第3話
アメリアの嘘みたいに綺麗な遺体は、真っ黒な棺に納められて、土に埋められた。アメリアは死んだ。そして、これから鳥になる。
次の朝起きて、あの箱から出てきた自分の映った写真をしばらく眺めて過ごした。太っていて醜い。私のどこが天使だというのだろう。見た目が悪いだけでなく、妬んで嫉んで、冷たい態度をとっていた私のどこが天使だと。
日が落ちてからスーパーマーケットでチェーンソーとスコップを買った。午後8時になるとトオルが車で迎えに来て、一緒に墓地まで行った。夏とは言え夜は肌寒く、墓地ということもあって身震いが止まらなかったが、あの下品な下着を思い出して自分を奮い立たせた。
たどり着いたアメリアの墓の前で十字を切ると、トオルはこの期に及んで本当にやるのか、などと聞いてきた。軽く睨みつけると、彼は観念したように私が渡したスコップで土を掘り始めた。
見張りを交代しながら掘り進めると、2時間くらいで棺を掘り当てた。ここからがまた大変で、結局アメリアの顔を再び拝む頃には既に12時を回っていた。
暗がりで見ても、アメリアの頬はつやつやとして美しかったけれど、触ってみるとやはりひんやりしているのだった。
「早くしろよ」
トオルが私の肩を揺さぶった。
「男でしょ、あんたがやってよ」
トオルはしぶしぶ最後の仕上げに取り掛かった。かなり大きな音が出て、静かな田園墓地に響き渡ったが、不思議と誰か飛んでくることはなかった。
そのあとまた二人で時間をかけて、すっかり元通りとはいかなかったが、とりあえず及第点くらいには元通りにして、お腹が減ったのでソニックに寄って、車の中で食べた。ベーコンチーズバーガーのチーズが口の中でとろりと溶けて、いつもよりずっと美味しい気がした。
「お前、よくこんなときにそれだけ食えるな」
トオルがだから太るんだよ、と言わんばかりに私のだらしなくたるんだ顎を見つめた。
「本当にこんなことがアメリアの望んでることなのか?そうじゃなかったら俺らがここまでした意味が無いぞ」
「まだそんなこと言ってるわけ?あんたってビビリだね」
私は口いっぱいに詰め込んだフレンチフライを咀嚼しながら言った。
「だとしても、あんなことする必要があったのか?」
「運びやすいからね」
トオルはまだ何か言いたそうにしていたが無視して、私はこの街から行ける距離のアメリアの希望に叶う場所を検索していた。空気がきれいな場所というなら、やはり山がいいだろうと思った。
「ガソリンスタンドに行ってガソリンを入れたら運転を交代して。四時間くらい寝てていいから」
トオルは助手席に座るとすぐに寝てしまった。私は普段10時に寝て5時に起きているのに、何故か全く眠くなかった。ラジオからは三年前に流行った曲が流れている。思春期の少女の、ひりひりするほどの孤独感を歌ったダンスミュージック。
なぜアメリアは私なんかを天使と呼んでいたのだろうか。そして天使と呼ぶならなぜ、助けを求めず死んでいったのだろうか。ちょうど歌がサビの部分に差し掛かった。『私たちは寄り掛かる人が欲しいだけ』そうかもしれない。アメリアはそうだったかもしれない。
いつも聞き流していたアメリアの話が、急に聞きたくなった。同性愛者がお互いの体を食べながらセックスする話とか、アフリカの部族が殺し合う話とか、テロリストが占領した劇場に毒ガスを流し込んで観客もろとも死んだ話とか、最後どうなったのか覚えていなかった。なんでもいいから、あの甘い声で話してほしかった。
アメリアの死体を見ても、冷たい体を触っても、あまつさえ持ち運ぶのにラクだから首と胴体を切り離しておいて、まだアメリアが死んだなんて信じられなかった。だから全然悲しくなかった。ただアメリアと話したかった。
こんな気持ちになるなんて思いもしなかった。何でも持っていて、私のことを見下してると思っていた可愛い女の子が、実は実の兄から乱暴されてる可哀想な女の子だったからこんな気持ちが沸いてきたんだろうか。それとも天使と呼ばれていたことが分かって舞い上がってしまったのだろうか。
街灯もない夜道なのに道の端から端まではっきり見えたし、心臓はいつもより速く脈打って、口からはねばついた唾液が溢れていた。前も後ろも車なんて走っていなかったから、いくらでもスピードが出せたし、やらなかったけど首だけになったアメリアを何回も眺めることだってできた。
アメリア、アメリア、アメリア、アメリアで脳がいっぱいだ。溢れそうだ。
アメリアと最後に二人きりで遊んだのはいつだっけ。私はアメリアの誘いを断ってばかりだったから、5年以上前かもしれない。アメリアはレゴブロックでデススターを一緒に作ろうって言ってくれたのに、私はオタクだと思って無理矢理合わせてくれなくていいよとか言ってしまった。アメリアは本当にスターウォーズが好きだったのに。あのときアメリアはどんな顔していたっけ。
気付くともう夜が明けていて、長いこと同じだったハイウェイの景色に突如マウントシャスタが現れた。噂通り、夏でも山の上にうっすら雪がかかっているのが見えた。段々車も混みだしてきて、私は堂々巡りの思考から徐々に現実に引き戻された。ネットで調べたら朝の5時からお店がやっているらしい。
観光客を装って湖の周辺をトレッキングして、コースから外れたところにある木(知らないけど森だしどうせあるだろうと思う)の上にアメリアの首が入った袋を括り付ければいいなと思った。できる確証はなかった。観光地だし、サマーバケーションだからキャンプしてる人も沢山いるし、私も、恐らくトオルも運動能力が高い方ではないから。それでも――
ぼうっとしていたら前の車との車間距離がだいぶ開いていて、クラクションを鳴らされた。その音でトオルは目覚めたようだった。
こんな綺麗なところに私みたいなブスと来てトオルはまた不満を言うかもしれないなと思った。アメリアも一緒なんだからいいだろうと反論するつもりだ。
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