交差していく平行線
「
「うん。気分がいい時は赤、駄目な時は緑。
「あるよ。私は青が好き。嫌いな色は…黄色かな」
「じゃあ今日はちょっとイライラモード?」
「そう、だね」
「じゃあこれあげる」
葵はそう言って鞄からお菓子を取り出してきた。『おっとっと』だった。
「これ、食感も好きだけど、ネーミングセンスが抜群にすごいと思う。だって『おっとっと』だよ。転びそうな時に出るセリフじゃん。ふつう縁起悪そうだから付けないよ、こんな名前」
箱を開けながら
その日の帰り道、コンビニに寄った。
どんなお菓子を買っていってあげよう。
甘いものだったら
そんなことを思うと、初めて
その日の夜は明日がすごくすごく待ち遠しかった。
その日を
私たちはお互いをもっと知るようになった。
「
ある日、私が小説に落書きしながらそう聞くと、
それから私も同じシャーペンを使うようになった。
「あちゃ~…。
ある日、
それから
少しずつお揃いのものが増えていった。ラクガキを通してお互いの好きなこと嫌いなことを共有し合っていった。灰色の気持ちもお互いの作品にならぶつけることができた。
気分が悪い時、私は
小説も絵もお互いの
「何か悪いことをしよう」
夏の終わりに
「壁に…落描きしてみたい」
そんな事を思いついた自分に少し驚いた。今までずっと小さなキャンバスにしか選んでこなかった。幼い頃から先生に怒られないように振る舞ってきた。はみ出す事が怖いと思っていた。
「おっ、いいねそれ!」
私たちはさっそく棚を移動して突き当りの壁をまっさらにした。
手を叩いてホコリを払いながら
「こういうのはやったもん勝ちだからさ。先生には言わずにやっちゃおう。どうせこの校舎壊しちゃうんだし、大目に見てくれるよきっと。
「ジゴショウダクってどういう意味?」
「やっちゃった後に許してくれ~って言うこと…かな」
「そうなんだ。難しい言葉知ってるなんて流石だね」
「ありがと…。でも最近よく考えるんだ。もし私が世界中の言葉を全部覚えたらって。そうしたら納得のいく小説が書けるようになるのかなって…。本当の気持ちを伝えられるのかなって…。多分出来ないと思う。そういうのとは違う気がする。うまく言えないけど…」
壁を
「それ、分かる気がする。私も写真みたいに正確に絵を描けるようになったら、どうなんだろうって、よく考えたりする…」
私もそう言って壁を指先で触ってみた。
少し嘘をついた。絵が上手くなりたい。納得のいく絵を描けるようなりたい。その気持ちはあった。でもそれ以上に、
初めてお互いの作品にラクガキし合った時のあの胸の高鳴りは、静まることなく私の中でくすぶり続けていた。そして時々、
その頃にはもうラクガキ用のキャンバスもノートも一杯になっていた。キャンバスは美術室の壁に、ノートは継ぎ足しの出来るリングファイルになった。私たちのラクガキは少し大きくなった。
私はハケを手に取って壁に最初の大きな絵を描いた。
顧問の先生には思ったより怒られなかった。
嬉しかったけど、少し寂しかった。私たちがこの学校を旅立っていった後、この美術室はブルドーザーやショベルカーでぺしゃんこになる。私の抱えている
それから私たちは少し悪い子になった。旧校舎の空き教室を回っていろんなものを盗んで美術室に運び込んだ。小さな脚立を手に入れると、壁の上まで絵を描けるようになった。電気ポットを見つけたおかげで暖かい飲み物を飲めるようになった。先生が使う座り心地のいい椅子も拉致してきた。葵が足、私が背もたれを持って二人で一脚ずつ運んだ。まるで死体を運ぶギャングにでもなったような気分だった。窓にはめる古い形のクーラーは大きすぎて断念した。
私たちの場所がまた少し居心地の良いものになった。
ある日、
ラジカセの中には教材用のつまらないCDしか入っていなかった。でもイヤフォンのコードが一緒になっていたので、携帯と繋げられると分かった。
「歌詞がある曲って苦手なんだ。言葉と演奏が同時に入ってくると混乱しちゃう」
「これ何ていうアーティスト?」
「ビル・エヴァンス…これを聴きながらバスに乗るのが好き」
彼女はそう答えると、恥ずかしそうに携帯の角を
私の知らない
「泉…ちょっとそこ…くすぐったい」
「あっ…ごめん…」
私はいつのまにか
「いいよ…私髪が綺麗なのがちょっと自慢なんだ。たまに触らせてって言われるし…。
私はコードを差し替えて携帯を操作した。スローテンポのドラム、厚みのあるギターと、ちょっとラップ調の男性ボーカルが響き始めた。
「本当にこれ聴いてるの?」
「うん」
「
「レッド・ホット・チリ・ペッパーズっていうバンド…お父さんが好きでよく聴いてる」
「ホットドックみたいな名前だね」
そう言って
その後何を話したのかは、ほとんど覚えていない。
「もう一回髪、触っていい?」
私はまた一歩、
「たまになら、いいよ」
それから私たちは時々お互いの髪型を作るようになった。私たちは自然と髪を伸ばすようになった。
小さなお揃いがまた少し増えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます