第3話 一日目は不用品の処分です

 一日目の仕事は不用品の処分で終わった。


 ララ予感は的中。清浄機能は故障し、全く役に立っていなかったのだ。一通り屋敷を見て回ったが、屋敷中が埃っぽい。

 それでも以前の使用人によってか、使ってない家具にはシーツがかけられているだけマシなのだが、使用の有無にかかわらず全ての部屋の鎧戸がしまり、さらに分厚いカーテンもかけられているため、陰気な雰囲気が半端ない。


 玄関横にある食品庫パントリーは、無人宅配によって常に中身が入れ替えられ、食べ終わった料理の残骸も、容器ごとそこに置けば片付けてくれる。そのため有機ごみこそなかったが、ブラーナの生活スペースには見事なができ、仕事場の周りは物が積みあがった、魔物か何かの巣のようになっていた。

 ただそれは、ブラーナが普段使っている範囲だけに収まっていたのは、不幸中の幸いかもしれない。広大な屋敷で部屋数が多いにもかかわらず、使っているのは玄関から仕事部屋、それとその隣の寝室のみだったのだ。それはまるで繭を作って外に出るのを拒んでいるブラーナそのもののようで、それを打破するべく、ララは心の中で気合を入れた。


「これは、霊の一人や二人はいるんじゃないですか」


 ララが笑いながら言うと、ブラーナは


「古い屋敷に幽霊がいるのは当たり前だからな」

 と、冗談とも本気ともつかない、淡々とした口調で答えた。


「ところで君がさっきから箒を回しているのはなぜだ?」

 ララが部屋ごとに、クルリクルリと箒を回していたことに気づいていたらしい。

「おまじないみたいなものですよ」


 若い娘のすることはよくわからない。

 妻に対してもそんなことをよく思ったことを思いだし、ブラーナはそれ以上追及することはなかった。


 そして、ただララに言われるまま、全ての部屋の窓を開け、何年ぶりかの風を通していく。


 その間、ララはラクア城の隅で見付けた、室内用ベビーカートのスイッチを入れ、きちんと機能するのを確認する。


、このカートを使ってもいいかしら?」



 娘役をするにあたり、ブラーナはララに自分を「ダディ」と呼ぶよう希望した。ララはそれが、だということに一瞬照れと戸惑いを感じたが、ブラーナの方が更に照れてる上、自分の言ったことに焦っているのを見て微笑み、快諾した。



 ブラーナは、未練がましくとってあったカートを見て微かに動揺したものの、ララの楽しそうな表情を見て、好奇心のほうが勝り許可を出す。

「そんな物、何に使うんだ?」

「こう使うんですよ」

 ララはさっそくそこへ籠を数個設置した。そして自分の後について歩かせながら、そこへ散らかった服などの布類を放り込んでいく。このカートは、本来幼児が安全に室内を移動するための機械だが、広告にある耐久性は伊達ではないらしい。おそらく十二年ぶりの起動だろうに、不具合や危なげなところは皆無で、非常に優秀な助手になった。


「さすがは丈夫が売りのコリッカ製。古いのにすごくスムーズ! 動かしたの久しぶりですよね?」


 久しぶりどころか初めてだ。

 娘がこのカートを使う日は来なかった。

 ブラーナは悲しみで怒り狂っていた頃、すべてを破壊しようとした日々を思い出す。

 だがしかし、殴る蹴るしたカートは傷ひとつ付くことはなく、痛んだのは自分の拳や蹴った足だけだった。

 あのあと、メイドか執事が目立たない場所に隠したのだろう。


 今楽しそうにカートを連れ歩くララを見て、ブラーナは不思議な感覚に陥っていた。

「こんな風に使うものなのか。知らなかったな」

「いえいえ、違いますよ。あるものを有効活用しているだけです」

「それでも、処分しなくてよかったと思ってるよ」

 そっとカートを撫でるブラーナを見て、ララは少し首を傾げた。


「ダディ、サボってないでどんどん散らかったものを入れてくださいね?」

 ララに注意され、ブラーナは笑いながら衣類を放り込んでいく。



 それにしても、こんなにたくさんの服がどこから出てきたんだ? とブラーナは首を傾げた。

 たしかに昔、着る服が無くなったら適当に買って、着たらその辺に投げていたような記憶があるような、ないような……。


 つい最近の記憶まで曖昧で、夢の中のようだとブラーナは思った。

 屋敷の中にを久々に見て、まやかしとはいえそれはで、久々に目が覚めたような心地がする。

 不思議なものだ。



 集めた服は、いるものいらないものに分けられた。

 今のブラーナにとって、ファッションはまるで興味がないものなので、彼に頼まれララが選別する。不要なものはクリーニングのあと寄付することにし、結果、ブラーナの衣類は、ララがこれは絶対取っておけというものだけにした。

 その中に、ブラーナは、以前妻が贈ってくれたシャツを見つけたのだ。



『ねえルーカス。これにしましょうよ。絶対似合うわ』


 妻の声、妻の姿を、こんなにもはっきりと思い出したのは何年ぶりだろう。

 思い出は、散々暴れた後厳重に封印してきた。妻を思い出させるものには鍵をかけ、彼女を思い出させるから、使用人もすべて暇を出した。

 生きているのに死んでいたも同然だった。


 ふいに目頭が熱くなり、シャツに顔をうずめる。


 なぜ君は逝ってしまった。俺はまだ、君がこんなにも恋しい!

「マリィ……」

 声にならない声で妻を呼んだ。



 ララはそんなブラーナに気づかないふりをし、そっとその場を離れると、しばらく感情を抑えるようにぎゅっとこぶしを握り、天を仰いだ。


「うん、大丈夫」

 そっと呟く。


 ブラーナの時は動き出した。大切なのはこれからだ。


 そしてララは、テキパキと事前に打ち合わせてた何ヵ所かの業者に連絡を済ませる。

 これで午後には清浄機能などの修理が入るし、カーテンなどのクリーニング業者も来る。

 庭師にもGOサインを出した。


「午後も忙しくなるから、おいしいランチを用意しなくちゃね」

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