第9話 また貸し ダメぜったい
静かなどよめきが部屋から通路へ広がっていく。
族長の断は下されたのだ。
しかしカガシの方は諸手を挙げて賛成とは言いかねるようだ。
おそれながら、と前置きしつつ異を唱えた。
「大契約は我らが
「ふむ、そうさね。当面、同盟のことは内々に留めよう。煌主殿には、いずれわっしから直接奏上するしかあるまい」
煌主? 神尊の王様みたいなものだろうか。
まあ、大事だけに簡単には公表出来ないのはわかるな。
レンス家だって、あまりにあからさまな反旗を翻す訳にはいかない。
リーファが言った通り、しばらくは秘密裏にパダニ族を助ける。
孤立無援ではなくなるだけでも、ヒャクソ婆達が打てる手は増えるだろう。
ヒャクソ婆はカガシをなだめようとしてか、言葉を続けた。
「カガシ、お前の懸念はわかる。だが、もはや形式に囚われておる場合ではなかろう。
確かに大契約違反は重大だ。パダニ族は煌主殿より断罪されるやも知れん。諸族から糾弾されるやも知れん。
しかし、それはすべて後のことさ。この窮地を切り抜けねば、いずれ先はないのだからね」
「……承知致しました、大主様」
完全には納得できてはいないようだが、カガシは矛先を収めた。
うーん、やはりカガシも悪気はないんだよな。
原理原則を踏まえて考えるのは大事なことではある。
きっとアカツキに関する判断も同じようにしたのだろう。
俺が怒るのを承知で、正しいと思ったことを言ったのだ。
やはり、そのこと自体は責められない。
どうにかしてアカツキのことを受け入れて欲しいものだが……。
ふっきれたのか、ヒャクソ婆は相好を崩した。
「どちらにせよ、賭けさね!
これ以上、孫子の想いを無碍にもできん。一蓮托生でやってくれるね、リーファ」
「は、はい! もちろんです、婆様!」
リーファも喜色も露わにし、瞳を潤ませている。
つい先ほどまでの手強い交渉人然とした雰囲気は失せていた。
よっぽどほっとしたんだろうな。
彼女はヒャクソ婆から手厳しく拒絶されていた。
それはリーファやレンス家を思ってのこととはわかっていても、気持ちは気持ち。
やはり堪えていたのだろう。
笑い合う二人の姿は本物の孫と祖母のようだった。
実際のところ、ヒャクソ婆の方もつらかったに違いない。
「これで話は決まったね。それで、何からはじめるかね?」
「ええ、婆様。わたし達は早急に対応すべき問題を抱えています。
まず、それを解決しましょう。ただその為には、カガシ様の協力も必要なのです」
「――私ですか?」
突然話を振られ、カガシは怪訝そうだ。
何故か、リーファはこちらへ目を向けた。つられて全員の視線が俺の方へ注がれる。
なんだ? 俺にもなにかあるのだろうか?
