春待ち

猫目 青

そうして僕は、君を待つ

 桜の花びらが雨のように落ちる季節になると、僕はお墓参りにいくことにしている。そこに僕の愛しい人が眠っているからだ。

 満開の桜の花びらの中にその人のお墓は建っていて、淡い色彩を含んだ桜吹雪で僕を出迎えてくれる。

「やぁ、メル。今日も元気だった?」

 僕の問いかけにその人が応えてくれることはない。それでも僕はその古い墓標に微笑んでみせる。春風が穏やかになって、ゆるやかに桜の花びらが墓標の上に落ちていく。僕は墓標に積もる花びらをどけて、その上に白い菜の花を飾った。本当は百合を持ってきたかったのだけれど、生憎と今は夏じゃない。

 だから代わりに、百合を想わせる白い花を持ってきたのだ。小さな菜の花は虫眼鏡で見るとさながら百合のような形をしている。菜の花は、さながら小さな百合がたくさん集った花束だ。

 僕はポケットからスマホを取り出していた。そこに僕のメルがいる。

 僕のスマホの待ち受け画面には、古ぼけた写真が映り込んでいる。真っ白なワンピースに麦わら帽子を被った少女は、ちょっと不機嫌そうな眼差しをこちらへと向けていた。

 彼女が僕の最愛の人だ。そして、彼女はここに眠っている。

「生きてるときに、君に会いたかったよ……」

 そっと菜の花で飾った墓石をなでて、僕は囁いてみせる。その声がメルに届くことはないけれど。

 さらさらと僕の耳朶には桜の花びらが流れる音が響くばかりだ。その音に混じって、小さな歌声が聞こえてきた。

 微かな少女の哀しい歌声。

 哀切を催す彼女の歌声は鳥のさえずりのように僕の耳に吸い込まれていく。僕は惹きつけられるように歌の聴こえる方へと顔を向けていた。

 ひらひらと流れる花びらを背景に、一人の少女が歌っている。彼女の銀髪に陽光があたる。桜の色彩を受けて、彼女の銀糸の髪は淡い薄紅色に輝いていた。

 長い睫毛に覆われた眼は空の蒼。その悲しげに伏せられた眼を見て、僕は思わずつぶやいていた。

「メル? メル・アイヴィー?」

 彼女は僕の待ち受け画像になっている写真の少女と、瓜二つの容姿をしていたのだ。ふっと歌声がやむ。彼女は眼を見開いて僕を見つめてきた。

「さぁ、私は誰かな?」

 彼女の眼が苦笑を描く。彼女の首に巻かれたチョーカーが蒼い光を放って、僕の視線を釘付けにした。彼女の黒いチョーカーには鈍い光を放つ歯車があしらわれていた。

 そっとその歯車にふれて、彼女は微笑む。

「あなたの想いが私を導いた。それだけは確かかな? 会いたい人を繋ぐのが私の存在意義だから……」

 そっと眼を瞑って彼女は歌を奏でる。さらさらと桜の流れる音を伴奏に、彼女は恋の歌を奏でていく。

 それは、遠い星の彼方に去ってしまった恋人に贈った歌。

 夏の雨の中で2人の想いは通じ合い、夏の雨の中で2人は離れ離れになった。

 運命に翻弄されながらも2人はお互いを想い、時を旅する。

「おじいちゃんの昔話みたいだ」

 彼女の歌を聴いて、僕は微笑んでいた。

 死んだおじいちゃんが語ってくれたことがある。おじいちゃんの故郷の島では、夏に接近する銀河鉄道流星群がそれは美しく夜空を彩るのだという。その流星群に乗って人々は会いたい想い人に会いにいけるというのだ。

 長い睫毛に覆われたメルの眼が開く。蒼い眼に光を宿し、彼女はじっと僕を見つめていた。僕は蒼い眼で彼女を見つめ返す。

「私と同じ眼の色……」

「そうだね。僕のおばあちゃんもこんな眼の色をしていたんだって。家を整理していたらどうしてもメルに見せたいものが出てきて、メルに会に来ちゃった」

 大きく眼を見開く彼女に僕は近づいていく。はらりと桜の花びらが僕らの周囲に薄紅色の天蓋を創り出す。僕はその天蓋の中で、彼女に一枚の写真を見せた。

 それは百合のように白い花嫁衣装に身を包んだ女性と、黒い礼服を着た男性の写真だった。ユリの花束をもって幸せそうに微笑む彼女は、蒼い眼を嬉しそうに細めている。

「この花嫁さんがメル・アイヴィー。僕の初恋の人。若い頃の僕のおばあちゃん。小さいときにこの写真を見てこんな綺麗な人がおばあちゃんだなんて信じられなかったよ。もうしも僕がおばあちゃんの孫じゃなかったらって何度も考え。本当、子供だったな……」

 メルが息を呑む。彼女は両手で口を覆い、じっとその写真を見つめていた。彼女の視線は、花嫁の隣に佇む男性に向けられている。彼女の眼が潤んで、その眼から涙が生まれた。

 はらはらと、花びらと共に彼女の涙は春風に飛ばされていく。その涙を追って、彼女は空を見あげていた。

 自分の眼と同じ蒼い空を。

「会えるのね、私……」

「おじいちゃん、僕によく昔話を聴かせてくれたんだ。生まれた島にやってくる銀河鉄道流星群に乗って、離れ離れになった初恋の子に会いに行ったって。その子が僕のおばあちゃんだって」

「そっか、会えるんだ……」

 僕の言葉にメルは微笑む。

 風が吹く。薄紅色の花吹雪が彼女を覆って、それがやんだあとに彼女はいなかった。

「もっと、話したかったんだけどな……」

 去年の夏にメルに会いたいと銀河鉄道流星群に願ってからどのくらい経っただろう。あんなに一生懸命お祈りしたのに、けっきょくメルには結婚式の写真しか見せることが出来なかった。

 そっと僕はおばあちゃんの墓石に振り返る。桜のはなびらに埋もれる墓石に僕は優しく微笑んでいた。

「また、来るね……」

 今度は銀河鉄道流星群の流れる夜に彼女に会いに行こう。百合の花束を渡したら、きっと彼女は喜ぶだろうから。

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春待ち 猫目 青 @namakemono

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