第3話

一人の男が黒いバンから出てきた。

「あっ!」森山は声を上げた。

「どうした、太郎ちゃん?」住田警部が聞いた。

「高田です。高田健二・・・どうしてだ?彼は生きていたんです」

「なに?奴が高田?」

「はい。間違いないと思います」

「よし、任意同行だ」と、住田警部が江川警部補に言った時「パン!」と一発銃声音がした。

江川警部補が腰の拳銃を引き抜いた。

「どこだ?」

「右端の外車」

白いムスタングがゆっくりと黒いバンに近づいた。車から、二人の黒っぽい服装をしたやくざ風の男達が降りてきた。彼達は地面に倒れている高田に近づいて行く。

「江川警部補・・・用意はできてるか?」

「もちですよ、ボス。いつでも良いですよ」

「よし」住田警部は外に出た。

「動くな!」と、男達に声をかけた。拳銃を手にしていた男がとっさに住田警部に向けて拳銃を撃とうとした時「パン!」と、江川警部補の拳銃が音を上げた。相手の手から拳銃が飛び跳ねて落ちた。

「残念だが逃げられないぞ!」住田警部が、逃げようとしたもう一人の前面に回って相手を制した。男は“クソ!”と言葉をだすと懐から短刀を出した。

住田警部はポケットから特殊警棒を取り出して伸ばした。

やくざ風の男は再び”クソ!”と声をだして住田警部を短刀で突いたが、簡単に小手を打たれて地面に崩れた。

ピストルの男は逃げようとしたが、江川警部補に制された。

直ぐに遠方からパトカーのサイレン音が聞こえ、神奈川県警の警察官が降りてきた。

森山と、住田警部、江川警部補は高田健二のほうに行った。

高田は未だ生きていた。

「救急車を呼んでくれ!」住田警部が神奈川県警の警察官に声を上げた。



高田が救急車で搬送された後、住田警部と江川警部補は黒いバンを調べた。バンには大きな箱とIBPの箱が数個積んであった。手袋をはめた手でIBPの箱を開けるとスライスされた肉が透明な袋に入っていた。未だ冷凍されている状態だ。(なるほど・・・)と、脇で見ていた森山は思った。

「牛丼用の肉か・・・」住田警部が言った。

「この中でしょうね」

「ま、そうだろう」

江川警部補がIBPの箱から凍った袋を取り出して、両端を持つとポンポンとバンの床に打ち付けた。肉が砕けて中から黒いビニールの袋が表れた。江川警部補はさらに肉を砕き、中の袋を取り出した。袋を開けると10個ほどの透明な袋が現れ、中に白い粉が見えた。

「ヘロインですね」

「うむ・・・・」

冷凍肉の「ショートプレート」「ボンレスショートリブ」「チャックショートリブ」は牛丼に関係している。その肉の中に麻薬が隠されていた。

「この大きい箱は何だろう?」江川警部補が持ち上げた。

「軽いですね」彼は箱を少し揺さぶった。カサカサと音がした。

「開けてみよう」

江川警部補が箱のテープをはがして上部を開けた。

黒いビニールの袋が見えた。ゴミ袋のようだ。袋を閉めてあった針金を外すと、袋の口が脹らんで開いた。

江川警部補が中を見て「なんだ、これは?」と言った。住田警部と森山が覗き込んだ。袋の中にあったのは、プラスティネーションされた人体の下半身だった。

三人はカリフォルニアのサン・ディゴの加瀬のヨットの中で見つけた像を思い出した。あの像は上半身だけだった。指の一部がなかったので、森山が高田健二ではないかと推測したが高田は生きていた。この下半身像は多分、あの像の下半身だろうと推測できた。しかし、一体この像は誰だろうか?

「・・・・・・」森山は頭を掻いた。桃を食べたいと思った。

「太郎ちゃん、桃食べたいだろう?」住田警部が言った。

「?」

彼は黒いバンから離れて、警察の車の方に行った。彼はトランクを開けると、中からクーラーボックスを取り出して持って来た。

住田警部はボックスを開けると桃を取り出して「ほい」と森山に渡した。そして江川警部補に渡し、自分も一ツ手にした。

「さて、この桃を食べながら太郎ちゃんの推理を待とうか」

「驚きました。どうして桃を?」

「いや、何。今日、太郎ちゃんに会うので桃をと思って車に積んでいたんだよ」

「有難うございます!」森山は桃を手でくるくると拭き、一口齧った。甘味とジュースが口の中に広がった。

「これは『おかやま夢白桃』ですよね。美味しいです!」

「最近売れている品種で、岡山から昨日とどいたばかりだ」

「警部は、岡山出身だから」と江川警部補が言った。

「兄貴の農園で出来た桃だから、美味しいと言ってもらえると嬉しいね」



桃を食べながら森山太郎は、プラスティネーションされた人体の下半身を考えた。サン・ディエゴで見た像の上半身を、なぜ高田健二だと思ったのだろうか。それは、指が欠落していたからだ。彼の人差し指は第一間接から無かった。ヤクザであれば小指だ。だから、高田健二だと思った。

しかし、高田健二は生きていた。

では・・・このプラスティネーションされた像は誰のだろうか。森山の脳裏に、ピーター・スミスと言う男の名前が浮かび上がった。春美・スミスの夫で「東京焼き鳥」のオーナーである。春美は何者かに殺害され、チュラビスタのヤクザの家でホルマリン漬けにされていた。若し、この像がピーター・スミスであれば、彼は殺害され、計画的に高田健二のダミー(替え玉)となるように作られた。プラスティネーションの像には皮や肉が無い。アジア人でも白人でも分かりづらくなる。

「江川警部補。お手数ですが春美・スミスの生まれたところを調べていただけないでしょうか?」

「例の、サン・ディゴのホルマリン漬けにされた女性ですか?」

「はい」

「了解。直ぐに調べます」江川警部補は、iPadを取り出すと、トントンとキーを叩いた。さすがにキャリアの警察官らしく、いろいろな知識に長けている。

その時、住田警部の携帯が鳴った。

「萩岡に任意同行を求めた?逮捕したのではないのか?クスリだ・・・よし、逮捕にするように」と、彼は話した。

「春美の生まれたところが分かりましたよ」江川警部補がiPadのスクリーンをから顔を上げて言った。

「どこですか?」

「ここです」

「ここ?」

「少し離れていますが初音町だそうです」

「・・・」

「そして、驚かないでくださいよ」、江川警部補がトントンとキーを叩きながら言った。

「高田健二も初音町です」

「えっ!本当ですか?」

「はい」

「その高田、命は取り留めたようだな」住田警部が神奈川県警から連絡を受けて言った。彼は手にしていた桃を,森山に「この桃も食べてくれ」と渡し「春美は亭主のピーターに殺され、高田がピーターを殺した・・・かもな」と続けた。

「確かに・・・しかし、春美と高田の関係はあるのでしょうか?」

「同じ街に生まれているので考えられる事は友達か親戚・・・姉と弟・・・と言う事か、な」

「まだまだ、驚かないでくださいよ。高田はこのYYハムの工場長の息子です」

江川警部補の言葉に住田警部と森山は顔を見合わせた。

「じゃあ、ヘロインは・・・金を作る為、か」

「多分、それでヤクザ組織が絡んでいるということになりますか・・・」

「YYハムは倒産寸前だ。工場長の息子である高田は、親から頼まれYYハムを再建する為の費用をヘロイン密輸で作ろうとした。ヘロインを得る為に同じ黄金町出身の春美に近づいた・・・」

住田警部の推理に、森山は「しかし、IBPの人肉、木村美雪、加瀬なども関係していることは、どうなりますか?」と、割り込んだ。

「いや、だから、それは別の犯罪と言うことになるかもしれない」

「では、萩岡はなぜ高田の麻薬密輸入に関係していたのでしょうか?」

「うーん」と住田警部は頭を掻いた。

「兎に角、神奈川県警に行きましょうか。萩岡が拘留されているので、何か手がかりがあるかもしれませんよ」と江川警部補が提案した。



森山は住田警部と一緒に、江川警部補の運転する警察の車で神奈川県警に向かった。後部座席で、住田警部にもらった桃を口にしながら木村美雪に的を絞っていた。いままでの自分の推理は外れていた。(桃・・・)手にしている桃を見ているうちに、彼はカリフォルニアのレドンドビーチにある木村美雪のコンドを思い出した。「桃」の図柄と「MOMO」の字のマグネット・クリップ。あれは、単に趣味から集められたものだろうか。ポケットからiPhoneを取り出すとグーグルのウェブサイトで「MOMO」と打ち込んでみた。

数多い「MOMO」のウエブがスクリーンに現れたが”ピン”と森山の脳裏にくるものは無かった。しかし、シカゴのマフィヤのボスで「MOMO」と呼ばれた男がいた。

「サルヴァトーレ・ジアンカーナ / Salvatore "Momo" Giancana」

アメリカ名で「サム」そして「モモ」とニックネームを持つこの男は、1957年から1966年までマフィアのボス「ゴッドファーザー」として、シカゴの裏社会に君臨した。

森山はサンホセのツィッターを思い出した。彼は、木村美雪は殺害されて「人体の不思議展」に床体操のポーズで展示されているとツィットした。


・アレは、殺人だ。

・オレは、知っている。

・ほんとうだ

・ばかやろう!


