鉄橋の下の灯り


 鈴虫とウシガエルの夜の演奏を聞き終わると、俺と七海は足早に鉄橋に向かう。


 スマホで礼司のメッセージを見ると、どうやら既に三人とも揃っているらしい。

 まだ到着していないのは俺達だけだ。


 予定していた集合時間よりも余裕はあるし遅刻というわけでもないのだが、全員がいるのならば待たせるのも忍びない。

 そんな訳で俺と七海は、川沿いの道を早歩きで進んでいた。


 さすがにこの暗闇の中で走るのは危ないからな。早歩きで勘弁してもらおう。

 そして、そろそろ集合場所である鉄橋が見えてくるというところで、異変に気付いた。


「よし、そろそろ鉄橋に着く……って、ちょっと明るすぎないか?」

「本当だ。昼みたい!」


 俺達の視線の先には、ライトらしきもので照らし出された鉄橋と川が見える。

 七海が呟いたように、そこだけ昼間なのではないかと思う程に明るい。

 というか眩い光で照らされている。


 ライトを用意したのだとは思うが、どう考えてもハンドライト如きでできる光量ではないな。

 鉄橋の下を呆然と眺めていると、そこには屈みこんで何か作業をする定晴と礼司がおり、彩華ちゃんが所在なさげに突っ立っていた。


「おーい、忠宏! こっちだこっちー! つっても、声出さなくてもわかるだろうけどな! アハハハ!」


 こちらのハンドライトの光に気付いたのか、礼司が陽気に笑いながら手を振る。


 まあ、明るい分に困ることはないな。鉄橋に行くまでの急で暗い階段も、お陰で降りやすいし。

 光に誘われるように集合場所に近付くと、俺はひとまず肩にかけていたクーラーボックスや網を置く。

 すると、七海がどこか興奮した様子で尋ねた。


「ねえねえ、なんでこんなに明るいの?」

「ハハハ、それは定晴のやつがライトを持ってきたからだよ」


 てっきりこういう悪ふざけは礼司がやるものだと思っていたが、どうやら定晴によるものだったらしい。


「ライトにしては明るすぎないか?」

「あいつが持ってきたライトは一味違うんだよ。付いてきな」


 俺が尋ねると、礼司は付いてこいとばかりに歩き出す。

 そして、少し離れたところにいる定晴の所まで歩くと、そこにはやけにデカい設置型ライトが置かれていた。


「でっかー!」

「む、ようやく来たか! 待ちわびたぞ!」


 七海が巨大なライトを見て驚愕の声を上げると、気付いたのか定晴が立ち上がる。


「……定晴、これは何だ?」

「僕の傍に置いてある物体の名称の事を指すのであれば、設置型超光輝度LEDライトだ」


 おずおずと尋ねると、定晴は淀みなくライトの正式名称を述べた。


「いや、何のために?」

「ライトを使う意味など、明るくするために決まっているだろう。この場合は、手長エビを獲るのに集中するためだな」


 いや、そりゃ、そうだけど……何だろう。この俺の方が常識のないような事を言っているかのような感覚は。


「すごーい! これ角度も調整できるよ!」

「バカ! 僕がベストプレイスに整えたんだ。それをずらすんじゃない!」


 困惑する俺をよそにすぐに順応してみせる七海。

 これが若さによる順応能力の差なのだろうか。

 複雑な感情を抱いていると、礼司が笑いながら言ってくる。


「ハハハ、普通呆れるよなぁ。定晴のやつ、このために通販で設置型ライトを買って持ってきてるんだぜ? バカだよな?」

「確かにバカだな」

「そう思うなら、お前達は僕がライトを当てたところに入ってくるな。暗闇の中、

貧弱なライトを使って手長エビを追いかけていろ」

「「さすが定晴様、賢いです!」」


 定晴の無慈悲な宣告を前に、さすがに俺と礼司も手の平を返すしかなかった。

 まさかバカと言ってから十秒も立たない内にそれを訂正するハメになるとは。


 正直、真っ暗な暗闇の中、ハンドライトだけを頼りに探すのは結構難しいからな。

 俺のような中型サイズでも、照らせるような範囲はタガが知れているし。

 定晴の設置型ライトがあれば、ライトによって片手で塞がることなく、より快適に手長エビを獲ることができるしな。


「でも、ちょっと恥ずかしい。周りの方にまで光とか飛んでなかったですか?」


 この中で唯一常識的な反応を見せる彩華ちゃん。

 さっきからどことなくソワソワしているのは周りへの被害が気になっていたからだろう。


「ああ、大丈夫だよ。川よりも道の方が位置が高いし、周りには家がないからね。どこかの家に光がいっていたりはしないよ」

「そうですか」


 俺がそのように言うと、彩華ちゃんはどこかホッとしたように息を吐く。

