最後の贈り物
私たちが作るラクガキは
小説は主人公が幽霊になったり、宇宙ウサギが地球を侵略してきたり、ストーリーはハチャメチャになった。
壁の絵も似顔絵が描かれたり、抽象画が描かれたり、修学旅行や文化祭の写真を貼り付けたり、とにかく自由気ままだった。
私たちのラクガキは星を旅する小さな宇宙船みたいだった。
私たちは誰よりも学校に残るようになった。放課後はずっと旧校舎の美術室だった。秋も冬も、そして卒業を意識し始めた春も、受験勉強を頑張った秋も、三度目の冬も。
ずっと一緒にいたのに、誰より近くに感じていたのに。私は
私を見る目が変わってしまうのが怖かった。
一度想いを伝えてしまったら、
それが
私たちは女の子同士。恋だけは、好きという気持ちだけは、平行線のままでいないといけないんだ。絶対に交わっちゃいけないんだ。そう、心に強く言い聞かせながら。
自分の恋を強く縛り付けながら、私は
卒業まで二ヶ月を切った時、
「
私たちは卒業式の日に、お互いに向けたプレゼントを用意する約束をした。
二人とも別々の大学に進むことを決めていた。
卒業はさよなら。私たちはまた平行線に戻っていく。今度は、顔の見れない、もっと離れ離れの平行線が私たちを待っている。
最後の日に
卒業式が近づくたびに
でも、どうしたらいいのか分からなかった。
暗くなった下駄箱でさよならを交わした後、切なくて歩き出せない事が多くなった。
壁の絵に背を向けて、美術室の真ん中で立ち尽くす自分たちの姿を思い浮かべるようになった。外からはショベルカーや鉄球の振り子が窓や天井をガラガラと壊し始める。私たちは手を繋ぎ、ただまっすぐ前を向いて崩れ落ちる
別れの日は少しずつ近づいていた。どうして時間は前にしか進まないんだろう。
「今日で最後だね」
午後の
私と
胸につけた勲章のような花飾り。お揃いの制服に袖を通すのも今日が最後。
「絵と一緒に心中…」
絵と小説の一つ一つの
私は鞄から真っ白な本を取り出し、
「
表紙も中身も全てが雪のように真っ白な一冊の本。それが私が選んだ
何度も止めようと思った。この想いを伝えることを。でも嘘をついたまま別れたくなかった。
手が震えた。胸が喉が、焼けてしまうくらい締め付けられた。
「私、
これ以上好きになっちゃダメだって、泣いちゃダメだって、心も体も精一杯抑えた。でも、どうしようもないくらい、気持ちが、涙が、
「離れても、ずっとずっと
私はずっと抱えていた心の全てを、
冬は
見た目や使う物をどんなにお揃いにしても、どこか根っこの部分では平行線なのかなと思っていた。でも卒業式の今日、最後の最後で私たちの想いは重なった。
私は
表紙の厚さや紙の大きさは私が選んだものとは違っていた。でもそれはまぎれもなく真っ白い本だった。私たちの物語が始まった、あの冬の雪のように。
お互い、同じプレゼントを選んでいた。
「さよならじゃないよ…
「
嬉しくてただ嬉しすぎて、大好きな名前を呼んで、抱きしめて、その形を確かめた。一緒に過ごした放課後の思い出が、心の内側から
それは静かだけど、とても暖かくて、でも苦しいくらい
だから私はもっとギュッと抱きしめた。恋をずっと離さないように。もう、迷わないように。
「じゃあデビューする時のペンネームはイズミ・アオイだね」
「アオイ・イズミって、ずっと考えてた…」
私はそう答えた。
「アオイ・イズミだと普通の文章すぎるって。イズミ・アオイの方が文学的」
「そういうものなの?」
「そういうもの!」
私たちは重なり合ったまま笑い合った。
想い出がいっぱい詰まったラクガキの前で私と葵は溶け合って一つになった。私たちの距離はゼロになった。
オレンジ色の熱い夕焼けが窓に差し込むまで、ずっとそうしていた。そして、私たちを育ててくれた美術室に最後のさよならを告げた。
帰り道。私たちは初めて手を繋いで歩いた。心臓がトクトクと脈打って、歩いているのに走っているみたいだった。
「やっぱりイズミ・アオイがいいかなって思う」
私がそう言った
「アオイ・イズミの方が読んだ時のリズムがいいよ。絶対」
葵がそう言った。
ずっとそんな話を続けていた。お互いの主張はいつのまにかひっくり返ってしまっていた。小説も絵もいっつも方向性があっちへ行ったり、こっちへ行ったりしていた。それを見てお互い笑い合っていた。それが私たちだった。
ペンネームはまだ当分決まりそうにない。新しいこの白い本に、物語と絵をいっぱい詰め込んだら、その時考えよう。
この白い本にラクガキを 倉田京 @kuratakyou
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