ところが、それは勘違いだった。
俺の後ろに居たアカツキが立ち上がり、リーファの傍へ進み出たのだ。
リーファも立つとアカツキの肩に手を添える。
「カガシ様とアカツキ。二人で協力して、わたしが使う術具を作成して欲しいのです。
また、カガシ様には素材の供与もお願いしたいと思っています」
アカツキは手にしていた包みを開く。
中から紅い玉が出てきたのは、カガシから俺が渡された紅玉だった。
俺が預かったままになっていたのだが、今朝アカツキに頼まれて渡したのだ。
「む――その紅玉を、ですか」
言葉を詰まらせるカガシ。
彼には悪いが、俺は心中で首肯していた。
カガシは紅玉を使って詠唱艦の内部から封印を解析しようとしていた。
つまり医療系だけではなく、霊術全般に関する知識に優れているはずだ。
一方でアカツキには霊体を加工し、自在に組み替える技術がある。
確かにこの二人の組み合わせは悪くないだろう。
互いの知識と技術を持ち寄れば、優れた術具が出来上がりそうな気がする。
そもそもヒャクソ婆が同盟に応じた時点で断る目はない。
ないはずなのだが、それでもカガシは乗り気にはなれないようだった。
カガシはアカツキに問う。
「……既に術具にした霊核石を再加工するのは極めて困難です。君にそれが出来ると?」
「もちろん、わたしだけでは無理よ。でも、わたしとカガシなら出来るはず」とアカツキ。
「この紅玉には代えがない。軽々に試す訳にはいきません」
「同じレベルの霊核石があるなら、それでも構わない」
「いえ、ありませんね。我々の手元にある霊核石はこれしかない」
「であれば、それを使うしかない。時間的に代わりを探す余裕はないわ。
やらせてもらえないかしら?」
アカツキは冷静に食い下がっているが、どこか不安そうにも見える。
ここまで断言しているのだから、術具の作成には相応の自信があるはずだ。
たぶん技術的な問題を懸念しているのではない。
カガシからまた拒絶されてしまうことを恐れているのだ。
「カガシ、俺からも頼む。協力してやってくれないか?」
「……タケル。君は聞いていたのですか? この話を」
「いや、俺も初耳だよ。今朝は時間がなかったからさ。でも、なりふり構っていられない状況だろ?」
「君には個人的にも恩義を感じています。しかし……簡単ではないのです、私には……」
カガシの奴、えらく難しい顔をしてるな。
そんなにアカツキと一緒に作業するのが嫌なのだろうか?
カガシはリーファに顔を向けた。
「リーファ、君が使う術具と言いましたね。具体的には何を作るのですか?」
「はい、それは――」
返答を断ち切るように、ずずんっと洞窟が揺れた。
どこかで崩落……? いや、違うようだ。
何やら外が騒がしい。
通路にひしめく者達を押し退け、一体の神尊が正体を晒したまま、転がりこんで来た。
大きく垂れた耳にもふもふのケモノ顔。こんな種類の兎がいた気がするぞ。
「大主様、カガシ様っ!! 敵襲、敵襲ですっ!!」
「敵襲!?」カガシは眼を見開いた。
「はい、守備隊が防戦しておりますが、圧倒されています! 急ぎ増援をっ!」
驚きのあまり、俺の身体は固まってしまった。
とんだ不意打ちである。おいおい、話が違うじゃないか!
一方、カガシは席を蹴って立ち上がった。
「馬鹿な! 見張りは何をしていたのです?
遁甲術の装備がそれほど大量にあるはずがない。大部隊の移動を丸ごと見逃したのですか!?」
「い、いえ――敵は数十、いえ精々十数人のようで……」
どういうことだ?
俺は混乱してしまった。どうやらカガシも要領を得られなかったらしい。
避難所に至るまでの通路は、途中で狭くなっている場所が多い。
少数精鋭による侵入はある意味、理にかなっている。
だが、それでは人間の最大の利点――数を活かした集団戦が行えない。
個体の能力に依存した戦いであれば、神尊の独壇場だ。
禁域で神尊は追いこまれていたが、あの時は神尊一体を数十人の兵士が包囲していたからだ。
少人数の侵入者達に遅れを取るとは考えにくい。
だから普通に考えれば、侵入部隊は神尊に発見された段階でさっさと尻尾を巻いて逃げ出さなければおかしいのだ。
再び、激しい振動。
同時にくぐもった破壊音が轟く。
戦場は確かにすぐ近くまで迫っている。
どうやってか、敵は神尊の抵抗を力ずくで排除しているのだ。
なにかの兵器だろうか?
しかし、重装備を少人数で運べるわけがない。
オーガスレイブも狭い通路を通れない。
禁域で見た、兵士が携帯できる銃火器程度ならそう簡単には――
兎の神尊は焦燥も露わに叫び、俺達の疑問を吹き飛ばした。
「敵の先鋒は、魔人なのです!!
我々の知らぬ、恐ろしく強力な魔人が連邦に加担しております!」
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