EP04 矛盾



陸続きとなっている魔国、ヘブン共和国を隔てるヘブン第一要塞。ヘブン共和国の国境に沿って約30mもの巨大な壁が並び、敵の襲撃時には賢者マギが施した"賢者の羽衣"が展開され、世界随一の防衛力を発揮する。


エデル王国にとって、この要塞はヘブン共和国との友好の証である。逆にヘブン共和国との最も強い繋がりでもある。共通する敵から自国を守るという点においてこの2つの国はとても似ていると言える。だからこそ、他の4大国より強い繋がりを維持できている。


破られる訳にはいかない、破られればエデル王国は他の4大国に対して大きく後退する事になる。ヘブン共和国との友好関係しかり、賢者マギの魔法技術に対しても疑念が抱かれる事は間違いないだろう。



開戦まで残り"2時間"、たとえどのような結果をこの戦いが産んだしても、世界が大きく変わる事に変わりない。







―EP04 矛盾―







〈ヘブン第一要塞―壁上〉


夜風に靡く黒髪を抑えながら、勇者アリスは目の前に広がる不可侵の領域を只見つめている。目の前に広がるのは大切な人を変えた世界、自分も彼と伴に行ければ、今の彼と同じ景色を見れたのだろうか。そんな疑問が、何度も頭の中を埋める。



「アリス、そろそろ時間」

「……うん、分かってる。ヴィヴィアがどう攻めてくるにしても、ここを攻め落とされる訳にはいかない。私が止める」

「……アルフレッド様もきっと、いる」

「そうだね、あの人は自分だけ安全な所に隠れる大臣達とは違うから、きっと先陣を切ってくる」

「……私は、"アルフレッドを殺す"なんて出来ない」

「私もだよ、そもそも無理だと思うし……出来たとしてもきっと出来ない。まぁ、こんな考えをしてる時点で無理なんだけどねぇ」



マギは壁上から、要塞を見下げる。聖騎士団も兵団も傭兵達も、皆エデル王国の為に行動している。家族を守る為の者いるかもしれない、恋人を守る為なのかもしれない。全て美しい、誇り高き行動理由だ。


――自分はどうだ?


事態を未だに受け入れられず、限りなくゼロに近い可能性に縋り続けている。アリスがどのような意味でアルフレッドを殺せないと言った真意はマギには分からない。しかし、マギのそれは、言うなれば覚悟が違う。マギにとって国も、仲間も、今隣にいる親友も最終的には切り捨てる候補に入る物だ。


彼は違う、彼を切り離す事は出来ない、してはいけない。最悪の思考をする自分がつくづく嫌いになる、自分はここにいるべきではない。



「マギ、アルフレッドが来たら……私に譲って欲しい」

「……内容による」

「アルフレッドを説得する、絶対に帰ってこさせる。これは私個人の願い、どんな事をしても……私はアルフレッドを取り戻す…………どんな事をしても」



アリスは思う、今自分が何を思考したとしても、それは無意味である可能性が高い。世界は全て結果論だ、どのような過程で物事が進んだにしても重視されるのは全て結果である。あと3時間もすれば状況が一変している事に違いはない、それがどのような結果であっても――アリスとマギは胸元あらそれぞれネックレスを取り出した、首にかかった指輪を握りしめ、せめて"自分が望む未来"を願うのだった。











〈ヘブン第一要塞―壁内〉


ヴィヴィアが宣言した開戦日まで、残り5分程。それぞれが持ち場につき、いつ戦いが始まっても大丈夫な様に万全を期している。要塞内の司令室では、マギ、要塞の管理を任せられているエデル王国副兵団長ガリアスが静かに開戦を待つ。


現在エデル王国が保有する戦力の中でもトップの実力を持つマギが司令室にて待機なのは、結界の維持、そして万が一にも結界が破壊された場合の修復を行う為である。



「マギ様、間もなく時間です」

「……わかった、レダは索敵術式を展開。私の増強術式と共鳴させて範囲を広げる」

「はっ!索敵術式、展開、及び増強術式との共鳴開始」



マギの一番弟子であるレダの目の前に、地図の様な物が出現した。索敵術式―マギよって考案され、術式が完成した魔法である。魔力波を一定の周期で飛ばし一定範囲内の魔力反応を感知する。


レダは味方全員の魔力を記憶している、故にレダの知らない魔力反応は敵である可能性が高い。驚異的な記憶能力と高度な術式制御を持つレダだからこそ出来る芸当である。



「半径10km範囲内に敵影なし、日付変更まで残り30秒」

「全部隊に通達、敵影を発見しても攻撃はするな。向こうの出方をまて」

「残り20秒」

「マギ様、結界の展開を」

「……防御術式展開開始、魔石との同調を開始」



ヘブン第一要塞内の5つの魔石と共鳴し、数段にその質を高めたマギの防御術式"賢者の羽衣"の強度は、もはや想像も出来ない。



「残り10……9」



カウトダウンが始まり、要塞内に緊張が走る。数字が小さくなるに連れ、要塞を囲む結界の強度はより強くなっていく、そして――時が来た。







「0、日付変更。開戦です………………っ?!さ、索敵外から超高密度の魔力が来ます!!」

「なんだと!?」



要塞の遥か彼方、魔国領土から突如高速なナニカがヘブン第一要塞へと迫っている。レダがそれを感じ取ったのは索敵術式の為ではない、要塞内の技術のある術者達はそれを生存本能が叫ぶ様に感じ取ったのだ。無論、マギも同じである。



「全員、衝撃に備えて!」



マギが叫んだ刹那、結界に光り輝く巨大な槍が衝突した。



「ぐぅっ!…………全部隊、戦闘開始!魔力砲撃の方角に索敵を集中、2分以内に見つけて」

「了解!索敵術式を限定展開」

「マギ様、結界は大丈夫なのですか?!」

「問題ない、1発で揺らぐ私の術式じゃない……それに、あれだけの魔力砲撃は、連射出来ない。その間に、修復して……」



マギが結界の修復を始めようとした時、それは起こった。レダの叫びが司令室に響く。



「だ、第2射来ます!!」

「う、嘘…………ありえない」



ヘブン第一要塞を2つ目の衝撃が襲った。

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