第2話 メイドじゃありませんよ? 家政婦です♪

 ラクア城へ続くアプローチのまわりは昔はさぞ美しい庭園だったのだろう。今はただ荒れ果てているその様子を見て、ララはクモの巣でも払うかのように、フワッと箒を振った。


 大きな玄関扉にインターホンはなく、ドアベルがついていた。本来これを鳴らせば執事が対応してくれるのだが、現在ここに住んでいるのはルーカス・ブラーナただ一人だ。

 以前は執事もメイドもいて賑やかだったそうだが、十二年前、彼より十四才年下だったという若い妻が、出産の時に子供と共に亡くなった。そのショックから人を寄せ付けることを拒んだ主人のもとからは、段々と人が減っていったという。


 カンコーン


 深みのあるドアベルの音が響く。

 ……誰も出てこないのは想定内だ。


 カンコーン

 カンコンカンコン…カンコーン


 ララがついつい音楽を奏でるようにベルを押し続けていると、業を煮やしたらしいブラーナが、その重いドアを開けた。


 ブラーナを見た瞬間、ララはわずかに目を見開いた。話には聞いていたが大きい男性だ!

 年齢は四十七才のはず。


 ただ立っているだけで独特の威圧感があるものの、髪もひげも伸ばし放題。清潔ではあるが、ヨレヨレの服を着たその見た目は、聞いていた印象とはまるで別物だった。

 妻子の死後、ブラーナは仕事は家で出来るものだけにして、社交に姿を出さなくなった。食料や日用品は、無人の宅配サービスが自動で補填してくれるそうだから、生のブラーナを見た人間はララが久々かもしれない。


 ブラーナは初め前方を見てから視線を下げ、そこで初めてララに気がついた。

 前髪の間からのぞく鋭い目は、大抵の人なら悲鳴を上げて逃げ出すには十分な迫力があったが、ララはニッコリ笑って丁寧に一礼した。


「こんにちは、ブラーナさん。私、家政婦協会から参りました家政婦のララ・クラーナと申します」


 ブラーナが上から下までララを見て、戸惑った様子を見せる。

 ララは小柄な上、多く見積もっても十四、五才の学生にしか見えない。

 ララの持つ箒に目をとめたブラーナは、学生がボランティアか何かで訪れたとでも思っているのだろう。


 改めてララの顔に視線を戻したブラーナは、一瞬彼女のチョーカーに目を止め小さく息を飲んだが、すぐに何事もなかったようにララの顔に視線を戻した。

 ララはその変化に気づかなかった振りをして説明を始める。


「お聞きになってると思いますが、ロジャー・ペリエさんの依頼で参りました。今日から三日間の依頼になりますので、よろしくお願いします」


  ★


 ロジャー・ペリエはブラーナの亡くなったマリィの弟で、彼女亡き後も何かとブラーナを気にかけて連絡してくる。周りからは変人扱いされている発明家だが思いやりのある男で、人と関わることを止めたブラーナが付き合う希少な友人だった。

 再三の説得に折れ、彼が送ってきた人間なら……と受け入れた。とはいえ、今日それが来ることをすっかり忘れていたのだが。


  ★


「あ、最初にお断りしておきますが、私はメイドではありませんよ? 私としてはお手伝いさんのほうが呼び方としては好きなんですけど、会長から叱られてしまいますので、あくまで家政婦と言うことでお願いします。クイン家政大学で博士号もとってますし、仕事は優秀ですから安心してください」


 ということは、子供ではなく成人女性かと驚きつつ、彼女の言う家政婦がなんなのかわからないブラーナは、コホンと軽く咳払いした。


「あー、その、なんだ。違いがわからないんだが?」


 普段声を出す機会がほとんどないので、声がちゃんと出たことに安心する。


「そうですね。基本の仕事は家事のお手伝いですが、今回の依頼の場合、ブラーナさんが最低限度、快適な生活ができるようにすることがメインになります」


 ブラーナが怪訝そうにすると、ララは安心させるように微笑んだ。


「とりあえず、口うるさい母親が来たとでも思っていただければ、近いと思います」

「母親……」


 さすがにそれは無理がありすぎるだろうという目。


「じゃあ姉妹、とか。……だめですか。……娘、では?」


 ピクリ


 ブラーナの表情が微かに変化する。悪い変化ではないことに勇気を得てララはすかさず

「では離れて暮らす、口うるさい娘が来た、ということにしましょうか」

 と提案した。



 ――離れて暮らす娘。

 雷にうたれたかのような衝撃と共に、その言葉はブラーナが驚くほどしっくりと馴染んだ。


 生まれた子は女の子だった。娘が生きていればまだ十二の誕生日を迎えたばかりだ。

 ララはそれよりはずいぶん年上のようだが、どこか懐かしい空気を身にまとう娘だと思ったブラーナは、ララの提案にコクリと頷き了承を示したのであった。

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