男の書いた、短い言葉、そして「MOMO」とニックネームを使っていた。森山は桃が好物なので、このニックネームを記憶している。

ウエブサイト「COP―PEDIA」は、マフィアについて次のように表している。


「『マフィア』の主な活動内容は麻薬取引、暗殺、密輸、密造、共謀、恐喝及び強要等とされるが、売春と賭博は「名誉ある男」が行うビジネスでは無いとされ御法度とされている。現在アメリカのイタリア系マフィアは不動産業など合法的なビジネスに変わってきている。盟約は「名誉」であり家族、一族、村、地方の全ては名誉を守るという一点によって結ばれ、これを傷つける者には一切の容赦をせず、また仲間に対する信義は命がけで守らねばならない。現代において中世の精神的血脈を保ち続ける異色の存在である」



日本人がイタリアンマフィアの構成員になれることは先ず有り得ない。では「MOMO」と言うニックネームを持つサンホセに住んでいる男は、木村美雪と関係が合ったとしたらどうだろう。美雪は愛人のニックネームである「MOMO」に関係したマグネット・クリップを集めた。しかし、木村美雪は高田健二と同棲していたと言う事だが・・・別れた後にMOMOと知り合った。森山は「MOMO」と言う発音のイタリア語をウエブでチェックして見た。すると、イタリアのナポリでは「モモ」と発音すると「今」と言う意味になると書かれていた。

「すみません。江川警部補。時間のあるときに、ロスのNDL・フーズでの社員で『今』と名のつく社員を調べていただけないですか?」

「ああ、了解。直ぐですよ。ロスに行った時、コンピュターに入れてあります」

そして、江川は車を神奈川県警の駐車場にとめた後、すぐにコンピューターを取り上げパチパチとキーを叩いた。

「はい、出ました。今西 誠。この男はサンホセ転勤とありますね」

「今西・・・誠。サンホセですか?」

「はい。丁度、事件のあった数年前に転勤しています」

「今西・・・MOMO・・・か・・・」

「太郎ちゃん。その男、何か事件に関係しているのかい?」住田警部が聞いた。

「いえ。未だ分かりませんが木村美雪との関係が出てくるかもしれません」

「木村美雪?」

「はい。事件の絡みを解く糸口が見つかるかもしれません」

「そうか。太郎ちゃんに桃を食べてもらってよかったよ」と住田警部は言い「兎に角、萩岡も調べてみよう」と、森山の肩をたたいた。



独房の中にいた萩岡を警察の尋問室に連れてきてもらうと、住田警部と江川警部補が尋問を始めた。森山は、尋問室の外から成り行きを伺った。

萩岡は何も答えなかった。ただ、NDL・フーズの支店長であったと言うプライドがあるようで、時折毅然とした態度を取ったりした。しかし、会社の上司と部下と言う世俗的な忠義心に毒されていた男は、東谷の名を出されて質問をされると、いやいやながら口を開き始めた。

「私は・・・ただ、MOMOと言う男に脅かされて・・・」と萩岡は言った。

「MOMO? それは誰なんだ?」と言う住田警部の質問に、萩岡は「知らない」と頭を振って答えなかった。

「どうして、脅かされたのだ」と言う質問にも答えなかった。

「どのような脅かされ方をした。黙っていると、全てはあんたと、あんたの上司の東谷に嫌疑がかかるぞ」

萩岡は観念したかのように「人体の一部を送られました」と、低い声でうなるように言った。彼の目は大きく見引かれ、狂っているのではないかと思われるような唸り声を上げた。

「枝肉か、それとも、単なる肉片か?」と質問すると「『トップサーロイン』のような塊だった」と、食肉会社の社員らしく専門用語を使った。

「それは、警察に通報したのか」

萩岡は再び黙った。しばらく待ったが答えない。

「よし、ではこちらから答えてやろうか。お前は、その肉片を冷凍し、輸出用のコンテナに入れて日本に送った。どうだ」と住田警部が言うと、萩岡は顔を上げ「じ・・・自分の判断では有りません」と答えた。

「じゃ、誰だ。支店長のあんたに命令できるのは本社の人間、しかもNDL・フーズの関係者。東谷だろう?」

萩岡は、さらに黙った。

「仕方ない・・・では、人肉は誰の肉だと思った?」この質問に、萩岡は一瞬顔を上げて住田警部を見、背後にいた江川警部補にもチラリと視線をあてた。

「加瀬だろう?」

「・・・・・・」

「加瀬・・・あんたのもとの部下だ。会計をしていた。彼は莫大な使い込みをした。それで、あんたが憎しみのあまり殺した」住田警部は萩岡の言葉を引き出す為に言った。

「違う。私は殺人などしていない」

「しかし、あんたは殺したいほど憎んでいたはずだ。あの事件がなければ、あんたは本社の部長だったはずだからな」

「憎んでいた。しかし、殺してはいない」萩岡は言った。

「じゃあ、誰が殺したと思う?」

「・・・・・・」

「あんたじゃなければ東谷・・・かな?」

「・・・」

「東谷本人でなくても、金を出して殺害する事も出来る」

「・・・」

「萩岡、警察に協力した方が身のためだぞ。隠しても、いずれ証拠は見つかる。警察をなめない事だ。黙秘権を使うと、損することもある」

「MOMOと言う男に、恐喝されました・・・」

「『もも』? それは、食べる桃か?」

「知りません・・・私は、専務の言うままに・・・」

「専務と言うのは現在の副社長で東谷の事だな?」

「はい。当時は専務で、社(NDLフーズ)の社長も兼ねてました」

「で、モモと東谷の関係は?」

「知りません。異様な肉の入った箱と一緒に手紙がきて・・・最初、それが人間の肉とは分かりませんでした。それで、専務に相談いたしました」

「その手紙はもっているのか?」

「いや、焼き捨てました」

「じゃあ、どのようなことが書いてあったか覚えているか?」

「木村美雪の殺害を知っていると書いてありました・・・」

「木村美雪?」住田警部は木村美雪の名を知っていたが萩岡に確認した。

「NDL・フーズの元社員でした・・・」

「ほう・・・それで、誰が木村美雪を殺害した?」

「私は、知りません」

「知らないまま、東谷の指示に従ったと言うわけか?」

「はい。そうです」

「クスリは?あんたの運んでいた荷物からが出てきた」

「・・・・・」

「高田健二と言う男を知っているか?」

「はい・・・」

「どういう関係だ?」

萩岡は頭に手を遣り、前かがみになった。体が小刻みに震えている」

「私は、何も知らない・・・」

「知らない?」

「全ては、上司からの指示で動いただけです」

「しかし、あんたはロスに家を持ち横浜にも家を持っている。しかも、現金で買ったと言うじゃないか。大したものだ。一介の会社員の給料で買える物でもないだろう?」

「な、何も知りません・・・」萩岡は、精一杯警察の尋問に抵抗した。

(俺は、人がやることを無視することで金をもらったに過ぎない・・・箱に入っていたものが麻薬とは知らなかったで通すしかない・・・東谷副社長は言った。《例の特別な肉》(麻薬)の事は、私も萩岡君も知らなかった・・・もちろん、加瀬君、君もだ・・・分かるね。お互い命は大切だ“と・・・東谷はB同盟組織とも食肉の裏社会のボスや暴力団組織とも関係がある。ここで、しやべれば、間違いなく俺は消される)

「それも『MOMO』からの指示でした。これが最後だと言うので・・・」

萩岡はMOMOに全てを押し付けて、この場を切り抜けようとした。

「よし。モモからの指示は電話か、それともEメイル・・・」

「今回は電話でした」

「男か女か?」

「男です」

「若いか年寄りか?」

「中年だと思います」

それでも、萩岡は観念したのか少しづつ住田警部の質問に答え始めた。NDLフーズに送られてきたのはトップサーロインのような塊だけではなく、手とか足、そして東谷の返事が遅れると、最後には加瀬の頭が送りつけられた。

流石の東谷もこれには折れ、萩岡に「MOMO」から指示された数個の箱を輸出用の冷凍コンテナに入れて日本に送った。時期副社長の椅子が待ち受けていた東谷は、事件が公になる事を恐れ、加瀬の人体も冷凍して日本に送れと萩岡に指示した。各コンテナには必ず数個の箱が冷凍肉の入った箱の間に置かれた。

怖かった・・・と萩岡は本音を漏らした。「MOMO」を探偵会社に調査させてみるとマフィアと絡んでいた。あのような残酷な殺人や恐喝は「マフィヤ」の手口だと、調査書から伺えた。



「なるほどな」と、取調室から戻った住田警部はコーヒーを一飲みしてから言った。

「江川警部補、太郎ちゃん。これで事件の真相が分かってきたね」

「木村美雪は、多分、東谷によった殺された。で、木村美雪と関係の合ったMOMOが東谷と萩岡を脅迫してクスリ入りの箱を、輸出用の冷凍コンテナに入れ日本に運んだ、と言うわけですか」と江川警部補が要点をまとめて言った。

「萩岡達が『MOMO』を調べる為に使ったのは、どこの『探偵会社』ですか?」森山が聞くと、住田警部は手元のノートを引き寄せ「ロングビーチの・・・ジミー・佐古田探偵事務所と書いてあるぜ」と、言った。

「じゃあ、佐古田さんは『MOMO』が誰か知っておられるのでしょうか?」

「そこまでは書いてないな。佐古田探偵事務所でMOMOが分かれば、当然LAPDに・・・否、探偵事務所は警察に通報はしないだろうな・・・とすると、MOMOが誰か探さなくてはならなくなる・・・やれやれ」

「心当たりがあります」森山が住田警部の言葉に答えた。

「えっ!太郎ちゃん。知ってるの?」

「確信は出来ませんがツイッターで、人体の不思議展に展示されている像が木村美雪だとツイットしたサン・ホセ在住の日本人がいます。彼は、多分『MOMO』をニックネームに使う元NDL・フーズの社員です」

「元NDL・フーズの社員が『MOMO』?」

「あっ!あの、太郎さんが私に『今』のついた名前のNDL・フーズの社員を調べてくれと言った男ですか?

