その日、英雄は世界を裏切る

Mey

EP01 裏切りの英雄

その日、長く続いた世界と魔王という名の異端者の戦いは終わりを告げた。多くの命が失われた――多くの者が世界を恨み憎しむ。


魔王は1人の英雄によって討伐され、この世から姿を消した。剣聖アルフレッド・ヴァーカイン、彼は英雄である。この世界の誰もが彼の名を聞いた時に英雄と彼を誇るだろう。


勇者の助けもなく―賢者の知恵も借りず、ただ1人で魔王を打ち倒した英雄、剣聖アルフレッド・ヴァーカイン。

彼が何故、1人で戦い。1人でその戦いに終止符を打ったのか……それは彼以外の英雄が――いや、英雄候補が未熟だったと言うべきだろうか。



――力を持つ者は、その力を最も有効に使う義務と責任がある



英雄はこう語る、つまり彼の隣に同じく義務、責任を背負う者はいなかったのだ。故に彼は1人で世界を救った。



そして彼は魔王討伐後――3日間、この世界から姿を消した。












―EP01 裏切りの英雄―












〈エデル王国―王城―聖騎士団本部〉



エデル王国では、救国の――いや、救世界の英雄を称える祭りが日夜行われていた。人々は酒を飲み、歌い、踊り、誰1人ともこの世界の平和を疑ってはいない。


一方、王城の中では城下と変わらず賑やかな雰囲気もあるが……何処か不安な顔をしている者達がいた。彼らは王国騎士団、所謂英雄になり損なった者達である。王城内の騎士団の部屋、彼らは円卓に座り暗い顔をお互いに向けている。


円卓に向けられた椅子の中で、もっとも華やかな椅子には誰も座ってはいない。そこに座るはずの英雄は今、ここにはいないのだから。



「…………ねぇ、なんでアル様帰ってこないの?ねぇ、なんで?……………ねぇ……ねぇってば!」

「ちっ、うるせぇな!んな事誰もわからなねぇんだよ、わかんねぇから俺達全員イラついてんだろうが!」



怒鳴り合う団員達、その様子を英雄の席の左右――副団長の2人は只見ているだけだ。世界は知らない、英雄がまだ帰らぬ事を……彼らだけが知っている魔王がどれほど恐ろしく、また彼らの知る英雄の強さと弱さを……彼らの心には幾度も荒波がぶつけられている。


英雄の左隣、白いローブに身を包みフードを被っているせいで顔はよく見えない。彼女の名はマギ、エデル王国において最も剣聖の背中に近い者として名が知れている。実際に此度の魔王討伐作戦においても彼女が剣聖に同行する事を疑う者はいなかった、無論彼女自身もその1人である。


現実は彼女を簡単に突き飛ばした、剣聖は誰一人として作戦に同行する事を拒否し、たった一人で旅立ち――そして世界を救った。剣聖に憧れ、天才と言われ、神子と言われても努力を続けた賢者は彼が1人で旅に出た日、自らの無力さを知った。



「黙って」



透き通る様な冷たい声――賢者マギの声は言い争う団員達を静める。その声に続いて英雄の右隣に座る黒髪の少女が団員達に向かって話し出す。


「皆落ち着いて、アルフレッドが帰って来ないのには必ず何か理由がある。あのアルフレッドが、私達の団長がそんな簡単にやられると思う?」

「…………」



団員に語りかける少女は勇者アリス・ジークハルト、神から愛された少女は聖騎士団の副団長にしてアルフレッドと最も古くから繋がりがある者だ。強く優しい彼女の心は、団員達の怒りを上手く収めてくれたらしい。


先に怒鳴りあっていた二人も、お互いに謝罪し席についた。


アリスもアルフレッドが帰ってこないこの状況に異常なナニカを感じてはいた。それは絶対的にアルフレッドを信じる心の裏返しから来るものであった、アルフレッドが如何に強く、負ける筈がないという自信がある。


――なら、何故帰ってこない?


何かトラブルがあったのだろうか、アルフレッドでさえ対処できない様なナニカが起こってしまっているのではないか?アリスは彼を信じすぎるあまり他の団員より多くの不安を抱えていた。



「アリス」

「……なにかな、マギ」

「分かるでしょ、この状況はナニカがおかしい。緊急的なナニカがあった……なら、直ぐに通達用の魔法具に連絡が来ないとおかしい」

「分かってる――怖いよ、私も……でも私達が負けちゃいけないの、一緒に戦う事すら出来なかった私達だから…………せめて、笑顔でおかえりって言わなきゃ」

「…………ん、分かってる」



2人の少女は副団長として、英雄になれなかった者として自らの責務を守ろうとしていた。彼が教えてくれた責任と義務を失わない様に――彼から少しでも離れない様に唯、守り抜く。