 ついさっき遠くから歩いてきた俺達でも、近くにこないとわからなかったのだ。

 彩華ちゃんが懸念するような被害はない。


「フン、さっきから挙動不審だと思っていたらそんな無意味なことを気にしていたのか。周りに家がないことなど、ここに住んでいたら嫌でもわかるだろう」

「あ、はぁ……」


 定晴のズバリと切り裂くような言葉に、彩華ちゃんは少し引き気味だ。

 定晴は昔からこのような口調なので、女子とは凄く相性が悪い。

 性根は悪くないので、こういう言い方をしちゃう奴だと理解できれば気にならないのだが、付き合いの浅い彩華ちゃんではさすがにそこまで理解はできない。


「逆にお前はもう少し自重しろよな」

「む? 今の言葉、異世界転生して無双する主人公が言われそうな言葉だな」


 微妙な空気を取り払うように俺が突っ込むと、定晴がブツブツと何かを呟いてスマホにメモをし出した。

 俺の言葉に何か刺激されることがあったのだろうか。作家というのは不思議な思考回路をしているな。

 

 定晴はメモが落ち着いたのか、スマホをポケットに入れると七海に向き直る。


「よし、準備が揃ったところで早速始めるか。チビ娘、今から三十分でどちらが多くの手長エビを捕獲できるか勝負だ」

「わかった。今から三十分だね!」

「言っておくが、忠宏の分のカウントしたり、手を貸してもらうのは許さんぞ?」

「わかってる! 定晴なんて一人で余裕だから!」


 そう言って定晴と七海は睨み合うと、互いに顔を逸らして網を手にして走り出す。

 早速、二人の勝負が始まったようだ。

 時刻は二十時十分なので四十分までが勝負の時間だな。


「よっしゃ、俺らも手長エビ獲るか!」


 それに釣られてか礼司もバケツと網を手にして走り出した。

 

 とりあえず俺は七海の傍にいるか。


 明るいとはいえ、川の中は滑りやすいので七海が転んだりしないように見張ってないとな。


「忠宏兄ちゃん、これは勝負だから近付いちゃダメ!」


 そう思って近付いたのだが、振り返った七海に拒絶されてしまった。

 七海に拒絶されるという事態に、俺の心が予想以上のショックを受けている。


「いや、手は出さないよ。俺は七海が転んだりしないように心配だから――」

「ダメ! 勝負だから! あたしは一人でも平気!」


 と理由を述べるも七海に背中を押されてしまう。


 どうやら定晴の先程の台詞のせいで、俺が近付く=手伝うということになっているらしい。

 

 俺がこんな風に傷付くのも定晴のせいだ。


 どうしたものかと思っていると、岸辺で水面を覗き込んでいる彩華ちゃんを発見。

 うん、彩華ちゃんなら七海が昼間に誘っていた程なので、勝負だからと拒否されないのではないだろうか。


「彩華ちゃん、悪いけど七海の傍にいてやってくれる? 定晴の言葉のせいで、俺を近付けてくれないから」

「ああ、はい。いいですよ」


 俺がそのように頼むと、彩華ちゃんは特に嫌がる様子も見せずにバケツと網を持って七海に近付いていってくれた。

 そして、七海といくばくか言葉を重ねると、二人は笑顔になって手長エビを探し始めた。

 それを見てホッとしていると、礼司がこちらに近付いてくる。


「さすがは女子だな。助かるよ」

「まあ、彩華も妹ができたみたいで嬉しいだろうしな。つーか、家にいる時はあんな風に笑わねえ」

「そうなのか?」

「そうだよ。昔は七海ちゃんみたいに素直で可愛い妹だったんだけどなぁー」


 どこか遠くを見るようにボヤく礼司。


「俺からすれば今も素直で可愛い子だと思うけどな」

「おっ、じゃあ、忠宏が貰ってくれるか?」

「こんなおっさんじゃ相手にされないし、高校生とか普通にアウトだろうが。というか、お前を義弟と呼びたくない」

「ハハハ! それもそうだわ! 俺も親友をお義兄さんとか呼びたくねぇー」


 思いっきり爆笑しながらではあったが、礼司に親友と言われて少しだけ嬉しかった。

 なんて思っていると、礼司が肩に手を置いてきてニヤリと笑みを浮かべる。


「へへへ、ところで親友の忠宏さんよ。うちの貴重な戦力を使ってるんだ。不足分を埋めるためにいっぱい手長エビ獲ってくれるよな?」

「へいへい、わかったよ」


 まったく、最高の親友だなぁ、礼司さんは。

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ちょっと仕事辞めて実家に帰る~田舎ではじめる休活スローライフ 錬金王 @bloodjem

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