「はい」

「男の名は確か『今西 誠(まこと)』でしたよね」

「そうです」

「どうして、今西がモモと関係が有るんだい、太郎ちゃん」住田警部が聞いた。

「イタリアのナポリでは『桃』と発音すると『今』と言う意味になるそうです。それに、木村美雪のコンドの冷蔵庫には、沢山のモモの図柄のマグネット・クリップが貼り付けてありました。それに『MOMO』とアルファベットのもありました」

「なるほど」住田警部と江川警部補が同時に声に出した。

「多分、今西は木村美雪と深い関係になっていたと思います。そして、彼がサンホセに転勤した後、加瀬がMDMA (エクスタシー)を使い木村美雪を手籠めにした。そして、東谷にも木村美雪を与えていた。東谷は酒乱だそうです。あのコンドで木村美雪は東谷に殺されたのかもしれません」

「それを知った、今西が萩岡と東谷を脅迫した・・・と言うわけか。では、加瀬を殺したのは誰かと言う事だな」

「加瀬は、今西か又は彼の関係するマフィアによって殺害されたと思います」

「今西は日本人だろう? 日本人はマフィアになれないぜ」

「混血なら可能性があります」

「じゃあ、今西はイタリアとの混血か?」

「先ほど叔母に頼んでロング・ビーチの佐古多探偵事務所に問い合わせをしてもらったのですが,今西はイタリア人の父と日本人の母を持ってました。そして、父方がマフィアです」

「よし、兎に角、東谷に任意同行を求めてショッピけ。それに、我々は又、アメリカだな」

「警部、今度はサンホセですか?」江川警部補が聞いた。

「そうだね。『国際犯罪捜査要領』の第二条に頼るしかないね」

 

第二条

3「警察官の海外派遣」

(1) 国際犯罪の捜査を行う上で、国内における捜査及び外国の捜査機関に対する照会等のみでは犯罪の立証ができず、外国において証拠資料の収集及び情報の交換を行う必要がある場合又は国外逃亡被疑者の身柄引取りの必要がある場合には、警察官の海外派遣を検討する。

(2) 警察官を海外に派遣する場合には、あらかじめ警察庁に報告の上、派遣警察官の人選、警察庁に対する依頼、公用旅券の発給申請等所要の手続きを行う。

(3) 警察官の海外派遣に当たつては、当該外国の主権を害することのないように留意する。



しかし、今西が加瀬を殺害する理由は単なる嫉妬か。一時的に恋愛関係にあっただけで、深く木村美雪と関わっていたようには思えなかった。他に何か理由があるはずだ、と彼達は今西の身辺を洗いにかかった。YYハムの工場長の息子である高田健二は『クスリ』を運んでいて、暴力団関係者にピストルで撃たれた。高田は、萩岡から箱を受け取った。萩岡は「MOMO」と呼称する今西の『クスリ』を運んでいたはずだ。つまり、高田はマフィア系の『クスリ(ヘロイン、コカイン、覚醒剤、MDMA)』を仕入れて、暴力団に横流ししていた・・・。


彼達は下記のようにメモしてみた。


木村美雪*東谷専務に殺害された又は薬の過剰摂取? プラスティネーションの像になっている。 

加瀬昭三*今西 誠又はマフィアに殺害された? IBPの箱に入っていたのは加瀬又はピーター。

高田健二*ヤクザにピストルで撃たれた。

春美・スミス*ヤクザに殺害された? 

ピーター・スミス *ヤクザに殺害された? プラスティネーションの半身像 ヤクザか?

東谷専務*現在NNBハム副社長。木村美雪殺害に関係?

萩岡支店長*現在NNBハム横浜営業所支店長。人肉と『ドラッグ(麻薬)』の入った箱を冷凍コンテナーで日本に運んだ。

そして、

今西(テッド)誠(まこと)*サンホセ在住 日本人とイタリア人のハーフ。現在サウス・サンフランシスコの物流会社で輸出の仕事に従事。加瀬の殺害?マフィアと関係がある?


「どうも、腑に落ちません」と、森山は江川警部補の書いたメモから顔を挙げ言った。

「どうしてだい?」

「萩岡の供述は『MOMO』に全てを被せているように感じます。それに、麻薬を運んでいたのは、事件のもっと前だったのでしょう?」

住田警部と江川警部補は顔を見合わせた。

「多分、加瀬は刑務所から出所した後、東谷と萩岡を木村美雪殺害で脅迫したと思います。しかし、それには加瀬も関わっていたわけですから、もっと重要な事があった。それは、東谷が食肉業界の黒幕から頼まれて萩岡に指示したことです。肉の冷凍コンテナーにコカイン、ヘロインなどの麻薬を入れて日本に送ること、加瀬は、これを種にして東谷と萩岡をゆすったのではないでしょうか? 東谷と萩岡はヤクザ組織やマフィアにとって『クスリ』を日本に運ぶ大切なツール(道具)となっていたので、加瀬は日本のヤクザ組織によって始末された」

「うーん、この事件は思った以上に大きいなあ・・・」住田警部が唸るように言った。



彼達は原点から再調査する事にした。

高田健二を銃で撃った暴力団員から、暴力団とD盟組織、そして、食肉業界や食肉の裏社会のボスとの隠れた関係が暴かれ、警察はこれらの組織をまとめて洗い始めた。いずれ、NNBハムの東谷にも捜査の手が伸びるはずだ。

多分この日本ヤクザの介入していた麻薬販売組織をアメリカン・マフィアは潰そうとしたに違いない。それで、人肉の入ったIBPの箱が日本の海岸に流れ着くようにして事件の切っ掛けを作った。

それには「MOMO」と呼ばれるマフィアの血を引く日本人が深く関わったようであるが、海外に住む「MOMO」を捜査するのは一筋縄では行かなかった。先ず海外においては、逮捕権も裁判権ない。従ってICPO(国際刑事警察機構)を通じ捜査や逮捕以来と言う形で進展させるしかない。

しかし「裏技がある」と住田警部は言った。日本の捜査は、警視庁に任せておけばよいので、彼達は森山の叔母の織田奈緒子警視長に会う事にした。

奈緒子は警察庁の「刑事指導室」課長で、国際刑事警察機構(ICPO)とも関係が深かった。

「課長、サンフランシスコに行って調べたい事があるのですが・・・」と住田警部は、警察庁の警視長室で改まった表情で言った。

「サンフランシスコ? あなたたちはLAから帰ってきて間がないとおもいますが・・・」

「はい。忘れ物をいたしまして・・・」

「わすれものですか?」

「はい、結構大事な物をわすれました」

奈緒子は椅子から立ち上がると、三人に来客用のソファに招き、秘書にコーヒーを注文した。

彼女は三人に秘書の持って来たコーヒーを薦め、自分もカップを持ち上げた。

「今回の事件、ご苦労様。日本の暴力団の麻薬購入ルートが判明したので資金源を封圧でき犯罪組織の壊滅に繋がるでしょう」

「ありがとうございます。しかし、未だやることが・・・」

「そうですね。この際、完全にこの事件を解決してもらいたいですね」

「はい。高田健二から萩岡、そして東谷はこちらでも出来ると思いますがサンフランシスコに、もう一人不審な人物がいます」

「不審な人物?」

「そうです。太郎くんが知っています。なっ」と住田警部は太郎の肩をたたいた。

「はい。実はツイッターで知ったのですが、この人物は実は以前NDL・フーズで働いていて、木村美雪とも関係が合ったようなのです。多分、麻薬の販売にも関係しているかも知れません」

「元NDL・フーズの社員なら、名前が割り出せるでしょう?」

「今西 誠(まこと)、ライターでもあるようです」と、江川が説明した。

「それで、どのようにこの事件と関係が有るのですか?」

江川警部補と森山は目を合わせ、お互いの説明の出番を作った。先ず江川警部補が説明した。

「今西は、木村美雪の殺害に関係している可能性があります」

「あの、プラスティネーションの像ですか?」

「そうです。加瀬に加担した可能性があります」

「しかし、ロスアンゼルスとサンフランシスコでは距離があるでしょう?」

「それなんですが・・・調べてみないと分かりません」

「太郎、あなたは何か知っているの?」織田警視長は、甥っ子の太郎には少し砕けた言葉を使って聞いた。

「はあ・・・ええっと、そうですね」森山は、叔母にはいつも頭が上がらないので緊張しながら「先ず、人肉入りのIBPの箱ですが・・・これは、潜水艦で運ばれてきたと思われます」と、彼の推測した事を手短に話して聞かせた。

「潜水艦ですか・・・」突拍子も無いモノに、織田警視長は少し驚いた表情を見せた。

「そうです。箱が神奈川の海岸に着いた日、アメリカの船が横須賀港に着いたのは潜水艦だけでした。もちろん、他の軍艦や貨物船なども推測してみました。それでも、潜水艦が一番怪しいと思われました。それに、その潜水艦は横須賀港に入稿する四五日前にサンフランシスコを出港していました。そしてハワイ、そして横須賀に来てます」

「サンフランシスコ・・・ね・・・あの軍港では最近、海軍兵士の麻薬汚染が問題になったわねえ・・・」織田警視長は自分の机にもどり、一つのホルダーを取り上げると戻った。ホルダーの中から書類を取り出してパラパラとめぐると、コヒーカップをとり上げてコーヒーを一口飲んだ。そして言った。

「よし。では、あなた達がサンフランシスコに行けるように手続きをします。サンフランスシスコ市警に協力を求めますので、無茶しないでね」織田警視長は語尾を少し優しく言った。

住田警部は両手で両肘をたたき「よし!」と、声を上げた。

警察庁には実働部隊が無い。従って、アメリカのFBI(連邦捜査局)のように全面的な権限を持ち、広域捜査が出来る組織を持っていない。

現在織田警視長は警察庁長官より極秘命令を受け、秘密裏に警察庁の実働部隊を組織しているところだった。やがて「警察法」が国会で改正されると、日本にもFBIのような全国に警察の権限を持つ組織が出来上がる事になる。住田警部や江川警部補は、元々地方検察庁特別捜査部・特別刑事部に在籍していたがFBIのような捜査官候補として織田警視長に引き抜かれ、現在は警察庁の刑事局職員である。

数日後、織田警視長は、住田警部と江川刑事、それに森山太郎をサンフランシスコに派遣して、サンフランシスコ市警の協力の下、もう一つの麻薬ルートを捜査する事にした。ただ、日本の警察が外国で捜査する事は出来ないので、名目上は情報収集と言うことになった。

森山太郎は警察庁の職員ではない。しかし、特別な随行者として住田警部と江川警部補に同伴する事になった。サンフランシスコへはANAで成田から出発した。



サンフランシスコ空港は内湾にあり、サウス・サンフランシスコに位置する。飛行機は一旦南に進路を取り、旋回して南からサンフランシスコ空港に進入した。湾の青い海が見える。眼下には家並みが湾の縁に連なっていた。街の背後は小高い丘のようで緑が多い。

飛行機が着陸してゲートを出ると、サンフランシスコ市警のリチャード大島と言う日系人の刑事が出迎えに来ていた。

「ようこそ。サンフランシスコへ」と、リチャード大島刑事は流暢な日本語で言った。

大島刑事は三人を車に乗せると、先ずホテルですねと言いサンフランシスコ市内へと車を走らせた。二十分ほどで着きます。ホテルは・・・確か「ニッコー(日航)・ホテル」でしたね?」