〈エデル王国より南西方向――上空33000フィート付近〉



上空を巨大な竜が飛翔していた、黒曜石の様に美しい鱗、片翼のみで圧倒されてしまいそうである。全長40メートルにもなる竜の事を人々は古代種と呼び恐れ、崇めてきた。


その古代種の背中に人の影――三人、1人は黒と青を基調とした服装だ。所々が鎧の様にプレートになっている事から戦闘服なのであろう。1人は場違い感が半端ではない、なぜならばその人物はメイド服を着ていた。露出の少ない落ち着いたデザインではあるが……この激風のなかで微動だにしない光景は異常と言って問題ないだろう。


彼女達2人の間に立つのは、美しい鎧を来た男だ。白を基調とし所々に美しい細工がされた鎧はまさに芸術品であった。しかし、その鎧も所々が欠け、その表面を多くの傷がついていた。さながら歴戦の聖騎士と呼ぶべき見た目であろう。



「見えだぞ、エデル王国じゃな…………確認じゃが、問題無いな?」

「…………あぁ、問題無い。契約通りだ、それ以上でも以下でもない」

「完璧な返答じゃ、フェルリナ、先行してエデル王に伝えよ。魔王の使者が参ったとな」

「はい、かしこまりました」



メイドは竜から飛び降り、向かい来る風とは逆方向へと異常な加速と共に飛び出した。その勢いのままメイドはエデル王国、王城の正門前へと静かに着地、そのメイドの前に門番が驚いた様に目を見開く。





「き、貴様っ!何者だ、ここがエデル王国だと知っての行いか!!」

「えぇ、勿論です。私の名前はフェルリナ、国王に至急お伝え下さい。魔王の使者が参ったと、私の他にも2名おりますので」

「し、使者だと…………ふざけた事をっ!既に魔王は剣聖アルフレッド様によって討ち取られた!!何を今更っ、この魔族がぁ!!」



剣を抜いた門番の腕を横から何者かが掴む、門番と同じデザインだがより装飾が豪華になり首元には2本の線が描かれている。エデル王国における所謂兵士長などの位の高い兵士の証だ。



「やめろ、使者を不用意に攻撃する事は国際法で禁止されている。剣聖様が下さった平和を壊す必要はない」

「……くっ、しかし!コイツらは俺達の家族だって!」

「分かっている、しかし個人と国とでは比べる事は出来ない」

「っ!…………了解しました」



王城の門が開門されると同時に、フェルリナの背後に激風が吹き荒れる。激風と共に降り立つのは黒き竜、そして先にフェルリナが共にいた2名の人物であった。その2名を兵士長は知っていた、あまりにも有名な人物であったからだ。うち1名は悪名で、もう1名は栄光であった。


兵士長、そして周りの門番や兵士達もその人物に跪く。



「け、剣聖アルフレッド・ヴァーカイン様!お待ちしておりました」

「…………あぁ」



――1名は、英雄、剣聖アルフレッド・ヴァーカイン



「我には目もくれんか……女としては、嫉妬じゃのぉ」

「っ……"第一席"蒼雷のヴィヴィア…………何故貴様が」



――1名は"十神滅"が第一席―蒼雷―ヴィヴィア・ラスト



ヴィヴィアは深い笑みを浮かべると、アルフレッドと共に王城へと足を進めた。兵士長の元には既に王が謁見を許可したと報告があり、向かうのは王座の間である。



「待機しておりますので"ごゆっくりと"」











〈エデル王国―王城―王座の間〉












王座の間にて向かい合う、3名対約50名以上。エデル王国国王、キングシス・エデルと聖騎士団、王国騎士団達――魔王の使者3名。


そのうちの1名、ヴィヴィアがキングシスへと話しかける。王への敬意等はない、深い笑みを浮かべたまま王へ目線を向けた。



「やぁ、キングシス。久しぶりじゃなぁ……会うのは30年ぶりかのぉ、私が貴様の父である愚王を葬ったぶりじゃないか」

「貴様ぁ!王へなんたる不敬っ!!」


声を荒らげるのは王国騎士団、団長バーカストだ。ヴィヴィアは笑みを変えず真っ直ぐキングシスを見つめている。



「そうだな、あの時は世話になったと……言っておこうか十神滅が第一席ヴィヴィア・ラスト」

「くはははっ!そうじゃなぁ……どういたしまして、と言っておこうかのぉ」


王はヴィヴィアの隣にいる男へと目線を変え、とても穏やかな声で話しかける。剣聖アルフレッドだ、自分の国を――世界を救ってくれた英雄。何か理由があってこの2名と共にいるのだろうが、帰って来てくれたのだろう。


