EP06 人喰いアルヴェス(前)

神器という存在を知っているだろうか。この世界において神器とは、一種の武器であり、生ける全ての人々にとって誇りの様な存在であった。神の器の名の通り、神器とは人の身にして神と同等の力を人に宿す存在である。


神器の発生の原因に関しては諸説あるが、最も有力なのは嘗ての神滅戦争、人々にラグナロクと呼ばれる時代に力なき地上の人々が絶対的な神々に対して対抗するため、その身を進化させた――という物だ。なんとも都合のいい話だが、実際に神器が存在している為、誰も異論を唱えられないのであろう。


そもそも神器の力とはなんだ。神の力と対になる力とは、いったいなんなのか。一言で言うならば、それは"願い"と言えるかもしれない。ある者は自分の無限の変化を願い、ある者は他者との繋がりを望んだ。神器とはその者の、本心を最も顕著に表すものなのかもしれない。


ならば、その本性が穢れ、欲望に満ちていた場合、その欲望が神器へと姿を変えるのもまた必然と言えるのではないだろうか。殺したい、奪いたい、自分の我儘のまま、本性を腐らせた人物の神器はいったいどうなるのか。


答えは単純な物だ。それは神器であり、神器ではない物だ。神等という言葉を使う事に、酷く抵抗を覚える事だろう。それは呪いだ、それは欲望だ。人々は"悪魔"と呼び、"呪い子"とも呼んだ。


彼らの心は"願い"は、本当に汚れていたのだろうか――汚れるしか事しか出来ない者もいたのかもしれない。









―EP06 人喰いアルヴェス―










「君に決めたっす♪神器―エンチャント・グール」



十神滅第五席であるアルヴェスの二つ名は"人喰い"だ。彼女の異常と言える異常な食欲、物を喰らう事への執念。彼女の魂そのものが具現化された神器、エンチャン・グールによって、アルヴェスはただ己の欲望のままに戦場を喰い荒らす。



「……っ!わ、我らエデル王国兵を舐めるなっ!くらえ悪魔め、フレイ!」



城壁の上から飛び降り、目の前に着地したアルヴェスに対して、途切れる事の無い攻撃が浴びせられた。フレイは火系統の攻撃型魔法、1発の威力は少ないがそれが雨となれば龍をも地に堕とす。


フレイの雨によって爆煙が発生しアルヴェスの姿を消した。兵士達が攻撃を辞め、煙が晴れるのをじっと見つめていると――声が聞こえた。



「あぁ~、痛いっすねぇ~。酷いなぁ……見てくださいよ、自分の右手、すっごい事になっちゃってるっすけどっ」

「…………化け物めぇ」

「えぇ、酷いっすねぇ。まぁ、否定はしませんけど」



爆煙から出てきたアルヴェスは無傷とは到底言えない状況であった。体の至る所が焦げ、肉が丸見えになっている。右手は肘から先が焼けちぎれた様に垂れ下がっていた。



「んじゃ、こっちの番っすね。エンチャント・グール」



アルヴェスの右腕が伸びた。いや、伸びたと言うよりは変貌した。ちぎれかけている腕の断面から黒い物体が滲み出ており、それがまるで悪魔の様な腕を形成した。腕に走る赤いラインが禍々しさをさらに増していた。


アルヴェスの腕は展開すると同時に、1人の兵士―先にアルヴェスに指名されていた兵士の前に向けられた。いや、既に兵士の頭部はすっぽりとアルヴェスの手の中に収まっていた。



「いいただきま~す♡」

「なっ、何をぐひゅ」



頭部が捻り切られた。本体である体の何倍もあるアルヴェスの腕から更に無数の手が伸び、兵士の体を腕が取り込んでいった。同時に近くの兵士の首をへし折り、眼球を抉り、無理やり首をねじ切った。



「んん~、味はまぁまぁっすかね。ま、補給になればそれでいいっすけど…………もうちょっと頑張れないもんすかねぇ。悲鳴は好きっすけど、ちょっとつまんないっす」

「いやだぁ!やめっ、ごりゃ」

「あぁ……はいはい、兵士の誇り(笑)っすね。美味しい、美味しい」



腕は絶え間なく兵士達を喰い尽くしていく。アルヴェスはまるで散歩でもするかの様に戦場をただ歩いている。食べたい食材があったら腕が勝手に喰い尽くす。アルヴェスは空いている左手で欠伸をしていた。