「はい、そうです」

「オーケー。では、市警にはいつ来られますか?」大島刑事は日本語が本当に上手かった。

「若しご都合がよければ、ホテルにチェックインした後、直ぐに参りたいのですが・・・」

「いいですよ。じゃあ、駐車場で待っていますので、チェックインした後、戻って来て下さい」

「有難うございます。ところで大島刑事は本当に日本語がお上手ですねえ」と住田警部が感心して言った。

「有難うございます。私は四世ですが親が少し日本語を話すことが出来たものですから。それに、小さい頃サンホセの日本語学校で日本語を習いました」

「日本語学校?」

「はい。もう100年ほど歴史のある学校で、サンホセの日本人町にあります」

「100年・・・すごいですねえ」

「第二次大戦中、アメリカ政府のおこなった日系人に対する強制収容をご存知ですか?」

「知っています。全米で十一箇所あって十二万人以上の日系人が強制収用された」森山が言った。

「そうです。その強制収容所が閉鎖された後、サンホセに戻ってきた人々が一時的に住んでいた建物に、日本語学校はあります」

「日本人学校の先生は日本から?」

「そうですね。日系人の先生もいましたが・・・現在は、現地採用の日本人の先生だけです。私の先生は佐藤という愛媛県出身の先生でした。彼は『あいうえお先生』と呼ばれていました」

「『あいうえお先生』?」

「ははは」と大島刑事は笑い「先生は日本語の『あいうえお』『かきくけこ』など五十音図表を徹底して生徒に教えるからです」

「なるほど・・・」

「日本語は基礎からですね。私も『あいうえお』ばかり繰り返しましたがおかげで日本語が良くわかるようになりました。日本にも留学しましたがあまり困らなかった・・・さて、そろそろサンフランシスコですよ」

車のフロント越しにビルの連立する都心が見えてきた。



大島刑事はマーケット通りでフリーウエイを下りると、車を北に走らせた。マーケット通りは大きな通りである。色々な人種が歩道に見えた。アンフランシスコは半島の先端にある都市だ。従って、都市は固まっていて凸レンズのように都心が高層ビルで覆われている。

「日航ホテルからSFPDまで、どのくらいで行けますか?」江川警部補が大島刑事に聞いた。

「近いですよ。ほんの十分から十五分程度です」

「近いですね」

「サンフランシスコは密集していますからね。でも、一方通行が多いので慣れないとドライブが大変ですよ」

「坂の多い町とか聞いてますが」

「アッと驚くような坂道があります。後で通って見ましょう」と大島刑事は江川警部補を振り向いて言った。

日航ホテルに着いた。

大島刑事は、日本からの訪問者のためにマーケット・ストリートからバンネス街に入り、SFPDに行くブロードウエイを少し通り越して、急坂のあるロンバート・ストリートのコーナーで車を止めた。駐車スペースが無かったので彼はチャッカリと警察の点滅等を車の上に乗せ道横にパークした。

「降りて見て下さい。なかなか良い眺めですよ」と彼は言い、森山達を車外に連れ出した。

見事な風景が広がっていた。遠くには、脱出不能と言われた、有名な刑務所のあったアルカトラズ島が見える。速くて荒い潮流のために囚人は脱出できなかったと言う事だが、遠方から見る海は穏やかそうに見えた。



そして彼達は次にSFPDに向った。SFPD(サンフランシスコ警察)は、全米で十一番目に大きい警察である。歴史も古くゴールド・ラッシュ時代の1849年に設立された。

大島刑事は、自分の部署に彼達を案内すると、ソファを進めた。彼のネーム・タグ(名札)には「Captain Richard Ohshima」と書いてあるので、日本の警察の位で言えば警部だ。

大島刑事(警部)は、彼達のところに書類を持って来た。

「織田警視長から依頼されました『MOMO』と言うニックネームを持つ日本人を調査してみたのですが,彼は結構複雑な行動を取っています」

「この人物は今どこにいるのですか?」

「調査協力依頼を受注した時点で、男の所在を調べてみました。居住していたのはサンホセ市ですが、サウス・サンフランシスコにあるフレイト・ホワーダー(物流会社)で働いていたようです。しかし、現在は会社を辞め、既にどこかに移動しています」

「何か『MOMO』について他の情報はつかめたでしょうか?」

「確かにドラッグ(麻薬)の運び屋だったようです。ご存知だと思いますがサンフランシスコにある海軍基地の麻薬汚染問題、彼はこれにも関係していたようです。それにフレイト・ホワーダーにいるときにはアメリカン・エアーラインの麻薬密輸問題、これにも関係していました」

「アメリカン・エアーラインの麻薬密輸・・・ですか?飛行機で?」

「そうです。カーゴ・エリア(貨物)で働く人間達が共謀して南米のコロンビアから麻薬を運んでいました」

「一体『MOMO』の正体は何なのでしょうか?」

「ご存知ですかエリザベス・サンダースホーム」

「はい。聞いたことがありますが・・・」



「エリザベス・サンダースホーム」は、神奈川県中郡大磯町にある。この施設のいきさつに付いて「ウィキペディア」は次のように記している。

「第二次世界大戦後の1948年、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫娘である沢田美喜が、財産税として物納されていた岩崎家大磯別邸を募金を集めて400万円で買い戻して、孤児のための孤児院として設立した。ホームは、戦後日本占領のためにやってきたアメリカ軍兵士を中心とした連合国軍兵士と日本人女性の間に強姦や売春、あるいは自由恋愛の結果生まれたものの、両親はおろか周囲からも見捨てられた混血孤児たちのための施設であった(血統主義、GIベビー)。施設の名前は、ホーム設立後、最初の寄付をしてくれた聖公会のある信者の名前から取られたものである」



「まさか、彼はこの施設出身ではないでしょうね?」住田警部が聞いた。

「その『まさか』です」

日本から来た三人は顔を見合わせた。

(どうして?)と言うのが三人の気持だった。

「皆さんは当然マフィアをご存知ですね」

「はい・・・」

大島警部は、少し間を置いた後続けた。「まあ、日本にはヤクザ組織がありますし、それに日本の警察が組織犯罪の弱体化や又破壊を目標に取調べを強化していますので、現在マフィアは日本では活動していません。しかし、戦後はフィリピンからマファイアと関係がある男が日本に上陸したことがあります。テッド・リューインと言う男でアメリカの孤児院で育ちました。彼はフィリピンの闇社会を牛耳った後日本に行き、銀座に賭博場を作りました。もちろん違法ですよ。このリューインと子分達は、帝国ホテルのダイヤ強奪事件などにも関係するのですが最終的には日本の警察に壊滅されます。しかし、彼は何故か、日本を去る前にエリザベス・サンダース・ホームに、多額の寄付を残してゆく。矢張り自分が孤児だったためでしょうか」

「なるほど・・・それで『MOMO』も孤児でしたか・・・」住田警部の言葉に大島刑事は「そうです。イタリア人と日本人の混血と言う事です」と、彼達がロングビーチの佐古田探偵事務所から得た情報と同じことを言った。これで『MOMO』と言うニックネームを使う男、今西テッド誠は混血で孤児院育ちと確定できた。



森山は,今西誠と高田健二、青木美雪、春美・スミス、そして、横浜に住んでいた事のある春美・スミスの亭主であるピーター・スミスを考えていた。

すると、皆横浜に近い場所に住んでいた事になる。では、加瀬はどこで生まれたのだろうか。森山は江川警部補に加瀬昭三の生まれたところを聞いてみた。彼は少し待ってくださいと言い、ノート型パソコンを開けるとパタパタとキーを叩いた。

「東京です」と彼は言い「大学が横浜とあります」と続けた。 すると、今回の事件の関係者は、何かしら横浜と関係している。

若しかすると、今西は、被害者全員を知っていたのではないだろうか。森山はふと、横浜の牛丼店で店の奥から顔を確かめられたような錯覚を持ったことを思い出した。横浜の川﨑ルフロンと言うビルで開催された「人体の不思議展」で見たドジャーズの帽子を被り青木美雪の像を見ていた四十歳代の男は、高田健二ではなかったのであろうか。森山は、彼の元彼女が殺されてプラスティネーションの人体標本にされたのを恨みに思って復讐したと考えていたが、像は何か極秘の暗号を与えるものであった可能性も無いではない。



森山は日航ホテルに戻った後、パソコンでツイットして「MOMO」が出てくるのを待った。そして、翌日モモはツイットして来た。


8 : MOMO : 2006/09/21(木) 22:04:09 ID:CIS232cgm [1/1回発言]


        やべえ。 おれ、調べられていそう。

9 : げろべえ : 2006/09/21(木) 22:06:27 ID:ngsTSScgmJ [1/2回発言]

        なに、スたんすか?


10 : MOMO : 2006/09/21(木) 22:11:06 ID:ngskthqJ [2/2回発言]


        何もしてネェよ。

11 : げろべえ: 2006/09/21(木) 23:58:16 ID:5wwhwo4upv [2/2回発言]

        おお、やべえ。悪党は地獄に落ちろ!


12 :MOMO: 2006/09/22(金) 00:04:57 ID:mnPdfcnqz [1/3回発言]

        ルセイ!



森山は思い切った手を使った。自分の身分を明かして見たのだった。


13: ダイム作家 : 2006/09/22 08:08

今西さん。はじめまして。自称推理作家の森山と申します。現在サンフランシスコに来ています。一度お会い出来ないでしょうか?

その後、書き込みには「マジか?」とか「嘘こくな」「変な叔父さん?」「何かネタ有るんかい?レス止まるぜ・・」など罵倒のようなツイットが続いた。しかし、三十番目に「MOMO」が現れた。


30:MOMO: 2006/09/22(金) 00:04:57 ID:mnPdfcnqz [1/3回発言]

    ピントのずれた書き込みか・・・

    しかたネェな。みんなバカなんだ。

31 : ダイム作家: 2006/09/22(金) 14:12

    美雪 プラスティネーション

32 : MOMO :2006/09/22 (金) 15:05

    ・・・・・・・・・

33 : MOMO :2006/09/22 (金) 16:48

    金門橋で明日朝 10時だな

34 : MOMO :2006/09/22 (金) 18:24

    OKです。


森山は住田警部と江川警部補に「MOMO」と明日、ゴールデン・ゲート・ブリッジで会うと話した。

「本当かい?太郎ちゃん」住田警部が驚いた表情で言った。

「どうやって、コネをつけたんですか?」江川警部補が聞いた。

「ツイッターです」

「えっ?ツイッターですか?」

「はい。一か八かやって見ました」

「ツイッターって、滅茶苦茶な情報だろう?」

「いいえ。結構まともですよ。それに、思い切ってEメイルのように書いたらMOMOが答えてくれたのです」

「信じられなような話だが・・・でも、良くやったな太郎ちゃん」と、住田警部は言い我々も参加できるのかなと聞いた。

「もちろん、協力が必要ですよ」



*ゴールデンゲートブリッジ(金門橋):全長1966m、橋脚の最高部は水面から約230m、風速毎時100マイルの風にも耐えられる設計


森山太郎は決められた時間前にゴールデンゲートの橋に着いた。男が一人立っていた。橋は向こう半分が霧に覆われ、レンガ色の橋の主塔や桁が霧の中に姿を表している。朝の光が薄ぼんやりと辺りにあった。幻想的だった。橋は、まるで異次元から現れて来たように見えていた。下方には青い海が見えている。一人の男が橋の袂に立っていて、桁に掲げてある看板を眺めていた。アジア人なので多分彼が今西に違いない。

