第4話

 夜通し運転して来てしまったものの、やはり明るいうちに行動に移すのは危険だという意見でまとまって、二人でパンフレットに載っている店でパンケーキを食べた。

 トオルは食欲がないようで手をつけないため、私はパンケーキを二皿も食べた。カリカリのベーコンは噛むとじゅわっと音を立てて脂がはじけ、口の中でオムレツとからんだ。人間はどんな時でもお腹が空くと思っていたけど、トオルみたいな人もいるらしい。だから彼はスリムなんだ、スリム過ぎて、後ろの席の家族連れが椅子を目いっぱい後ろに引いて、トオルを押し潰してしまったくらいだ。

 店員に睨まれるギリギリまで店で過ごして、そのあとは暗くなるまで湖の周りで写真を撮ったり、アメリアのこと考えたり、ネットでほどけにくいロープの結び方を検索したりしながら過ごした。

 私たちみたいに普段着を着て、大きな袋を背負うわけでもなくぶら下げている人なんて誰もいなくて、何回か若い男の子たちに声をかけられたりしたけれど、私が放っておいてと言うとそのうちどこかへ行ってくれた。


 ようやく日が落ちたので、さっき写真を撮った時に映り込んだ背の高い針葉樹を目指して歩き始めた。あんな高い木に登れるとは思えなかったが、袋の端にロープをくくりつけて放り投げ、高い枝にひっかける。そのまま鳥が来て中身を食べるまで見届ければいいと考えた。

 アメリアを掘り返すまではあんなに文句ばかり言っていたのに、マウントシャスタに着いてからのトオルは何も話さなかった。そもそも盛り上がる共通の話題もなく(あるとすればアメリアの話だ)、私としても話してくれない方がよかったのだが、たまに沈黙に耐えられなくなった時に何回か声をかけた。しかし彼は何も言わずこちらをじろりと睨むのだ。だからと言って協力する気がないわけではないらしく、道が険しくなってきても黙って後ろを付いてくる。

 道はどんどん入り組んで、テントの明かりも人の気配もなく、懐中電灯のかすかな光の中ただ二人分の足音だけが響いた。

 「着いたよ、ここにしよう」

 そう声をかけてもトオルはやっぱり返事をしない。諦めてロープを取り出した瞬間だった。突然顔を強い光で照らされた。あまりの眩しさに目がくらみ、目の前の人物が誰か分からない。

「やっと追いついた。早く戻るんだ」

 その声ですぐに分かった。あいつだ。白々しく、最後に何を言っていたかなんて聞いた、あの男の声。

 「こんなとこまで付いてきたのね、変態」

 「そうだ」

 トミーは悪びれる様子もなく答える。

 「お前があの子を墓から掘り起こすところから見ていた。早くそれをこっちに渡せ。今戻れば、おおごとにはならないはずだから」

 私はこの期に及んでおおごとにならないなどと言っているこの男がたまらなく憎かった。護身用の銃を強く握りしめる。アメリア、アメリアアメリアアメリア、私はこいつを殺してやりたい。

 「よくもそんなことが言えるね。まあいいわ。私はあの子の望みを叶えるだけ。私は天使なんだから。私のことあの子は天使って呼んでくれたんだから」


 「何がAngel天使だ、Angelaアンジェラはお前が殺したんじゃないか」


 トミーの冷たい声が暗闇に響いた。体がつま先からじわりじわりと冷えていく。

 「何言ってるの……トオルも見たんだから、あんたの」

 「トオル……そういえばアンジェラとトオルが付き合いだしてからだったよな、お前が嫌がらせを始めたのは。卑猥な下着を無理矢理着せて、トオルとセックスさせた。その動画をSNSに上げて笑いものにしたよな。お前は“アンジェラは私の親友なんだからひどいことしないで”なんてコメントしてたけど、お前がお前の取り巻きの、演劇部と運動部ジョックスの連中にやらせたことは誰でも知ってる。だからトオルは学校に来なくなったんじゃないか。そのトオルがお前といるわけがないだろう」

 「意味が分からない!」

 私は叫んだ。さっきまで後ろで私を睨んでいたトオルはどこへ行ったのだろう。このキチガイ男が喋るのを、今すぐやめさせてほしかった。

 「お前は恐ろしい女だよ。もうやめろ。アンジェラを自殺に追い込んで、死体の首まで切って、お前はこれ以上何がしたいんだ」

 「さっきからなんでそんなふうに私の名前を呼ぶの!アンジェラは私よ!私は死んでなんかいない!」

 トミーはあの媚びたような笑みを浮かべて、こちらを指さした。

 「そう思うなら開けてみろ」

 私は袋を開けて、何重にも重ねたサランラップと保冷剤を剥がした。こんなことはしたくないけど、あのキチガイ男を黙らせなければいけない。アメリアに心の中で何度も謝った。


 手に髪の毛が絡みつく。それは金髪ブロンドのはずだった。アメリアの美しい金髪ブロンドであるはずだった。

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DRAG ME TO HEAVEN 芦花公園 @kinokoinusuki

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