第10話 あの人はいま

 恐らくは全員にとって想定外の襲撃だった。

 来るにしてももっと遅く、もっと大部隊になると考えていたのだ。

 

 ともかく連邦は来てしまい、避難所へ迫っている。これをどうにかしなくてはいけない。

 

 迎撃作戦の立案はハナが主導した。

 これまで手持無沙汰そうにしていた分、張り切っているようだ。

 

「――挟撃しましょう。カガシさんは増援を連れて正面から当たってください。

 わたくしは迂回して背後から奇襲します。

 敵の後方に騒ぎが起きたら、カガシさん達も前へ押し出してください。予備隊は――」


 こういう場合、やっぱりハナは頼りになるな。

 周囲の地形や状況をざっと聞いただけで、てきぱきと的確な配置や指示を下している。

 戦闘員としてだけではなく、前線指揮官としても有能だ。

 

 俺が素直に感心していると、ハナはリーファにじと目を向けた。

 

「迂回路の案内、本当にちゃんとして頂けるんでしょうね。迷子とか勘弁ですよ?」

「大丈夫です、ハナ。わたしは昔、この辺りでもよく遊びましたから。

 途中、狭い穴を這い進む部分もありますから、気をつけて」

「ふん、誰に言っているのですか。もたもたしているようなら、後ろから突きますからね!」


 ハナの尖った態度をリーファは穏やかに受け流している。

 このコンビには不安もあるが……まあ、今回は大丈夫だろう。

 

 リーファの役割は道案内のみだ。

 武器は何も持たず、戦いには参加しない。

 

 覚悟は決めたとは言え、神尊への助力はまだ密やかに行う方がいい。

 

 もし連邦の兵士に見とがめられたらリーファは投降し、

 パダニ族に捕まっていたふりをすることになっている。

 

 また、基本的にハナの咆哮は使わない。

 

 兵士にはともかく、魔人に対してはさほど効果は見込めそうにない。

 反面、ヒャクソ婆には悪影響が出る恐れがある。

 現状は穢れによる暴走を食い止めるだけで手一杯なのだ。

 できるだけ刺激は避けるべきだった。

 

 そもそも咆哮はハナにとっても消耗の激しい技だ。

 使うのであれば、より効果的な場面にすべきだろう。

 

 俺とアカツキはカガシに同行することにした。

 

 霊獄機がまだ使えない以上、戦力としてはほぼ役に立たない。

 それでも状況は把握しておきたい。

 場合によっては、何か勝利につながる気づきを得られるかも知れないからな。

 

「正直、わたくしは反対です。タケル様とアカツキにはここで待っていて欲しいです」

「もうその話はしただろ。どの道、この状況じゃ逃げ場だってないんだから」


 カガシの話では、連邦を排除しないと洞窟外への抜け道にも行けないらしい。

 いずれにしても戦いは必須となる。

 であれば、安全策を取っている場合ではない。

 切れるカードは残らず切るべきだった。

 

 ハナはしぶしぶ納得してくれた。

 

「わかりました。お守りはつけましたけど、過信しちゃダメですよ。

 やばいと思ったら、本当に、ほんとーに、絶対に逃げてくださいね!!」

 

 うーむ、全然信用されてないな。まあ、無理もないが。

 観戦に徹しないと今度こそ、きつくお仕置きされてしまいそうだ。

 

 ともあれ、方針と役割分担は決まった。

 

「いよいよとなるまで、わっしは動かぬ。かえって足手まといになるからね。みな、任せたよ」

「はい、ヒャクソ様。必ず防いで御覧に入れます」


 カガシはヒャクソ婆に頭を下げ、蛇の姿に変化する。

 配置につくべく、俺達は部屋から走り出た。

 

 

   □

 

 

 途中の分岐路でハナ達と分かれ、洞窟を進む。

 前を進む十数体の神尊はみな正体をさらしている。まるで百鬼夜行のごとしだ。

 

 いくらも行かないうちに、戦闘騒音が聞こえ出した。


 戦場は避難所のすぐ傍まで迫っているのだ。

 やはりパダニ族の旗色は悪いらしい。だが違和感があった。

 

 少人数による敵拠点への強襲――普通、こんな作戦は成立しない。

 魔人とはそれ程までに強いのだろうか?