森山は声をかけた。男が振り返った。年齢は五十過ぎ、ツイッターでは若者のようなしゃべりの書き方だったので、森山は一瞬人違いかなと思ったが相手が片手を上げて挨拶をした。

「ダイム作家さん?」

「はい。そうです。あなたは『MOMO』さんですか?」

「そうです」と男は言い「ほら」と橋桁に取り付けてあるプレートを指差した。

「自殺志願者に対するカウンセリングの案内です」

「・・・・・」

「観光名所が自殺者で悪いイメージにならないようにとの配慮ですよ。別に自殺を本気で止めたいとは感じられない」と、『MOMO』こと今西は言った。

「霧が・・・」と彼は言い直ぐ話を違えた。「『ブリッジ』と言う映画観ました?」と森山に聞いた。

「いえ・・・」

「この橋の袂にカメラを一年間置き、自殺者を撮ったものですよ。それをテーマに映画を作った・・・残念だな。もう映画は終わったのでカメラは置いてない」

「まあ、いいや。『ダイム作家』サンに来てもらって、ちょうど良かった。今から死ぬとこですよ」と今西はいい、笑顔を作った。

「えっ? マジですか?」“マジ”とかと言う言葉は気に入らないがほかに言葉がなかった。短い言葉が似合っていたからだ。

「ええ・・・生きている意味がないのです」と相手は断言するように言葉尻を強めた。『死』ということに対して淡々と普通の会話が進んだ。

森山は、今西の言葉の止まった時、質問を試みた。

「今西さん。教えていただきたいのですが、あなたと木村美雪の関係はあるのですか?」

今西は少し横に歩むと、レンガ色に塗られた橋の剛板を軽くたたき、静かに言った。

「私は彼女をマフィア組織の道具としてしまった・・・NNBハムの萩岡と東谷、加瀬は日本のヤクザ組織とかかわっていて、冷凍肉の中に麻薬を入れて日本に送っていた。私は、マフィア組織からこれを潰せと指示を受けていました」

「それで、木村美雪を先ず加瀬に近付けた、と言うことですか?」

「そうです・・・可愛そうなことをしました。美雪は、彼達の麻薬輸出を知ってしまった」

「それで殺されてプラスティネーション加工された」

「許せませんでした。あの像を見つけた時、瞬時に美雪だと思いました。しかも、展示のための人体像にされて・・・あんな惨い殺人はない」

「誰が木村美雪さんを殺したのかご存知ですか?」

「加瀬です。奴は、東谷から指示を受けた」

「どうして加瀬だと・・・」

「奴が自供した。死ぬ、間際にね」霧を背景にした今西の顔が鬼のようにゆがんでいた。

「加瀬を殺したのですか?」

「私は殺人はしない。殺したのは組織だと思う。しかし、私が加瀬の死体を萩岡に送りつけた」

「なるほど・・・それで萩岡は東谷から指示を受け、冷凍肉に混ぜて加瀬の死体を日本に運び、BSE牛の肉として焼却したと言うことですか」

「そうです」今西の情報は森山の推測とほぼ一致していた。

「IBPの箱に入った人肉が神奈川の海に漂着したのはご存知ですか?」

「・・・」今西は黙って後ろの方を振り向いた。白い霧が少し後退して、丸い太陽が霧の中にあり、霧を通して鮮やかに彩色して見えている。太陽は、まるで異次元から人間界を見ている『眼』のようにも思えた。

「日本キリスト教団金沢八景教会近くの海岸で発見されました。未だ人肉は誰のものか

分かっていません・・・」

「ピーターだ」

「ピーターと言うと『東京焼鳥レストラン』のオーナーですか?」

今西はうなずいた。そして言った。「殺したのは日本のヤクザ組織で、麻薬に関係していた。ピーターの麻薬ルートは、私と高田・・・日本の警察に捕まったそうだがマフィアの麻薬ルートとして使っていた」

今西は高田の横浜での事件を知っているようだった。

「なぜアメリカ人の肉を日本に?」

「警告です。いずれDNA鑑定で身元がばれる。マスコミが騒ぎ、必ず日本のヤクザ組織も感ずくでしょう。 それは『マフィアからの贈り物』であると・・・」

「なるほど、ティファナからの麻薬ルートを手に入れようとしていた、日本のヤクザ組織を潰しにかかったと言うわけですね?」

「そうです」

「ピーターの上半身をプラスティネーションの人体像にし、下半身を枝肉にして、一部はIBPの箱に入れて日本に、そして他はNDLフ・ーズに送られたと言うわけですね。しかし、どうして上半身を、高田健二の像のように見せかけなければならなかったのでしょうか?」

「それは分からない。我々の組織はプラスティネーションなどとは関係が有りません。高田が、美雪を殺害した加瀬達を恨んでいたのは事実です」

「ところで、あなたと高田、そして『東京焼鳥レストラン』のオーナーである春美とは横浜の黄金町での知り合いと言うことですが・・・」と森山が言い、今西が少し驚いた様な表情を見せたその時、銃声がして今西が橋の歩道に倒れた。まるで映画の一シーンを見ているような感じだった。

森山は声が出なかった。今西に駆け寄った。

「ほ、ら・・・ね」と、相手はたどたどしく言った。

「しっかりして下さい!一体誰が!」

「ス・ナ・イ・パー(狙撃手)」と彼は言い、橋の外れにある木々の部分を指差した。黒い人影が動いた。

森山は携帯で住田警部達に連絡した。彼達は遠くから森山達を見張っていたはずだった。

「太郎さん。了解」江川警部補が答えた。

その後、直ぐに住田警部と大島警部が駆けつけて来た。

「この男が『MOMO』か?」と住田警部が言った。

「そうです。今西テッド誠・・・マフィアです」と、側にいた大島警部が答えた。

「な、言った・・・だろう? 死ぬつもりだって」と、今西は森山に苦しそうな息の下で言った。

「しっかりして下さい。いま救急車がきます」

「狙わ・・・れて、いたんだ・・・」

その時、アンブュランス・カー(救急車)が到着した。今西はサンフランシスコ大學病院に運ばれた。数時間の手術の後、彼は何とか一命を取り留めた。



「太郎ちゃん。ごくろうさん」ホテルに戻った森山を住田警部がねぎらった。「太郎さん。残念ながら『MOMO』 を狙撃した男は逃がしてしまいました」江川警部補が申し訳なさそうに言った。

森山は両刑事に、今西から聞いたことを話して聞かせた。

「この事件は本当にこんがらがっているなあ・・・それに、大きい事件だ」と、住田警部は目を閉じて肯いた。

「しかし、殺人組織を壊滅するまたとない機会ですよ」

その日、森山はもちろん桃を買った。アメリカでは日本のような桃は買えない。しかし、カリフォルニアでは一年を通して新鮮な果物がスパーマーケットに並ぶ。彼はセーフウエイに立ち寄った。フレスノと言う場所で収穫された桃が棚にうずたかく並んで「セール」の札が立っていた。一パウンドが1ドル九十九セントと書いてある。一キログラムで九十円ぐらいだろうか?

森山は十個ほどを袋に入れた。

ホテルに戻り、住田警部と江川警部に桃をおすそ分けすると、自分の部屋で桃を口にした。日本の桃のように繊細な味はないが結構ジューシーだった。

ソファーに座って桃を食べていると、再びH・G・ウェルズの小説「タイム・マシン」のストーリーを思い出した。若し「タイム・マシン」があるなら、この事件を解決するのにどの時間に行くだろうと森山は考えた。食人化したモーロックよりも、華奢な体躯を持ち果物を主食にしている『エロイ』に合いに行くだろう。つまり、木村美雪が殺害された時間だ。レドンドビーチにある木村美雪のコンドからカタリーナまで・・・彼女は、どのようにして殺害されたか。

森山は二個目の桃を齧り始めた。

あの部屋の冷蔵庫に残っていた沢山の骨付きショート・リブとT-ボーン・ステーキ・・・骨付きの部位ばかりだ。脊髄の部位はBSE(狂牛病)のプリオンがたまる部分で危険とされている。まさかBSEの肉では・・・と森山は思った。米国農務省食品安全検査局は「三十ヶ月齢以上の牛から脊髄、脊椎、脳、頭蓋骨、眼球、三叉神経節および背根神経節を除去し適切に処分すること」と義務付けているが、屠畜される83%の牛は三十ヶ月齢以下の去勢牛では、比較的検査がゆるい。もし、このBSEの部位の残る肉を木村美雪が食べらされていたら、彼女はどのようになったのだろうか。

異常プリオンは、神経組織に蓄積して破壊する。脳に蓄積すると記憶がなくなる。木村美雪は、萩岡や加瀬が冷凍肉に麻薬を隠して日本に輸出している事を偶然に知ってしまった。BSEは、プリオンと呼ばれる異常蛋白質を含む食肉を摂取したために発症するとも言われている。それで、BSEの肉を食べらせて木村美雪の記憶を消そうとしたとしたら。

脳はスポンジのようになる・・・立てなくなる・・・人間だから「新型クロイツフェルト・ヤコブ病」と言う奇病になる。

ウエブサイトで調べてみると、次のように記していた。


”問 題は、その狂牛病にかかった牛を人間が食べた場合にどうなるかということである。これに関してもイギリス政府は異種である牛の特異タンパク質プリオンが人 間に影響することはないと主張した。しかし、狂牛病の発生後、たくさんの若者が新型クロイツフェルト・ヤコブ病という脳がスポンジ状になる奇病にかかって 命を落とすことになった。

 クロイツフェルト・ヤコブ病は、もともと老人しかかからないはずの病気だったが、二十代、三十代の青年がこの病気にかがって次々に死んでいったのである。そして、この奇病の発生と狂牛病の因果関係は次第に明らかになっていった。

 新型クロイツフェルト・ヤコブ病にかかった青年たちは、みんな狂牛病に汚染された牛肉を使ったハンバーガーなどを食べていたのである。

 イギリス政府当局は、狂牛病の原因は特異タンパク質プリオンであり、タンパク質は病原菌とは違い、絶対に人間には影響を与えないと断言していた。これまで、異種の生物のタンパク質がうつって人間が病気にかかったことなど一度もなかったというのがその理由だった。”


