように頷いた。

 夫は腰を屈め、孫娘を肩車してやる。

 ぐっ、と近づいた神棚。

 やっとのことでキャラメルを一粒、神棚に供えることができた孫娘は、やたらと神妙な面持ちで、ぱんぱんと二度、柏手を打つ。

「おいしくおいしくおいしくなーれ!」

 唱えてすぐさま、夫が腰を屈めるよりもはやく、孫娘は夫の背を滑りおりる。

 それから時計のある居間と神棚のある床間を、そわそわ行ったり来たり、きっかり計って三分間。

「届いてー!」と声をあげ、再び肩車をしてもらった孫娘は、さっき神棚に供えたばかりのキャラメルを取り戻し、今度は肩車から降りる暇さえ惜しんで、急いで包みを破って中身を口に含む。

 そうして、ぽっこり右頬を膨らませ「おいしくなった」と得意気に頷くのだ。

 まさかカップラーメンじゃないのだから、と私はよく思ったものだ。

 しかし、小学校も中学年にさしかかると、夫もすっかり重くなった孫娘を肩車してやることは叶わなくなった。

 孫娘は背伸びとジャンプを繰り返しながら、「届いて、届いて」と神棚に向かって何度もキャラメルを投げつける。

 うまく神棚にのることなど、そうそうない。

「いい加減になさい」と私が怒れば、孫娘も頑固なもので「だって! のせないと、おいしくならない」と一向に聞き耳を持たない。

 むしろ、ますますかたくなになり、しまいには泣き出した孫娘の手から、ひょいとキャラメルを摘まみあげたのは、肩車のできなくなった夫だった。

 神棚のみずみずしいさかきの間に夫はキャラメルを一粒置く。

「これでいいかい?」

「……いいことにしてあげる」

 言葉とは裏腹に不満そうに孫娘は、ふいと顔を背ける。

 それでも、しっかり居間と床間を行き来して三分間。

 その間に、こっそりと。耳を澄ましても聞こえるか聞こえないかの小ささで柏手を打ち、もごもごと例の言葉を唱えることも忘れない。

 取って、と夫に要求した孫娘は、神棚から手の中に戻ってきたキャラメルの包みをほどき、鼻に皺を寄せたままキャラメルを口に放った。




 そういえば、とすっかり大人となった孫娘は箱から出したキャラメルを一粒、神棚に供えて言った。

「うちってどうして神棚にキャラメルなんか置くの?」

 変な習慣だよね、とさも不思議そうに孫娘は私に問う。

 なぜってそんなの私が聞きたい。

「じいちゃん、やたらキャラメル神棚に置きたがったでしょ。ほら、キャラメル食べようとするとさ、『貸してごらん』って必ず。じいちゃんが好きなだけだとは思うんだけど。ならもう神様にあげちゃうより、こっちに置いてあげたほうがいいよね、本当は」

 孫娘は箱を振って取り出したもう一粒のキャラメルを仏壇にことりと供える。

 おかしくなって、私は笑った。

「あのね、秘密があって」

 私は柏手を二度打って、口の中で呪文を唱える。

 きっかり計って三分間。

 私は持ってきた踏み台に登り、神棚から孫娘が供えてくれたキャラメルを取り、差し出した。

「三分たったから、おいしくなっているらしいの」

「そんなカップラーメンじゃないんだから」

 呆れ交じりで受け取ったキャラメルを孫娘は口に放る。

 まるで小さな頃と変わらず、私たちのかわいい孫娘は右頬をぽっこり膨らませ「まぁ、普通においしいけど」と、怪訝そうに呟いた。


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