第6話 さよなら、ダディ
三日目。
結局、昨日の午後は理容師に来てもらい、ブラーナはさっぱりした自分の顔を鏡で見た。
老けたなと思い、そんなことを考えた自分に驚いた。最後にきちんと鏡を見たのはいつだったのかも思い出せないし、つい一昨日まで、自分の容姿など気にもしなかったのだ。
★
「ララ、これを見てくれないか」
ブラーナが小さな何かをもって、ララに差し出した。
それはララのチョーカーについているカボションとそっくりだった。
それは、中に星をちりばめたような模様が入っているのが特徴の、
「これは妻がデザインしたものでね、彼女と一緒に作ったんだ。君のチョーカーを見るまで、どこに置いたかさえ忘れていたが、昨日見つけたんだよ。宝石としては偽物だけど、特別でね。子どもが生まれたら、何か身に着けられるものに加工しようと楽しみにしてたんだ」
ララが、それを光にかざすと、石の中には何か模様が入っていた。
「永遠の愛を……と彫ってありますね。大切にしないと」
そっとブラーナに石を返すと、ブラーナは大きくうなずいた。
「そうする」
そしてブラーナは、寝室のチェストの小さな箱の中に、そっとそれをしまった。
★
今日は生活動線を考えて家具の配置を変え、あえて自分たちで家具を磨く。
職人が入ったため、計画さえ立ててしまえば家具の配置や、新しい機材が整うのはあっという間だった。
今まで寝室も仕事場もはっきりした境がなかったが、庭が見える部屋を仕事場に変更し、寝室は昔のように上の階に移動させた。
ララが用意した家具用ワックスは、マリィが生前使っていたのと同じ、さわやかな柑橘系の香りがした。
「妻が使ってたものと似てるな」
ブラーナのつぶやきを耳にし、ララは少し不安になった。
「奥様を思い出して、嫌ですか?」
「いや。今は、彼女を感じることをうれしいと思える。やっと、闇から抜け出せた気がするよ」
そう言って笑った顔は、初めて会った日とは別人のようだ。
それがつい二日前とは、信じられないような変化である。
「ダディ、若返りましたね」
「逆だろ? 俺は老けたと思ったぞ」
「それは大昔と比べてですよね? 私、この三日しか知りませんよ?」
「大昔って……。若い娘に十年は大昔かもしれないけど……」
何かショックである。
★
屋敷中が以前のように明るく輝くにしたがって、ブラーナは力が湧いてくるのを感じた。
「ダディがこのまま若々しくなったら、きっと女の方がほっておきませんね」
「いやいや、それはないだろう」
「そうですか? 資産家で男前で独身なら、引く手
「ないね」
即答である。
「ああ、そんな顔をしないでくれ。俺だって、別に一人で生きていきたいってわけではないんだ。そうだな。マリィ以上に心惹かれる女性が現れたら考える。それでいいかい?」
「でも……」
「大丈夫。もう魔窟は作らないから。もし天国なんてものがあるとしたら、将来マリィと娘にはまた会えるだろ。その時汚いダディなんて嫌! なんて言われたら……」
俺、二度と立ち直れない気がする……。
なぜか涙目で黙り込んだブラーナを、ララは不思議そうに眺めた。
「それより、ララ」
「はい」
「ロジャーの契約は今日までだろう。このまま個人的に契約を延長することはできるのだろうか?」
それは最上の誉め言葉だ。だが……
「私、けっこう売れっ子なんですよ。契約するなら予約が必要です」
「ああ、やはりそうか。どれくらい先になるかわかるかい?」
「たぶん、早くて三年先だったはずで……」
「三年! すぐ予約する!」
笑顔で宣言すると、ブラーナは手近な通信端末であっという間に予約をとってしまった。
「その時は、また娘になってくれるかい?」
「はい、ダディ。喜んで」
★
ブラーナの希望で、最後の夕食は一緒に作って食べた。
そして、船まで送るという言葉に甘え、停船してある場所まで一緒に歩く。
ララの宇宙船を初めて見たブラーナは
「綺麗だな」
と呟いた。
「はい」
握手を交わし手を振ると、ララは船に乗り込み、宇宙へと飛び立った。
「さよなら、ダディ」
あっという間に小さくなるブラーナへ別れを告げ、通信端末でロジャーを呼び出す。
「お疲れさん。やりきったね」
「はい……。三年後に予約も入れて下さいました」
「それはすごい」
「マミは、ブラーナさんに会わなくてよかったの?」
消えたままのモニターに問いかけると、マミがふっと現れる。
「マミのこと、綺麗だって」
聞こえてたはずだけどね。
マミは悲しげに笑う。
「彼の姿を見ることができただけで十分。満足よ」
「何度も言うが、ルーカスは今の君の姿を見ても気にしないと思うよ」
ロジャーが言うと、マミはふるふると首を振る。
「女心は複雑すぎて、僕にはさっぱりだ」
肩をすくめたロジャーが、ララに同意を求めたので、ララは隠し持っていたカボションをロジャーに見せた。
「ララ!」
咎めるようなマミの言葉は無視する。
実はさっき、マミとの通信を少し切って、わざと黙ってカボションをとり、その代わりにメモを入れてきた。
『銀河は正当な持ち主のもとへ』
と。
意味は通じただろうか。これはマミに内緒でロジャーと決めた計画だった。
十二年前、魂が体を離れて間もないマリィは、娘の魂を抱きながら何かに惹かれるように宇宙を漂っていた。その時この船に出会い、なぜか船に一人残され、魂が離れたばかりの赤ん坊の中に娘の魂が入ると、赤ん坊は息を吹き返してしまったのだ。
マリィは焦った。
このままでは生き返ったばかりの赤ちゃんが、また死んでしまう!
どうにかしようと奮闘していたら、なぜか宇宙船と同化してしまい、弟のロジャーに助けを求めた。
発明家であるロジャーは、マリィの魂をせめて
「
「それはそうなんだけど」
血はつながってなくても、
「ダディは気にしない気がするけどね」
あのメモを見たら、ララがブラーナの娘になったつもりで盗んだのかと悩むだろう。なので頃合いをみてロジャーから話す予定だ。
「事実を知ったら、追いかけてきそうな気がする」
ボソッとそういうと、マミは血相を変えてオロオロしだし、そんなマミを見て、ララとロジャーは肩をすくめる。
「ま、先のことはわからないよ」
三日前は幽霊屋敷だった城が、美しく生まれ変わったみたいに。
遅くとも三年後。また会えることを楽しみにしておくね。
お父さん。
家政婦ララと銀河の秘密 ~ダディとララの汚屋敷ピカピカ大作戦~ 相内充希 @mituki_aiuchi
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