星流夜

余記

名前のおはなし

むかし、名前というのが出来た頃は大変だった。


名前というのは、そのものを表す言葉。

つまり、その名前が無くなる、という事はそのものが無くなるのと同じ意味だったんだ。

だから、その名前が失われないように、人々は先祖代々せんぞだいだいの名前を自分自身に名付けた。


例えばふた親がアレフとベスの息子の場合


アレフ・ベス・ギメル


というように。


初めの頃は、これでも不自由は無かった。

まぁ、この程度の文字数の名前なら、今でも普通にいるからね。

でも、年を経る毎に、だんだんと生活の場でも大変になってきたんだ。


そんな頃、とある事件が起きて、さすがにこのままではいけない、という事になり、この国一番の賢者に相談する事になった。

賢者の答えは、この一言。



「星に名前を付けるんだ。」



星は無限にある。

だから、それぞれの星に自分の名前をつければ親の名前も残る。

当然、自分の名前を持つ星も残る。

これは全てを解決する名案に思えた。


だが、ある日の事。

賢者の元に娘が駆け込んできて叫んだ。


「け・・・賢者さま。私の父の星がってしまったのです!」

それは、仕事で遠くに行ってしまった父を案じる娘からの言葉だった。


賢者は、娘が指差す空を見みてみた。

恐らく、偶然にもその方向で流れ星が降っただけなのだろう。

だが、生憎あいにくと、娘が指すその先に星は見えなかった。


ただの偶然と考えた賢者は、娘をなぐさめて言った。

「おおかた、雲に隠れるかしたんだろう。そのうち戻るから元気を出しなさい。」


だが、その星がまた輝く事は無かった。

そしてほどなく、遠方より、その娘の父の死が伝えられる。

その時より、星が降るのは誰かが死ぬ時、という話がまことしやかに伝えられるようになったんだ。



***



さて。その話より少し前の事。


この国から離れた所、辺境の地に古龍が住み着いていた。

人々の記憶よりさらにいにしえの時より住み着いていた古代の龍。

それを倒せる者は全てを得る、そんな噂があった。


ある日、名声を欲する騎士が古龍に挑戦した。

「龍よ!私はアルファ(中略)だ。お前に挑戦する!」

「よく来た騎士、アルファ(中略)よ・・・」


この戦いは実現しなかった。なぜなら、古龍が名乗りをあげているうちに、次の騎士が来たからだ。


「龍よ!私はベータ(中略)だ。お前に挑戦する!」

「よく来た騎士、ベータ(中略)よ・・・」



まぁ、後は予想出来るわな。

その後も次から次へと騎士は来た。

全ての決着がついた時、古龍は言った。



「あほらしい。もう、人に煩わされない地でのんびり過ごす事にしよう。」



そこで、今まで住んでいた地にひとつ、書き置きを残して古龍は去っていったんだという。

「もう、探さないでください。」




「王様、大変です!騎士団が全滅しました!」

「控えよ!お主は、名前を省く事により王室を侮辱するつもりか?!」

急ぎの報告は、毎回側近により取り押さえられてしまう。


「はっ!失礼しました。では、ジュゲームジュゲーム・ゴコーノ・スリキレ・カイジャリ・シュイギョノ・スイギョーマツ(中略)」

貴族、特に王室への報告は、正式名称を使用する事を義務付けられたのだそうな。


まぁ、確かに、正式ではない名称での名乗りは詐欺と区別が付かない。

「消防署の方から来ました。」

とかな。


それはともかくとして。

使者の報告は、騎士の名乗りを終えて古龍の名乗りを終えた頃にはもう夜になっていた。

さすがに使者も、このままではらちがあかないと思ったのだろう。


「・・・という事が、勇者が来る度に行われる事百回・・・」



おっと。話を進める為に省略してしまった事があったんだ。

古龍は、人が生まれる以前、はるか前から栄えていた種族である。

つまり、彼らの祖先も星の数ほど居る訳だ。


郷に入りては郷に従え、という言葉がある。


まぁ、そういう事で、騎士にならって古龍も自分の名前を祖先から名乗り始めた訳なんだな。

全てが終わった時には、ざっと百年近く経っていた。

ちなみに、使者の報告も終わった時間自体は夜近くだったんだが、実際には一年近く続けられていたんだ。


「・・・という事で、騎士団の方々はみんな、寿命でお亡くなりに・・・」


王様が夕食を摂り、食後のお茶を飲んでいる最中に報告は終わった。

「そうか。ご苦労だった。」

ちなみに、使者の方も別に不眠不休、絶食の状態で報告したのではなく、名乗りの区切りのいい所を見計らって休憩させて貰っていたのでご心配なく。



王様は考えた。

このままではいけない。

騎士団が全滅したとかいうのはまぁ、例外としても、日常の生活に支障が出ている。

だいたい、この状態で戦争とかになったらどうするんだ?


そこで、賢者にたずねて、星に名前をつける事になったんだそうな。




ちなみに、庶民はこんな王宮の悩みなど知らなかった。

庶民というのは言うなれば「今」に生きているからな。

ご先祖様は大事かもしれないが、それよりは今日の飯、という事だ。


上の人がまぁ、ぶっちゃけくだらない事を考えているうちにも、 世界は動いている。

そして、世界を動かしているのは、その他の大勢なのだ。



***



ある夜の事。

賢者はいつもの通り、丘に登って星を眺めていた。

星の賢者と呼ばれるようになった彼は、報告を受ける度に、星を観察して名前を星図に書き込んでいたんだ。


満天の空に浮かぶ星。

黙々と空に浮かぶ星と星図、そして今日、申請されてきた名前を記したリストを確認しながら、名前を書き込む作業に打ち込んでいた時。

ふいに、空一面の星が降り始めた。


「な・・・何事か?」

星を見る為に覗き込んでいた望遠鏡から目を離して周りを見ると、丘の下がやけに明るい。

見通しの良い所まで走って見てみると、眼下に広がる街のあちこちが燃えていた。


夢中で自宅へと戻る道筋、あちらこちらで逃げ出す人々が見える。

そして、街の中央にかかる辺りで見たんだ。

何をだって?

街の壁が破られ兵士がなだれ込んでくるさまを。


あとはもう、必死に逃げるだけだった。

途中で同じように逃げる街の人たちと合流し、10人ほどの小集団となって街の外れにたどり着く。


他の場所からも逃げて来た人がいるのだろう。

すでに、あちらこちらに人の集団が出来ていた。

そして、彼らは星降る夜空を指差しながら、悲しみの声を上げる。


「あぁ、母さんが・・・」

「お父様の星が・・・」


大人たちが絶望するように声を出している中、意味が分かっていないであろう子供達は無邪気にはしゃいでいた。


「お母さん、お星様が降りそそいでいてきれいだね。」








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星流夜 余記 @yookee

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