「個体によりますが、際だっているのは身体能力の高さです。我々でも接近戦で魔人に対抗するのは難しい」


 歩きながらカガシが俺の疑問に答えてくれた。


「ただ霊尖角がない以上、瞬間的に放出できる霊力量には限界がある。

 つまり行使する霊術の出力は我々神尊には及びません。

 ですから自らの肉体を強化したり、相手の能力を縛ったりする術をよく使いますね」

「そうか。それはそれでやっかいそうだな……」


 ゲームなんかでも補助系の術はあなどれない。

 下手な力押しよりもボスキャラの攻略には有効だったりするのだ。


「総合的に考えれば、戦いにおいて我々を大きく凌駕するものではありません。

 連邦の魔人は一人だけのようですから、手の打ちようはあるでしょう」


 カガシの見通しは妥当な気がした。

 たとえ攻撃側に優れた技量や装備があっても、地の利は簡単にはくつがえせない。


 まして今回は数さえも防御側が多いのだ。

 パダニ族にとって初見の魔人だから、どんな攻撃をしてくるのか、予想は難しい。

 恐らくその点を上手く突かれて、守備隊は苦戦しているのだろう。

 それでもやがて魔人は数に屈するはずだ。

 

 実際に現場に着いてみると、まさに考えた通りの状況になっていた。

 

 魔人は五体の神尊に取り囲まれている。

 神尊達はみな巨大で、猛獣や爬虫類のような姿をしていた。

 

 対する魔人はごく小柄だ。

 

 軍服の上にゆったりしたフード付きのマントを羽織っている。

 頭から被ったフードが邪魔で顔はよく見えない。

 

 後方には連邦の兵士達の姿もあるが、離れた場所で盾を構えるばかりで援護のそぶりすらない。


 なんだ、あいつら?

 味方を見捨てるつもりなのか?

 

 突出した先鋒が敵中で孤立し、まさに各個撃破される寸前――

 俺にはそうとしか思えなかった。



 だが、そうではなかったのだ。



 熊に似た神尊が魔人に襲い掛かった。

 咆哮を放ちつつ突進し、鉤爪の付いた右腕を振り下す。

 

 魔人がひょいと片手を上げると、巨大な腕は軽く受け止められ、嘘のように停止した。

 

 間髪入れず、熊の神尊は横殴りに左腕を薙ぎ払う。

 魔人はそれも呆気なく止めてしまった。

 両者はがっぷりと組み合っており、単純な力比べの状態になった。

 

『ぬがああああっ!!』

 

 熊の神尊はぎりぎりと牙を喰いしばり、全力を振り絞っている。

 一方の魔人はまだまだ余力があるらしい。

 体格は熊の魔人が圧倒しているのに、力は魔人が上――それも、圧倒的に上のようだ。

 つまり、この魔人の武器はとてつもない膂力なのか。

 カガシの言っていた肉体強化系の霊術を使っているのかも知れない。


『いまだ、やれっ!!』


 熊の神尊が叫ぶ。

 同時に、他の四体の霊尖角が紫電を纏った。

 避けようがない距離からの霊術による同時多重攻撃。


 味方の術に巻き込まれることを覚悟で、熊の神尊は魔人の動きを止めたのだ。

 

 その時、魔人の口元が笑みを形作った。

 フードの縁からまるでツノのようなものがのぞいて――

 

 カガシも気づいたのか、はっとなって叫ぶ。

 