又、日本の厚生労働省のウエブサイトでは次のように表していた。

”(※1)変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(VCJD)は、抑うつ、不安などの精神症状に始まり、発症から数年で死亡する難病です。原因は、牛海綿状脳症 (BSE)に由来する感染性を有する異常プリオン蛋白と考えられており、感染経路としてBSE牛の経口摂取や潜伏期間にあるVCJD感染者血液の輸血等が 考えられています。”


つまり「プリオン」はウイルスのように感染するわけである。誰かが殺人の目的でBSE牛の部位を木村美雪に食べさせた・・・。



森山は、この推測を確認する為には、まだ沖縄の那覇市で行なわれている『人体の不思議展』で展示されているはずの木村美雪の人体像を調べる事だと思った。

彼は、叔母織田奈緒子警視長と警察庁の付属機関で、現在千葉の柏市にある科学警察研究所、略して科警研/(かけいけん)・NRSPSにいる江藤美咲警視正と、警視庁刑事課の作元警部にEメイルを入れた。{『体操の床マット像』として展示されている人体像のDNA確認と異常プリオン蛋白を検査できないだろうか}と書いた。又、森山はLAPDの村上警部に木村美雪のコンドにあった肉の異常プリオン蛋白検出をお願いしてみた。村上警部からは直ぐに『UCLA』で検査してもらうと返事があった。サンフランシスコに滞在しているのでLAPDとは話しやすい。


森山は二つ目の桃を食べ終えた後、ラップトップ・コンピューター(ノート型パソコン)に向かいEメイルの確認をした。すると、カードが送られてきていた。送り先不明のEメイルの添付は、通常ならウイルス予防の為に開かないが、確かなカード送付会社だったので添付を開いてみた。

送り主は「MOMO」だった。

たぶん『時間設定』のメイルを使ったのだろう。



ダイム作家様、


明日、ゴールデンゲートの橋の上でお会いする。多分あなたは、木村美雪殺害と麻薬関係を捜査されているのだと思う。最初私がツイッターで示唆したプラスティネーションの人体像、あれは殺人だったと日本の警察も分かってきたようだ。IBPの箱に詰められた人間の肉も、そろそろマスコミが騒ぎだし大手の某ハム会社や食肉業界とヤクザ組織、同等といわれる組織の影が騒ぎ出している。私は多分殺されるだろう。しかし、明日、ゴールデンゲートで死ねれば幸だ。ツイッターで「IBPの箱に入った人肉」とあった時、直ぐにこれは仕掛けているなと思ったが『逆に、仕掛けてみよう』と思った。日本のヤクザ組織と食肉業界は、我々のビジネスに割り込んで来ており、我々の組織は日本人とイタリーの混血である私に手を貸せと言って来た。私は神奈川県の大磯にある孤児院エリザベス・サンダースホームで育った。父はマフィアの一員でテッド・リューインと聞いたがアメリカに来た時、彼は死んでいた。私はアメリカで住む為マフィアの一員となり、かってゴッド・ファーザーとしてシカゴの裏社会に君臨した「サルヴァトーレ・ジアンカーナ 」のニックネーム「MOMO」を使う事にした。「MOMO」はイタリア語だ。これで少しイタリアが近く感じられた。ま、私の暗い過去などどうでも良いだろう。最後に、あなたの知りたいIBPの人肉入りの箱がなぜ日本キリスト教団金沢八景教会近くの海岸にたどり着いたかを、教えてあげよう。あれは、潜水艦で運ばれた後、横須賀海軍基地で働いていたMDMAバイヤーの水兵があそこまで運んで置いた。もちろん私の指示だった。中に入っていた人肉は、あなたや日本の警察もそろそろDNA鑑定で分かってきた事だろうと思うが春美の夫であるピーター・スミスと言う男だ。彼と春美は日本のヤクザに殺害された。私は、彼達の復讐と私の組織からの命令で日本のマスコミを利用し、日本のヤクザの麻薬ルートを潰しにかかった。これで十分だろう?ダイム作家さん。あなたも又、利用させていただいた。良く働いていただいたので、以上の情報はお礼のつもりだ。書けば、売れるかもしれない・・・ぜ。だろう?

「MOMO」


「なるほど・・・」と森山は一人うなずいていた。「MOMO」からの手紙で、今までのなぞが全て解けた。木村美雪は東谷の指示によって萩岡と加瀬にBSEの肉で廃人にされ、ヤクザ組織がプラスティネーション加工して殺人を隠した。加瀬は、横領の罪で監獄に入っていたが出所した後、東谷と萩原をゆすった。東谷がヤクザ組織に加瀬の殺害を依頼したが、実は高田健二が木村美雪の復讐の為に彼を殺害した。高田は加瀬を枝肉にしてNDL・フーズの萩原宛に送りつけた。東谷が麻薬関連を隠すために、加瀬の死体は日本に送られBSEの肉として焼却処分された。

高田はYYハムの経営不振を手助けするため麻薬密輸入を計画し、NDL・フーズをゆすり、冷凍肉コンテーナーに詰め込んで麻薬を日本に運び入れたが東谷から情報がヤクザに流れ、襲われた。



森山は、住田警部と江川警部補に事の真相を話して聞かせた。

「そうか・・・そうだったのか」と、住田警部は何時ものように何度もうなずいた。彼達は織田奈緒子警視長に連絡した。織田家警視長は警視庁に連絡を入れた。警視庁では犯罪組織の取締りを強化する為「組織犯罪対策部」を平成十五年に設置していた。

組織犯罪対策部の小泉警視正は豪気な人物で、織田警視長から連絡を受けると、警察庁と警視庁の軋轢など微塵も感じさせないように礼を述べ、早速部下に命令を下した。

犯罪組織の資金源を封鎖し、組織の弱体化と撲滅を図る事で市民を守れると信じていたからだ。

警視庁は大阪府警にも命令を下し「食肉業界のドン」と呼ばれる男の経営するグループHNNの捜査を開始した。その様子をM新聞は次のように表している。

”十六日早朝、ついに捜査のメスが入った。HNN元会長の大邸宅に、大阪府警の捜査員が続々と到着。輸入牛肉で築いた 資金力をバックに、政界、芸能界から裏社会にまで強い影響力を持つフィクサーで、暴力団など“闇の勢力”との関係も取りざたされる元会長だが、グループの 経営陣トップを親族でがっちりと固めるなどして、その実像には謎も多い。”

”2001年9月に最初のBSE(牛海綿状脳症)感染が発覚、BSE騒動が始まった。 国は市場に流通した国産牛肉の買い上げ制度を打ち出したが、行政の対応の甘さの 裏をかくように、2002年1月、大阪府柏原市の焼却場で大量の牛肉が“焼却処分”された。”



翌朝、森山はEメイルを開けてみた。科警研(かけいけん)の江藤美咲警視正からEメイルが届いていた。

{『プラスティネーション』された人体像からの『異常プリオン蛋白検出』は難しいと思われます。但し、人間であれば『クロイツフェルト・ヤコブ病』がプリオン病になります。この症状は、痴呆が他のプリオン病に比べてゆっくりと進行しますが数年後には『無言無働状態』になります。それは、確かに人体像のようなものです。要求されたようにプリオンをプラスティネーションされた人体像から検出するには、遺伝子検査が必要になります・・・ヤコブ病は病理解剖すると見つかりやすいのですが太郎さんの言う『プラスチック』のようになった人体では、どうかなとおもいます。でも、人体像を科警研に持ってきて病理解剖すれば見つかるかもしれませ}と、専門的な意見が書いてあった。


早速森山は叔母の織田警視長にEメイルを入れた。織田警視長は再び警視庁に働きかけ、警視庁刑事課の作元警部を沖縄に送り、例の「木村美雪の人体像」を、証拠物件として押収する事になった。


今西は未だ数週間ほど安静が必要で、尋問は出来はできなかった。

彼達は取りあえず日本に引き上げることにした。

又、人肉の入ったIBPの箱を日本キリスト教団金沢八景教会近くの海岸に運んだと言う麻薬売人の米兵は、神奈川県警に逮捕された。M新聞は次のように報じている。

”元米兵は、神奈川県警に麻薬取締法違反(営利目的密輸入)などの疑いで逮捕された。米兵は軍事郵便や潜水艦、軍艦を悪用して、カリフォルニアの密売グループからMDMAやヘロイン、コカインなどの麻薬類を密輸していた疑いが持たれている。 日米の捜査当局が元米兵の自宅などを捜索したところ、マフィアのMOMOとニックネームを持つサンフランシスコに住む男性の名前や連絡先を記したメモが見つかった。また、関係者の証言などから、元米兵は他の元下士官とも知り合いで、頻繁に連絡を取り合っていたこともわかった。彼たちは六本木のクラブで薬物を販売していたという証言もあるという”



科警研


木村美雪の像が科警研に運び込まれた。人間の身体を覆う皮とか毛、脂肪などが取り除かれ、プラスチック化した赤茶けた筋肉が人骨の上にまとわりついている姿だ。像は軽かった。片手で持ち上げる事が出来た。科研の江藤美咲警視正は、チラリと像を眺め「ああ、これね」と短く言葉をだした。「足が少し邪魔だけど、CTスキャンをかけて、それから病理解剖室に運んでください」と、助手達に言い聞かせた。

「この件が立証できれば、NNBハムの東谷を任意で同行する。萩岡の取調べは終わっているが・・・未だ、高田が残っているなあ。まあ、これで日本の主な『犯罪組織』を潰せるだろう。結構大仕事だったが・・・『めでたし』で終わりたいね」と住田警部が言った。

「あと、LAPDの村上警部からの返事ですね。木村美雪の部屋にあった肉がBSE牛のものであれば、彼女は殺人の目的でBSE牛を食べらされたことになる。人間の場合は『ヤコブ病』と呼ばれるらしいですが怖い病気らしいです」

「あの像の、どこを検査するのですか?」江川警部補が聞いた。

「脳ですよ」

「あの中に、脳ミソは残ってるかね?」住田警部が心配そうに言った。

「脳ミソ・・・ですか。そうですね。あの中に脳がのこっているかどうか・・・」森山が首をかしげた時、緑色の解剖着姿の江藤美咲警視正が現れた。

「脳は、プラスティネーションされた人体像に残っていたのだでしょうか?」

森山は、解剖室に入って行こうとしていた江藤警視正の背後に話しかけた。

彼女は森山を振り返ると「だからCTスキャンを取ったの。脳は残っていましたよ」と言い、ゆっくりと解剖室に入って行った。


森山は科警研のオフィスでラップトップ・コンピューターを見てみた。何気なく「MOMO 」の使うツイッターを開けてみると『MOMO』が復活していた。それはまるで、森山達に『俺のおもうままに動いてくれて有難う』とでも言いたげな元気な『ツイット』だった。


13: MOMO : 2006/10/01(木) 22:04:09 ID:CIS232cgm [1/3回発言]

    フッカツ!

