第2話

 昨日の夜アメリアが死んだ。階段から落ちたとか、そんなふうに聞いた気がする。階段から転げ落ちるアメリアを想像した。以前転んだときに見えた彼女のスカートの中を思い出して、脳内の再現シーンに反映する。彼女はほとんど丸見えみたいな下品な下着を履いていた。思わずそれを見つめていたら、恥ずかしそうにスカートを抑えて「見えちゃった?」とか聞いてきたっけ。階段から落ちたアメリアは搬送されて、あの下品な下着は病院のたくさんの人の目に晒されてしまったのだろうか。


 アメリアの死は演劇部のサマンサからあっという間でSNSで拡散されて、サマンサの投稿にはいいねが1000以上もついた。アメリアの友達だった奴らの投稿欄はお悔やみポエムとか、なぜかそういうポエムにセルフィーを添付したりとか、そんなものばかりだった。アメリアの死は色んな人の承認欲求のはけ口にされた。

 葬式には、アメリアの投稿にはいつも真っ先にいいねをつけていたクオーターバックのダンも、同じ演劇部のプリンスだったアランもいなかった。結局サマーバケーションを犠牲にして参列した生徒は私と日系人のトオルただ二人だった。

 トオルは報道部の部長で、何度かアメリアに関する記事を書いていた男だった。彼は着いてからずっと大声で泣き叫んでいた。冷たい目で見る人もいたけれど、あれほどチヤホヤしていたくせに、アメリアというコンテンツを消費するだけ消費して葬式に訪れない学校の奴らよりは少し見どころがあるかもしれないと私は思った。

 すすり泣くトオルと一緒に死化粧を施されたアメリアを眺めていると、ふいに肩を叩かれた。振り返るとアメリアに似た少し女性的な顔立ちのセクシーな男性がいて、それが彼女の兄であると気付くのには時間がかかった。十年前に両親が莫大な財産を残して死に、アメリアが兄と祖父母と暮らしていることは知っていたが、彼女の家に遊びに行ったのは、彼女の両親がまだ生きていたくらい前のことだった。

 お兄さんは挨拶もそこそこに、彼女がいかに優しい女の子だったかをまくしたてた。びっくりするほど興味がなくて、彼が熱っぽく語っている最中ずっと、彼女が履いていた下品な下着のことを考えていた。

 「君は最後に彼女と何を話したか覚えているかい」

 唐突に聞かれた私は何も出てこなくて、しばらくお兄さんの顔を眺めていた。アメリアにひどく似た、媚びた笑みを浮かべていた。

 「特に、何も」

 そう答えるとお兄さんはつまらなそうな顔をして、アメリアが納棺されて土に埋められる前に部屋に入って、彼女の形見を好きに貰って行ってくれと言った。


 アメリアの部屋は想像とはだいぶ違っていた。ジェイミー・ローナンとかのポスターじゃなくて、スターウォーズのポスターが何枚も貼ってあって、マイリトルポニーの大きなぬいぐるみがベッドに置いてあって、床にはレゴブロックが転がっていて、なんだか子供部屋みたいだなと思った。

 「あたしはこのぬいぐるみにする。あんたは?」

 トオルに声をかけると、彼はアメリアのウォークインクローゼットに侵入して洋服を漁っていた。

 「あんたアメリアの下着でも探してるわけ。キモいよ」

 「違うよブス」

 トオルは私に洋服の束を投げつけて言った。

 「アメリアが死んだ夜に電話がかかってきて、俺は頼まれたんだよ。クローゼットに箱が置いてあるから、中を見ないで燃やしてくれって」

 「それって……」

 「そうだよ、アメリアは自殺したんだ。親友なのに何も知らないんだな」

 トオルはバカにしたように鼻を鳴らすと、箱の捜索を再開した。


 アメリアが自殺。それを聞いて私の心を支配したのは、悲しみでも寂しさでもなく、怒りだった。私は怒りに任せて、トオルを思い切り突き飛ばした。

 「何すんだよ!」

 「どいて。あたしも探す」

 私の方がずっと物探しが上手だったらしく、箱はそれから間もなく見つかった。


 4桁の数字で解除される小さな錠前のついた、ピンク色の箱だった。

 アメリアの遺言どおりそれを燃やそうと言うトオルから箱をひったくって、絶対に中を見るべきだと主張した。報道部の部長として自殺の真相を明らかにしたくないのかと挑発すると、トオルはしぶしぶ箱を開けることに同意した。

 とにかく思いつく4桁の数字を片端から試した。アメリアの誕生日、アメリアと噂されてたホームカミングキングのジェイデンの誕生日、アメリアが憧れていたエマ・ロバーツの誕生日、とにかく色んなものを。しかしどれも該当しなかった。

 「もう諦めようぜ。お兄さんだって迷惑だろ」

 何回目かの試みのあと、トオルがうんざりした声で言った。私が黙って首を横に振ると彼はまた「お前は親友なのに何も知らない」とイラついた口調で繰り返した。

 そのとき親友という言葉が妙に引っかかって、試しに私の誕生日を入れてみた。錠前は小さな音を立てて床に落ちた。


 箱を開けて最初に目に飛び込んで来たのは色とりどりのメッセージカードが付いた未開封のプレゼントだった。メッセージカードは全てトミーという差出人の名前が書いてあって、君に似合うと思うとか、これを着てベッドで待っていてとか、そういう内容だった。

 もう私はこのビニール包装を開封すれば何が出てくるか想像がついていた。そしてトミーが誰かも分かっていた。

 私の顔は確実に赤く染まっていて、脳は確実に沸騰していて、血管が脈打つ音が聞こえる気がする。全身が火だるまになったみたいだった。

 「おい、開けないなら俺が開けるぞ」

 トオルがビニール包装を乱暴に破った。真っ赤な下着の、股間の部分がジッパーになっているのが見えた。

 トオルは長い間それを手にしたまま動かなかった。私も動けなかった。今立ち上がったら、多分どんな手を使ってもお兄さんトミーを殺してしまうから。やがてトオルは自分のスマートフォンを取り出して、どこかへ電話しようとした。

 「どこにかけてるの」

 「決まってんだろ。あのクソ野郎を通報するんだよ」

 私はトオルの手からスマートフォンを奪い取り、キャンセルボタンをタップした。彼はスマートフォンを奪い返そうとして私を何度も蹴ったが、全く痛みを感じなかった。私は蹴られている間ずっと、残りの包装とメッセージカードを破き続けた。アメリア。下品な下着を着ていた、アメリア、恥ずかしそうにしていた、アメリア。こんなもののせいで、死んでしまったアメリア。

 トオルの足元にはみるみるうちに下品な下着と包装紙の山ができた。

 「お前何してんだよ!ふざけんなクソッ」

 「通報したって、アメリアは帰ってこない」

 我ながら陳腐なセリフだと思った。それでもトオルはいったん蹴るのをやめた。

 「それに、これだけじゃしらばっくれられて終わりだよ」

私は箱にもう一度目を落とした。贈り物を全て出した後には何枚か写真が残っていた。その全部に私が写っていた。所謂隠し撮りのその写真には、ひとつひとつアメリアの可愛い字で、天使と書いてあった。


私は天使なのだから、少なくとも彼女にとってはそうなのだから、彼女がしてほしいことをしなくてはいけない。彼女を空へ連れて行かなければならない。


「アメリアが本当にしてもらいたかったことは知ってるの、あんたも協力してよ」

トオルは何も言わず気まずそうに下を向いた。









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