第十三話 一人の猫と一匹の猫

 城門前で別れた和仁は裏道を使いすぐさま自宅へダッシュした。夕刻まではまだ時間があり、リリーはまだ家にはいないだろう。


「ただいまなのにゃー」


 玄関を勢い良く開ける。誰からも「おかえり」がなく和仁はドキドキしながらも「にゃふふふふん」と上機嫌なのがうかがえる。


「誰もいないにゃ。にゃーは素晴らしい計画を立てられたにゃ」


 リリーに(バレない様に)言いつけを守り、陰ながらストレス発散を行う。良い人物とも知り合えたし、行動は結果を生む。素晴らしい。


「よし、晩御飯の支度をするにゃ。その前にひとっ風呂にゃ」


 こうして和仁の思惑は順調に始まってしまった。だが、その日一晩上機嫌だったのをリリーが不振に思うのは自然なことだった。


「別な女の匂いがする」


 鼻歌まじりで料理を作っていた和仁に開口一番リリーが放った言葉だった。お風呂に入り、証拠隠滅は万全なハズ。


 これが妻に隠れてイケナイ事をしている夫の心境かと、人の時も含めて何百年。生きてて初めて味わった心境だった。人だったころには妻に隠し事などしたこともなかった。そもそも、リリーとの関係は主従関係だった。


「き、気のせいにゃ」


 その晩いつもよりご飯が豪華だったのは言うまでもない。調子に乗って作りすぎたのだった。いつも大量に消費してくれている他のメンバーは泊りがけの依頼をしており、二人だけの気まずい食事だった。


「私のスフレ《猫》に誰かしら」


 どこの世界も女の勘は怖いと和仁は思いながらいつものようにリリーに抱き付かれ眠るのだった。


「やっぱいつもと違う匂いがする」


 和仁はドキドキしていつもより眠れなかった。


                  ☆


 暫くはリリーが学校の時は通い妻のように日中シエルと冒険者の仕事を手伝った。久しぶりに思う存分魔法が使える状況に和仁は有頂天の最中だった。討伐系の依頼は殆んどが和仁一人?で済、シエルは半ばついて行っているだけの様だった。


 魔法を使え活躍でいる、シエルは魔法の勉強になり、稼ぎにもなる。共存の理想ともいえる関係であった。


「にゃーが思う魔法論とはイメージが大事にゃ。イメージが出来れば詠唱なんていらないにゃ」


「僕がお師匠様に教わったのは最初に詠唱だったなー。一言一句間違えないように覚えることが基本だったから」


「だとしたらそれは無駄だったにゃ。そもそも詠唱で決まった魔力だけ消費するなんて自ら上限を決めているだけと、そう思わないかにゃ? 」


 和仁の魔法は我流であり、魔法理論も持論である。だが……


「確かにそうかも」


 この世界の魔法は強力になれば強力になるほど詠唱が長く、その長い詠唱の間魔力を消費して発動だれるのだ。


「追跡機能とかは難しいけど、簡単な魔法なら出来ると思うにゃ」


「ううん、なかなか難しいよ」


 どうやらシエルは魔法理論の頭でっかちらしい。イメージだけでなかなか魔法を使うことが出来ない。余程そのお師匠様と詠唱の訓練をしたみたいだ。


「簡単に省くだけでいいにゃ、最初は火、出ろにゃーとか詠唱を簡素化するにゃ。もちろんどれくらいの火を出すか頭の中にイメージしながらするにゃ」


 この屋外授業は今回が初めてではない。もうすでに幾度となく一緒に依頼をこなしている。その度に二人で魔法理論について討論するのだ。初めに見せた魔爪でも驚いていたが、一番はシエルの正体を見ても和仁が何も反応しなかったことだろう。


 ポイズンボアを討伐してからの帰り道、風のいたずらでシエルの帽子が飛んでしまった。それはシエルのコンプレックスともいえる耳を隠すものだった。この世界では獣人は差別的に見られるものが多く、そのほとんどが奴隷身分である。そういった環境でシエルは一人で、獣人を隠しながら冒険者として生活してきた。


 それはひとえにお師匠様である師の教えであった。師は人間であったが差別することなく一生懸命魔法を教えた。一区切りして、見聞を広げるべく外の世界へシエルを送り抱いたのだった。だが、その時に耳を隠すように。なるべく人間とは馴れ合わないようにと助言を受けたと聞く。


 そんな中、冒険者登録が終わりソロで活動しようとした時、同じような初心者パーティーに声をかけられたのだった。魔法使いとして一緒に依頼をこなし、打ち上げで他愛もない会話をしていると「何だ、人族ってそんなに悪くないじゃん」と思ったらしい。思い切って帽子をとると態度が一変した。


 そんなことを経て和仁にバレたときにはどうなるかと危惧したが、帽子が飛んで一言。


「あ、獣人ってこの世界にもいたんだにゃ。最初っから猫っぽいともっていたにゃ。似た者同士仲良くするにゃー」


 自分も変わっていたけど、相手はもっと変わっていて安心した。それからは二人パーティーのように一緒に依頼を受けるのを楽しく感じていたシエルだった。シエルからもせ積極的に魔法の事を聞き話は弾む。


 和仁はリリーに魔法を教える以来、たくさん話をすることが出来て楽しんでいた。順調に見えた二人の冒険者生活(通い猫生活)にも暗雲が立ち込めてきたのは思ったより早かった。

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猫として異世界へ転生したのに、さらに別な異世界へ呼ばれました 犬派です @shoshinsya

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