14 : げろべえ : 2006/10/01(木) 22:06:27 ID:ngsTSScgmJ [2/3回発言]

    あにき、おかえりっス!どげんしたどですか?ひさびさ

15: MOMO : 2006/10/01(木) 22:11:06 ID:ngskthqJ [3/3回発言]

    サンフランシスコに行ってた。ぶっちゃけた話でいうと、ゴールデンゲートでバイバイと

    いうところで、邪魔が入った。    

16: 名無し2006/10/01(木) 23:58:16 ID:5wwhwo4upv [1/2回発言]

    だれだい? 自由の権利を奪ったのは??????

17 :MOMO : 2006/10/02(金) 00:04:57 ID:mnPdfcnqz [2/2回発言]

    バーか! 死ぬところが助かったのだぞ。スッこんでろつーの!

18 : 名無し: 2006/10/02(金) 02:24:59 ID:8PE1wsA9 [1/1回発言]

    へい。でしゃばりすぎまして、えれースンマセン。

19:げろべえ : 2006/10/02(金) 03:31:01 ID:ET+EI4jM [1/1回発言]

    サンフランシスコです・・・か。いいすっネ。行ってみたいなァ。


(これは・・・一体?)森山は、ツイッターのスクリーンから目を離すことが出来なかった。                      

「MOMO」の罠? しかし、彼は狙撃されて重症を負った・・・一般的にプロの殺し屋の狙撃手は、頭を狙うと言われているが彼は腹部を撃たれてた・・・」

森山はふと、何かの本でこのような事件を読んだことがあるのを思い出した。そのストーリーも海岸に『人肉入りの箱』が届く描写から始まっていた。あれも確か、K出版社だったはずだ。森山は、K出版の川村編集長に電話を入れた。

「ええ、確かにありましたね。あれは、文学賞の公募作品でしたよ。作品名は『ブランドン・ホテル』とか言いましたね。英語名でしたので覚えています」と彼は言った。 

「作者は誰でしたでしょうか?」

「うーん。随分前だからなあ・・・ちょっと待って」コンピューターのキーボードを叩く音が聞こえた。

「ああ、ありました。名前は『今西 誠』で、それ以降は書いていないなあ・・・。外国に住んでいるとか何とか聞いたことがありますよ」

「それで十分です。編集長、助かりました」

「それだけ? ところで、推理書けました?」

「何とか半分ほど仕上がりました」

「期待してますよ!」編集著は語尾に少し力を入れた。

森山は事件のなぞが解けたと思った。

                      

今西は、マフィアのスパイとしてNDL・フーズに入社し、麻薬の密輸を暴きだした。そして、ライバルとなる犯罪組織を根本から崩す為に先ずストーリーを描いた。そして、人為的に色々な事件を計画し発生させた。最後には警察を上手く使い「食肉業界のドン」と「麻薬取引をしている日本の犯罪組織(ヤクザ社会)」を潰しにかかった。

「よっ!太郎ちゃん」誰かが森山に声をかけてきた。視線をコンピューターのスクリーンから声のしたほうに移すと、作元警部が立っていた。ジャンパー姿だ。たぶん、沖縄から木村美雪の像を運んでくるのに同行したのだろう。

「ご無沙汰してます作本警部。今回は、ご苦労様でした」森山は一般的な挨拶をした。作元警部は軽く手を上げて答えると、森山の近くに来て、椅子に腰を落とした。    

「あの像、殺人事件として扱うことになったよ。それに、太郎ちゃんがEメイルに書いていた『MOMO』 だけどね。関係しているかどうかはしらないが『東京アンダーナイト』という本、知っているかい?」  

「いえ?知りません」                            

「ま、君は若いからなあ・・・わしらの時代だな。この本には,タイトル通り1950から1960年代における赤坂界隈の『暗黒街』を書いてあるんだ。そこには当時の有名な政治家や財界人、右翼、スポーツ選手、有名芸能人やヤクザの組長、そしてマフィアのことまで書いてあるんだよ」

「マフィアですか?」

「当時、テッド・ルーインと言うマフィア系の賭博師がいてね、彼が『ラテンクオーター』と言うカジノを赤坂にも作ったと言うわけさ。そこには右翼の児玉誉士夫とか例のジャック・キャノン少佐の『Z機関』と呼ばれる連中が右往左往してた」

「テッド・ルーインと言う人物はSFPDの大島警部からも聞きました・・・少し待ってください。『グーグル』で調べてみます」森山は手持ちのコンピューターでグーグル(ウエブ・サーチ)して見た。直ぐに、作本警部の話していたことがウエブサイトに現れた。流し読みして見ると、大体のことが分かった。           「なるほど・・・」                           

「そこに『力道山』の名前があるだろう? 彼は金信洛(キムシンラク)と言う朝鮮人だ・・・それも百田で『モモ』だよ、太郎ちゃん、ま、関係ないと思うけどな」

と、作本警部は言った。     

「確かに・・・『力道山』『テッド・ルーイン』ですか。私はEメイルにも書きましたように、今西テッド誠と言うイタリア人と日本人の混血を追っていたのですが・・・彼が・・・つまり『MOMO』と言うニックネームを使っていたので・・・」     

「それだよ。横浜の黄金町のYYハム関係者の麻薬販売、ヤクザ組織、D盟関係者、NNBハム、そしてマフィアまで関係している。今までは、表に現れなかった現代の『暗黒街』が浮き出てきた。つまり『MOMO』は『犯罪組織』だったというわけさ。日本の食肉業界も、こんどは改善されるかもな」     

「『MOMO』は『犯罪組織』ですか・・・なるほど、それでニックネームを使った。『桃』という柔らかい幸福なイメージが一転して『犯罪』を示唆している」

「そういうことさ。例の山家牛丼チェーン店など、米国産牛肉輸入禁止以降も豚肉の約七割を『食肉業界のドン』と呼ばれる男の経営するグループHNNグループから仕入れている んだぜ」

「高田健二の働いていた、山家牛丼チェーンがですか?」              

「そうだよ。警視庁の捜査一課と組織犯罪対策部は、手分けして彼達の関係を探しているがね。まッ、今回は奴らを潰せるね。間違いない。これも太郎ちゃんのおかげさ」と作元警部は言い、片手を森山に上げて帰って行った。


Eメイル


森山は、木村美雪のプラスティネーションされた人体像の病理解剖が終わるのを待ちながら,Eメイルを確認した。六個のメイルが入っていた。一つは英文のEメイルでLAPDの青木警部からだった。

{レドンド・ビーチにある木村美雪のコンドの冷蔵庫にあった肉類にはBSEプリオンが含まれていた}と村上警部は書いていた。添付ファイルが付いている。UCLA(カルフォルニア大学ロスアンゼルス校)の検査書だった。

若し、木村美雪の像の脳にプリオン蛋白遺伝子の変異と、プリオン蛋白から出来た『アミロイド班』が見られると、遺伝子を調査してプリオン病が確証できる。その後は、容疑者の萩岡と東谷の自白を待つだけだ。


次のEメイルは、モモからだ。


                                

ダイム作家君、

{「どうだい日本は?窮屈ではないかね?」と、江戸川乱歩の怪人二十面相のような言葉の調子でメイルが書いてあった。                         

「木村美雪の像が科警研に運び込まれたと聞いたよ。間違いなく、BSEのプリオンに犯された彼女の脳が見つかるだろう。ひどいものだ。殺人より、人体実験のほうが惨い。美雪には本当に可愛そうなことをしてしまった。高田は狂ってたな。加瀬に嫉妬していたのかも知れないね。まッ、奴は私が美雪を利用した事は知らなかったようだがね。春美は私と、高田の知り合いだ。黄金町の小学校から中学校まで同級生だっと言うわけさ。春美は俺にべたぼれでね。貢いでくれた。そのお礼に、春美を殺害したヤクザを陥(おとしい)れメキシコ・ギャングに殺害させた。奴は今頃メキシコでプラスティネーションの像になっているだろう。タイトルは『ヤクザ』だろうね。ところで、君はどの辺まで推理できたかな? そして、多分『推理小説』を書いているだろうと思うが『本格推理小説』などと呼ばれるようなストーリーを書かないことだ。それでは、この事件の謎が解けないだろうから。君の小説に期待しているよ、ダイム作家君」}と、何もかもお見通しだと言うようなEメイルだった。


次の三つのEメイルは、サブタイトルだけで飛ばした。最後のメイルは片桐祐子からのメイルだった。


{「先生、ご無沙汰してます。お元気ですか? 私のほうは、ようやく今期の試験も終わりホッとしてます。相変わらず山家牛丼店でアルバイトをしていますけど、なぜか店長が突然首になりました。噂によると麻薬販売に関係していたとか、噂ですよ。こんな些細な事でも、先生のお役に立つかな?」}と、祐子は売れない作家の森山を「先生」と呼び、彼の創作活動に協力的だった。


森山は祐子に返信した。


{「やッ、祐子ちゃん、久し振り! 今度又、そちらの方に行くのだけど食事など、どうかな? もし良かったら、都合の良い日をお知らせ下さい」}

文章の最後の方は「下さい」と、少し改まったようになった。森山の心の中で、何となく片桐祐子が気になりだしていた。年の差は、と森山は考えた。直ぐに十一歳と言う年齢の開きが計算された。(まさか・・・恋愛など出来ないだろう・・・)と森山が考えているとコンピューターの画面にEメイル着信の合図が現れた。『祐子』と見えた。片桐祐子は丁度コンピューターに向っていたに違いない。森山は直ぐにEメイルを開けた。