『いけない、退避をっ!!』


 瞬間、眩い光が爆発した。物凄い轟音が響き、視界が真っ白になる。

 気づけば、俺は地面に横たわっていた。

 ほんの少しの間だが、気絶していたらしい。


「タケル! タケル、大丈夫!?」


 アカツキが助け起こしてくれた。

 周囲にはオゾンの臭いが漂っている。うげ、俺この臭い苦手なんんだよな……。


「あ、ああ。身体が少し痺れてる……けど、まあ大丈夫だ。アカツキは平気なのか?」

「どうにかね。直撃じゃなかったし、私は雷撃系の術には耐性があるから」

「――雷撃だって?」

「ええ、あの魔人が雷撃を放ったのよ。神尊達が霊術を使う為に足を止めたところを狙ったんだわ」


 カガシをはじめ、周囲の神尊達も膝をつき、体をふらつかせている。

 俺やアカツキより先行していた分、ダメージが大きかったようだ。

 結果として彼らが盾になってくれたのだろう。


 俺はその先へ視線を向け、愕然とした。


 そうか……俺達は幸運だったのだ。

 余波を食らっただけだから、この程度で済んだ。

 直撃だったら、黒こげにされていた。

 

 魔人と戦っていた、五体の神尊達のように。

 

 熊の神尊はもちろん、他の四体も倒れ伏していた。

 さすがと言うべきか、みなまだ息があるようだ。

 しかしもう、とても戦闘はできまい。衣服は炭化し、全身が焼け爛れていた。

 

 魔人は悠々と歩き出す。

 とどめを刺すまでもないのか、地面に転がる神尊達には一瞥もくれない。

 

 

――力の差が、あり過ぎる。

 

 

 これでは神尊が束になっても止めようがない。

 果たしてハナであっても対抗できるかどうか――

 

 何気なくフードを上げ、魔人は素顔を晒した。

 結い上げた白髪。

 底光りする真紅の瞳。

 首には金細工で飾られたチョーカーをつけていた。

 

 魔人は女性だった。

 

 何故気付かなかったのだろう。

 マントが邪魔で体型がわかりにくかった?

 対峙していた神尊の影に隠れ、よく見えなかった?

 いや、それだけではない。

 

 先入観が邪魔をしていたのだ。

 

 あれは敵だ。

 連邦の手先だ。

 恐るべき魔人なのだ、と。

 

「やはり、霊尖角が!? 馬鹿な……魔人に、何故……っ!?」


 俺はカガシの声をぼんやりと聞いていた。

 目前の魔人の額からは霊尖角が二本、生えている。

 正体を晒した際の神尊のような、長いツノだ。

 だからこそ、強力な雷撃を使えたのだろう。


 ただ、霊尖角は神尊を神尊たらしめている器官のはずだ。

 カガシに至っては、霊尖角がないからアカツキは神尊ではない、と断じた程に。


 それが何故か魔人にもあった。

 ないはずの霊尖角があった。

 カガシじゃなくても驚くだろう。

 

 なるほど、なるほど。そりゃあ、びっくりだよな。

 

 

――だが、そんなことはどうでもいい。

 

 

 こちらの世界には不思議が沢山ある。

 霊尖角のあるなしなんて、本当に些事にすぎない。 

 俺にとっては完全に余所事だ。


 悪いが、今はそれどころではない。

 まじでそれどころじゃ、ないんだ。

 

 魔人は突然足を止め、俺を凝視した。

 

 眼球が零れ落ちそうなほど、大きく目を見開き。

 唇をわなわなと震えさせて。

 

 まるで――真昼間に悪霊に出会ってしまったかのように。

 

 たぶん、俺も同じことをしていたのだろう。

 どちらからともなく、喉からかすれ声が漏れ出て来た。


「……来美?」

「たけ、るん……?」


 異世界パダニ窟の奥底で、俺は磯部来美と再会を果たした。

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俺の異世界ハーレムがチート娘ばかりで、そろそろBANされそうです。 EZOみん @ezo-min

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