DRAG ME TO HEAVEN
芦花公園
第1話
死んだら鳥に食べられたいとアメリアが言った。私はそれをぼんやりと聞き流した。彼女が私の前でだけ、わざと変わったことを話すのは珍しいことでもなかったからだ。虫のセックスの動画とか、ロンドンのテロの現場の写真とか、イラクで捕虜になった日本人が首を切られるgifとか、もううんざりするほどたくさん見させられてきた。
アメリアはうっとりした表情でなおも話し続ける。
「埋葬は鳥葬に限るよねえー。なんなら生きてるときに鳥につつかれて死んでもいいかなあ。土葬とか、火葬とかにされるくらいなら、そっちのほうがいいなあ。動画見たことある?すごいんだよ」
アメリアは動画サイトの、サムネイルがモザイクだらけのものをクリックして再生して見せようとする。私はスマホを無理矢理奪い取って机に伏せた。
「気持ち悪い、そんなの見たくない」
「ひどぉい」
アメリアが口を尖らせる。
「鳥に食べられるってことは、鳥の一部になるってことでしょ?そしたら私はほぼ鳥でしょ?鳥になって空に行けるんだよ、サイコーじゃない?」
そう言ってアメリアは目を潤ませてこちらを見上げる。私が男だったら、全てを許してしまうだろう。それくらい彼女は愛くるしい顔をしている。でも私はこの媚びた笑顔が、そもそもこの女自体が、大嫌いだった。
「だからね、私が死んだらなるべく高い場所に吊るしてほしいの。鳥が食べやすいでしょ……もうひとつワガママ言うなら、空気がきれいな場所がいいなあ」
顔を盛大に歪めて精一杯拒否感を表現してみたけれど、彼女はいつも私の顔を見ているようで、どこか遠くの場所を見ている。これもいつものことだ。全然意に介していない。
「あなたにしか頼めないから言ってるの。お願いね」
アメリアはさも、そうすることが私にとって名誉なことであるかのように囁いた。
アメリアと私は生まれる前からの付き合いで、同じ病院で生まれ、親同士も仲が良かった。そういうわけで一緒にいることも多かったのだが、若いころのシャーリーズ・セロンみたいなとびきりの美少女と、小太りの中華系少女の組み合わせはひどく目立った。男も女も関係なく遊べるごく幼いときは良かったが、小学校に上がるころには周りから露骨に比べられ、あからさまに接し方に差を付けられた。常にスクールカーストの頂点に君臨するアメリアのおかげで表立っていじめられることは無かったが、彼女が私を庇えば庇うほど、美人で性格も良いアメリアの光は卑屈で太った私の影を濃くして、余計劣等感に苦しめられることになった。
そんな彼女が私にだけ、死ぬことだとかグロテスクなことばかり語るのだ。ほかの普通の女の子たちとは恋愛ドラマやエレクトロポップの話をするくせに。
痛みとか、挫折とか、そういうものを味わったことがない美人の女が、マリリンマンソンとかmuseとか聞いて、トルーマンの「冷血」とか読んで、いいとこラースフォントリアーの映画でも見て、そういう自分を演出する材料にしているのだ。彼女は誰から見ても超かわいくて、演劇部のスターで、その名の通り誰からも
暗くて、友達もほとんどいなくて、東洋系で、それなのに勉強でも彼女に勝てない私にだけそんなことばかり話すのは、演劇部の取り巻きや、彼女のお尻を追いかけまわしている男たちにこんなことを話したら自分の評価が下がると分かっているからだろう。要は何を言っても大丈夫な相手と見下されているのだ。つくづく不愉快な女。本当に大嫌いだ。いじめられてもいいからアメリアと決別したくて、高校では意図的に突き放すようにしていたのに、私がどんなに冷たくしても結局彼女は私を「親友」ポジションから外そうとしなかった。
「できればそうするよ、期待しないで」
私は聞こえないくらい小さい声で答えた。死にたいと思ったこともないくせに、と心の中で呟きながら。
するとアメリアは私の太い腕に体を絡ませて、ありがとう、と言った。腕に柔らかいものが当たって、ますます不愉快になって振り払うと、彼女はもう私の一番嫌いな媚びるような笑顔をしていなかった。何故か、何かから解放されたかのようにうっすらと涙を浮かべ、微笑んでいた。
夕日が彼女の青い瞳から溢れる涙に反射してキラキラと輝いて、夢のようにきれいだったけれど、私は雰囲気に耐えられず逃げ出した。このまま教室にアメリアと二人でいたら変になりそうだった。
次の日も、その次の日も、アメリアと話したけれど、彼女はそれまで毎日のようにしていた死についての話を一切しなくなった。
少し気になったが、それよりも嬉しい気持ちの方が強かった。ようやく私はアメリア・フローレスという学校の女王から解放されるのかもしれない。
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