暇だ、弱過ぎる。これでは食事と変わらないじゃないか、少し活きのいい家畜と何が違う?何時になったら自分の渇きは止まるのか、何処かに私を潤す存在はいたのか。



「神器!エレメンタル・フォレスト!」

「……神器 トータルバインド」



2つの掛け声と共にアルヴェスへ襲いかかるのは、無数の木の根、そして光輝くサークルだ。聖騎士団所属の騎士、マリア、ラジアンの神器である。両者とも敵を拘束する事に特化した神器であり、アルヴェスは木の根に巻き付けられ、上半身を光の輪によって拘束された。



「んー、中々に動けねぇっすけど、残念っすけど自分にそういう趣味はねぇっすよ?束縛されるの嫌ですし」

「今だ!全方位から攻撃しろ、頭だ!頭を狙え!!」

「動く……なぁ!」



兵士達の手に魔法陣が展開され、再びアルヴェスへと攻撃がされようとした時、黒い悪魔の腕が彼女の体を覆った。



「撃てぇ!!」

「グラトニーアーマー」



アルヴェスへと放たれた魔法は、全て目標へと着弾した。しかし、その魔法達かアルヴェスを傷つける事はなかった。それは何故か、魔法が着弾と同時にアルヴェスを覆った黒き繭に全て吸収されたからである。



「まぁ、無駄っすから、自分に生半可な魔法は効かねぇっすね。そろそろこれにも飽きましたってね。ほいと」



アルヴェスは繭を解除すると、まるで蜘蛛の糸を切るかのように聖騎士2人の神器を破壊した。既に体の傷は癒え、ちぎれかけていた右腕も、まるで最初から何もなかったかのように元に戻っている。



「そ、そんな……俺達の神器が、がはっ?!」

「ラジアン!」

「おっせぇ、おっせぇすね。もうちょっと楽しませて下さいよ。お願いっすから」



一瞬でラジアンの眼前まで接近、そして流れるようにアルヴェスは拳をぶつけた。鎧を粉々に砕き、ラジアンはそのまま要塞に衝突し、壁を突き破った。


アルヴェスのエンチャント・グールとはなんなのか。その本質は言うまでもなく捕食である。己の欲望のままに、他者を喰い殺したい。その渇望がアルヴェスの渇きを加速させる。そしてその渇きを潤す為に生まれたのが、この神器である。


他者を喰い、自らの魔力を高める。欲望が具現化し、時に口となり、時に彼女を守る盾にもなるだろう。しかし本質は変わらない、全ての渇きを潤す為、ただ喰い殺したいが為に神器は進化する。



「貴方、中々の魔力量っすねぇ。ちょっと食べていいっすか?」

「ひぃっ…………あぁ、く、くるな!フレガ!!」

「はいはい、無駄無駄」



その炎は彼女には届かない。叫びも嘆きも彼女には届かない。全ては余興であり、食材を飾り立てるスパイスでしかない。恐怖に絶望するマリアの顔を歪めた笑みで見下ろすアルヴェスは手を伸ばした。



「いただきまぁ~す♡」

「い、いやぁぁあ!!」




「プライベート・ジェイル」



アルヴェスの腕はマリアには届かない。なぜなら彼女腕は全て無くなっていたからである。血が溢れる右肩から先を、アルヴェスは不思議そうに見つめた。そして、声の主が現れると同時にこの戦場に来てから最も深い笑みを浮かべた。



「あっはぁ♡極上っすねぇ。いやだぁ、酷いなぁ、いきなり人の腕を消すって酷くないっすか?"賢者マギ様"」

「黙れ、この世の穢れが…………マリア、ラジアンを連れて一旦引いて」

「は、はい!」



マリアは即座に立ち上がり、崩れた壁の方へ走って行った。アルヴェスはただ見つめるだけ、もうマリアに興味もないのだろう。



「食事のマナーがないっすよ?人の食材を逃がしちゃうなんて」

「悪魔を気遣うマナーはあいにく知らない」

「なら教えて上げるっすよ。全知の賢者様に」

「間に合ってる、それに…………もう終わりにする」



マギは左手を前に出し、アルヴェスと重ねた。




「プライベート・ジェイル」

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その日、英雄は世界を裏切る Mey @freename

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