――この"2名"の使者と共に



「アルフレッド、此度は大義であった。魔王討伐に十神滅の第六、八席の討伐……うむ、まさに英雄であるな……そやつの隣は気味が悪かろう、こちらに来るといい。皆、貴殿を待っていたのだ……特に副団長のアリスとマギはソワソワと……こちらが気が気ではなかった」

「あ、アルフレッド……おかえり」

「お疲れ様、待ってた」



笑顔でアルフレッドに話しかける2人、しかし返答はない。ただキングシスをヴィヴィアと同じ様に見つめているだけだ。



「アルフレッド?」

「さて、さて……では本題へと入らせて頂こうかのぉ?よいか、キングシス」


まるでアリスの問いかけを遮るようにヴィヴィアが話を始めた。アリスは不快そうな顔はしたが、聖騎士団の副団長としてもメンツもある為ここは引き下がるしかなかった。


「わかっている……和平であろう?魔王が討ち取られた今、貴様に出来る事といえばそれぐらいであろうな。アルフレッドが傍にいると言うことは、貴様らもわしや他の者には手出しが出来んであろう?さしずめ人質といった所か、貴様の命がなぁ」

「…………」

「そう暗い顔をするな、わかっている。終戦協定を結んだ後に魔国には賠償を求める、魔国の民に手を出す気はない」



キングシスがヴィヴィアの考えを読み、先に答えを伝えるとヴィヴィアは何も言わなかった。キングシスが話を始めたあたりから俯いて足元を見るばかりだ。



「ヴィヴィア、貴様らにも悪い話ではないだろう?」

「…………くく、くっ」



僅かに震え出すヴィヴィアの肩、そして漏れ出す"笑い声"。



「……ヴィヴィア、貴様なにがおかしい?」

「く……くく、あはははははははは!!」



次の瞬間、ヴィヴィアからまるで空間が歪む程の魔力が一気に放出された。実体を持たない魔力がまるで化け物のように迫り来るのをその場にいた全員が感じた。



「貴様、なにをっ!」



ヴィヴィアはキングシスを指さし、叫ぶ。その体を蒼い電撃を帯び、まさに蒼雷の2つ名に相応しい姿であった。



「キングシス!貴様の間違いを2つ訂正させてもらおうかのぉ!!」

「ヴィヴィア……何を」

「まず1つ目、既に我は十神滅の第一席を辞しておる。そして2つ目、確かに魔王は死んだ!!この戦争は我々の負けと認めよう、しかし…………我は一言も和平を結ぶ等と言った覚えはない、そうであろう、キングシス!」



アリスとマギは王の命令を受ける前に飛び出していた、国際法違反になるのだろう、今自分達が行っている事は間違っているに違いない。しかし――この女を今ここで殺さなければ取り返しのつかない事になる――と2人の直感が告げていた。



「っ?!……な、なんで」

「使者への攻撃行動は国際法に反する、やめろ」


2人の攻撃をそれぞれ片手で止めたのはアルフレッドであった。2人にそれだけ言うと、剣を離した。



「アルフレッド様、どいて」

「まぁまぁ、そんなに怒るでない。賢者マギよ」

「…………黙れ、その手でアルフレッド様に触るな」


アルフレッドの肩に手を置き、抱きつく様な形で話しかけてくるヴィヴィアをマギは睨みつける。ヴィヴィアはその様子にさらに笑みを深めると、キングシスへ目線を戻す。



「改めて自己紹介をしようか!我の名はヴィヴィア・ラスト、元十神滅第一席にして、新たなる魔王である事をここに宣言する!!」



ヴィヴィアはアルフレッドの隣へと歩み出ると、アルフレッドの肩へ手を置きもう片方の手でアルフレッドを示す。



「人間の皆が知っているように、我ら魔王軍の最終的な決定権は魔王と十神滅第一席によって決められる!!故に我、そしてアルフレッドによってある事を決断した!!…………おっと、そういえば自己紹介が済んでいなかったなぁ?」


アリスとマギ、ここにいる全ての人間が顔を青くし絶望に染まっている。これからヴィヴィアから言われる現実を予想したのだろう。



「彼は我の右腕にして"新・十神滅が第一席―裏切りの剣聖―アルフレッド・ヴァーカイン"である!!」

「…………嘘だ」


――それを呟いたのは誰であったのであろうか……この現実を誰が受け止められるのであろうか?



「我、ヴィヴィア・ラスト」

「アルフレッド・ヴァーカインの名において」




「「エデル王国に宣戦布告する」」



――その日、世界は英雄に裏切られた



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