{「来週の月曜日と木曜日ならバイトがありません。それに授業は午前中だけです。たのしみです!」}

森山は{「月曜日、午後一時、高島屋正面入口前にある『こんにちは』の像の前でどう?」}と書いた。直ぐに返事が来た。

{「OKです。たのしみです!」}


森山は警察庁からアメリカでの捜査協力ということで、民間人でも特別な謝礼金をもらっていた。少しお金に余裕がある。美味しいものでもご馳走しようと思いながら、もう一度、あの「人肉入りのIBPの箱」の流れ着いた海岸に行ってみようと思った。前回はセスナで空から海岸を確認したのだが今回は片桐祐子も誘って、あの海岸に立ってみたい。そうする事でMOMOのEメイルにあった「『本格推理小説』などと呼ばれるようなストーリーを書かないことだ。それでは、この事件の謎が解けないだろうから。君の小説に期待しているよ」と言うくだりが理解できるかもしれないと思った。

科捜研では、プラスチック状になっていた木村美雪の像を死体解剖した結果、彼女の脳に「アミロイド班」を確認した。警視庁は、NNBハムの副社長である東谷と萩岡横浜支店長を任意で引っぱり、殺人事件の共犯者として告訴する事にした。


森山は、片桐祐子と約束した日、横浜に向った。

既に秋の気配が感じられる天気の良い日だった。横浜駅に電車が着くと、森山は南口の改札所から西口の商店街に向った。                        

『こんにちは』の像の前で一時に祐子と待ち合わせをしている。時計を見ると未だ二十分ほども余裕があったがそれでも若い女の子を待たせるより良いだろうと思った。『こんにちは』の像は、横浜駅直ぐ隣の相鉄横浜駅に隣接する高島屋のビルの前にある。ウエブで待ち合わせ場所を調べた結果、祐子のバイトをしている場所が西口商店街なので「こんにちは」の像が一番適していた。                         

月曜日なので電車は空いていたが高島屋の前辺りは丁度お昼休み時間と重なっていて、沢山の人が右往左往している。森山は少し歩調を速めた。人通りの多い場所で女の子を待たすのは良くないなと考えたからだ。                       

「おじさん」の考えかなと思うと、ふと可笑しくなって来た。この年齢まで恋愛というようなものは持たなかった。アメリカに留学中、アメリカ人の女性やメキシコ人の女性と付き合ったことはあったが「恋」とか「愛」とか言うようなものではなかった。しかし、森山は片桐祐子に、今までになかった自分を、鏡を通して見るように眺めていた。自分の背後から来る光は、自分の顔や身体をそのまま鏡の表面に映している。  

幼い頃、母の部屋で母の大きな化粧鏡に自分を映していたことが思い出された。軸によって傾きが調節できるようになっていた鏡を、後ろに倒して上から見るようにすると、まるで水のそこに落ちてゆくような重圧感を覚え、鏡を前に倒して寝そべって下から見ると床を背にした自分が浮かんでいるような錯覚を持ったものだった。母の化粧水の匂いが思い出された。

森山は、片桐祐子が化粧水のように香しい匂いを持っているように思えた。男は、自分を産んだ母と同じ匂いを持つ女性に引き付けられる。それは年齢差を越えて、生物学的なもの、理性で抑制できないものかもしれない。

『こんにちは』の像が見えた。直ぐに、若い女性、片桐祐子が目に入ってきた。森山は更に歩調を速めて祐子のほうに近づくと、相手がこちらを見た。森山は「やあ・・・」と言って片手を上げた。祐子が何故かまぶしく見えた。 

「先生!」裕子は微笑んで片手を振った。

「や、裕子ちゃん。こんにちは!」森山は、彼女のほうに歩むと声をかけた。

祐子は(ふふっ)と笑い「こんにちは」と言いながら、彼女の背後の『こんにちは』の像に顔を向けて戻した。

「待った?」男と女の待ち合わせの場合で、片方の口から出る常套句を森山は口にした。

「いいえ、すこし早くきましたけど」                     

「そうか・・・ご飯、食べよう。何でもいいよ、ご馳走する」

森山は,幸福感を覚えた。        

「はい。有難うございます」祐子は元気に答えた。

そして、祐子は森山を『横浜西口五番街』と言うところに誘い「キッチン・カリオカ」と言う店の前で止まった。

「ここは如何ですか?先生、ハンバーグが美味しいですよ」と言った。

「そう。裕子ちゃんが食べたいものでいいよ」

二人は店に入った。そして、二人が選んだのは「ハンバーグ デミグラスソース」で、メニューには次のように書いてあった。

”厳選した国産挽肉を使用した肉本来のうま味が楽しめるジューシーなハンバーグ。

牛スジ肉に野菜やワインを加え十日間煮込んだデミグラスソース。手間を惜しまず仕上げた自慢の一品です”

サイドメニューには「ライスパン」と「サラダ」、そして「本日のスープ」を選んだ。

「おいしそうだね」

「はい、おいしいですよ。でも、少しお値段も高いですけど・・・いいですか、先生?」

「もちろん。ぜんぜん値段が高いとは思えないよ。祐子ちゃんには、もう少し豪華な食事をと考えていたのだけど」

「ありがとうございます。でも、これで十分です。いえ、十分以上です。それに、ここに来たのは二度目です。最初は父と母が来た時、二度目は先生」

「お父さんとお母さんか・・・」

「仲がいいんです。未だ若いし、それに弟が親と一緒に住んでいるので、私がいなくても寂しくないと思います」

「でも、親にしたら女の子と男の子では違うしね。それに『変なオジサン』に大事な娘が誘惑されたら大変と考えておられるよ、きっと」

「私、ボーイ・フレンドがいないので先生を、ボーイフレンドにします」と祐子は言い、微笑んだ。

「・・・・・・」森山は、言葉を出せなかった。

「だめですか?」祐子が小さく言った。

「えっ、いや、駄目なもんか。嬉しいよ。しかし、僕はかなり年上だぜ」

「気にしません。先生が二十歳年上でも・・・」

「いや、それほどの開きはないけど十一の開きがあるね」

「じゃあ、ぜんぜん大丈夫ですね」祐子はお茶目に笑った。

ウエイトレスが「ハンバーグ デミグラスソース」を運んできた。


森山は祐子に例の事件の話しをして、一緒に日本キリスト教団金沢八景教会のある海岸に行くことにした。横浜駅から京浜急行で金沢八景駅に行き、モノレールに乗り換えて野島公園駅に着いた。

彼達は歩いて野島橋を渡った。渡り終わると直ぐに白い協会が見えた。背後は野島公園で松の林が見えている。この公園には旧伊藤博文別荘があると言う事だった。この辺りに来ると海がどの方向にも見えていた。

                        

森山と祐子は、白い簡素な教会に歩いて行った。教会の屋根には小さな屋根型の塔があり前面には白い十字架が取り付けてあった。森山はセスナで、上空からこの十字架をセンターにして大きく輪を描いて旋回したことを思い出した。

質素で清潔な建物は静まり返っている。背後の松や丈の高い常緑樹が青い空を背景に優雅に見えていた。木々は、まるで教会を守っている騎士のように枝を広げている。

彼達は、そこから海岸の方に向った。直ぐ近くに海が見える。海風が柔らかく拭いてきて磯の香りがした。海岸に沿った道を野島公園のほうに向った。良い天気だ。辺りには松の木々が点在している。歩いていると祐子が森山の手に自分の手を回してきた。柔らかかった。隣で彼女はまるでステップを踏むように歩いた。

「先生、例の事件の始まりがこのあたりなのでしょう?」と裕子が森山に聞いた。左手の下方に砂浜があり、数人の人が潮干狩りをしていた。二人は歩くのをやめコンクリートの防波堤に手を掛けて海岸線に目を向けた。

「新聞によると『人肉入りの箱』は・・・この近くの海岸に流れ着いていたということだったが実は、アメリカ兵が持って来て置いたと言うのが真実らしいね。箱は『IBP』と言ってアメリカでは有名な肉製造会社で、アメリカに留学していた僕は、それが懐かしかったと言うわけさ」

「でも、人肉入りの箱は外国から運び込まれたのでしょう?」

「その通り。潜水艦が使われた」

「潜水艦ですか?」

「うん。サンフランシスコから来た」

「国際的ですね。犯罪も、海を越えて来た」

(海を越えて?)森山は祐子の言葉に、ふと、思った。そして『正統派のミステリー感覚では謎は解けないよ』と言ったMOMOの言葉が蘇った。

この事件に「謎」などあるのだろうか?むごたらしい殺人と麻薬、暗黒街、肉の販売組織などが醜く絡み合っている。ただ、今回の事件には「BSE」プリオンに侵された肉を食べた人間が『感染した』と言う結果が隠されていた。

「世界的な犯罪が多くなって来ていると言う事だね」

「私、アメリカに行ってみたいです」

「そう・・・アメリカか・・・」

森山はアメリカの国旗「ユニオン・ジャック」を思い出していた。大学や企業又、良く買物にいった『セーフ・ウエイ』と言うスーパー・マーケットの前などには、必ずユニオン・ジャックの国旗がポール上でなびいていた。それがカリフォルニアの青い空を背景にして美しく見えた。

アメリカで殺人や犯罪に巻き込まれたりする日本人は多い。今西は、サンダースホームにいたころ、高田や春美とこの砂浜だ遊んだと言っていた。巨大な旧日本軍の地下壕があり、そこを冒険した事があると言った。

(まてよ・・・)森山は思った。マフィアの盟約は「名誉」であり「仲間に対する信義は命がけで守らねばならない」と言うことだ。

すると、今西はこの掟に従ったのだろうか・・・。彼は『高田』『春美』という幼友達の復讐のために自分のマフィアの立場を利用し、NDLフーズやNNBハム又、食肉業界のドンやヤクザ組織、麻薬犯罪組織を相手にして自分の命をかけ、仲間に対して信義を通した・・・。

『幼友達』と言う絆は、世間一般の考え以上に重みを持ち、我々の人生や社会に影響を与えているのかもしれない。森山は、サンフランシスコで、MOMOから「特殊な環境に育った子供達が行なった儀式」の事を聞いていた。三人の子供達は、旧海軍の作った地下壕で『禁じられた遊び』の映画のシーンのように「十字架」を壕の壁に掛け、儀式を行なった。それは、今西テッド誠がテッド・リューインと暮らしていた幼い日に目にし記憶していた、彼の父が仲間に忠義を誓わせる時に行なった儀式を真似たものだった。

「友達愛・・・友達の絆」と森山が口にすると祐子は微笑んで「先生らしいです」と言い再び森山の腕に自分の手を回した。二人は再び歩き始めた。振り向くと、松ノ木の緑の間に、白い十字架が見えていた。  「了」

 

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三崎伸太郎 @ss55

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