第8話 収穫とは・・・

「え・・・?よくは見えなかったですけど戦利品ですよね、どうして私が・・・・?」


戸惑うフィルカに辰馬は苦笑しつつ言う。


「事情は後で説明しますので、どうかあの者達に付いて行ってやって貰えますか?あの者達だけでは色々困ると思いますので」


「は、はい・・・・わかりました」


そういうとフィルカは洞窟へと小走りで走って行った。

その背を見送りながら辰馬は小さな溜息を一つ。





洞窟へと戻り、作戦室にて熊澤中尉と話していた辰馬の元へ、ロキシーと斉藤中尉、真壁少尉が合流していた。


「今日、必要な木材はあらかた確保できた。工具は工兵達が持っていた物を借りる、明日から作成に取り掛かる」


ロキシーの端的な報告により移動の目処が立った。

どれくらいの期間で、必要数の馬車が作成出来るのかは分からないが、そう遠くないうちに移動が可能になるであろうと辰馬は予想する。


「ありがとうロキシーさん、斉藤中尉と真壁少尉もご苦労だった」


「ん」「「はっ!」」


コクリと頷き小さな声を発するロキシーと見事な敬礼をする斉藤中尉と真壁少尉。

並んでいると違和感が拭えないがそれでもうまくやっているようで安心する辰馬だった。


「さて、真壁少尉」


「はっ!」


「現在の食料の備蓄状況はどうなっている?」


辰馬の問いかけに一瞬真壁少尉が止まった。


「はっ!行軍時に|於(お)ける必要量で約5日分かと思われます」


「まて・・・・・5日分?」


辰馬も同じく様にそれを聞いて止まる。

若干冷や汗を掻きながらも真壁少尉は返事をした。


「はっ!そのとおりであります!」


「最初ここに来た時に備蓄されていた糧食は確か3日分だったな?」


「はっ!」


「何故それほど少ない、1個小隊を丸々食料確保に使っているはずだぞ、せめて8日分ぐらいは確保できるはずじゃないのか?」


「はっ!・・・・・・そ、その、実は大変申し上げ難いのですが・・・・・」


そう言う真壁少尉はチラチラとロキシーの方へと視線を向けていた。

それに気付いた辰馬は真壁少尉へと訊ねる。


「ロキシーさんがどうかしたのか?」


真壁少尉はそそくさと辰馬の側へ寄ると、その耳の側まで顔を近づけ小さな声でその真実を告げた。


「実は・・・・ロキシーさんの食べる量が凄まじく、幾ら集めても、その日の収穫の半分以上を食べられてしまうので、遅々として備蓄が貯まらないのであります・・・・・」


非常に言い難そうに真壁少尉はその実情を辰馬へと陳情した。

その言葉は諦めと悲しみに満ちていた。

それを聞いた辰馬は思わずロキシーの顔をしげしげと見つめた。

その辰馬の視線の意図に気付かないロキシーは常と変わらぬ顔で首を傾げながら言う。


「そんなに食べた覚えはない、あれが普通」


真壁少尉の何処か諦めたような溜息を聞き、辰馬は苦笑しつつ真壁少尉の肩に手を置き励ますように言う。


「がんばってくれ・・・・・」


そして真壁少尉が絶望に浸っているのを確認した辰馬は全員に聞こえる様に声をあげる。


「熊澤中尉もそのまま現状把握という事で聞いて行ってくれ。では引き続き斉藤中尉、戦利品の内訳と流用可能な物を教えて貰えるだろうか・・・・・」


そのまま4人の会議は続いていく。


数分後。


「では引き続き作業を続行してくれ、真壁少尉は食料を最低10日分は貯めれる様に頑張ってくれ、以上、解散」


『はっ!』「ん」





洞窟の周りには焚き火の燻る匂いとその周りで眠る男達の寝息、歩哨の歩く足音に、星空を湛えた空に月が中天より傾く頃。

辰馬は、眠る兵達が見渡せる洞窟の入り口上にて、1人座り込んで星空を眺めていた。


「やはり戦地の空も故郷の空も、そしてこの世界の空もそう大きな違いはないのだな・・・・・」


小さな独り言。

それは誰に話しかけるわけでもなく、只思った事が口を突いて出ただけの言葉だったのだろう。

その顔は何を思うでもなく、只無表情に空を見上げていた。


「星に詳しいのですか?」


そこに声を掛ける人影がゆっくりと登ってくる。

そちらを向くでもなく辰馬は答えた。


「聞かれていましたか、お恥ずかしい。星に付いては全くわかりませんよ」


そう言いながらその声の主に振り向く辰馬。

そこに居たのは月の明かりに金糸の如き金髪を煌かせ、時折吹く風に髪を押さえながら近づいてくるフィルカだった。

そしてその後ろから更にもう一つ、フィルカの胸ぐらいの高さしかない人影が横にずれて出てくる。


「ロキシーさんもご一緒でしたか」


「ん」


短く返事を返すロキシーに2人がわざわざ辰馬の元まで赴いた理由を訊ねる。


「それで、お2人は私に何か御用でしょうか?」


只疑問に思った事を訊ねただけだった辰馬だが、思いの他、突き離す様な口調になっていた。


「お邪魔してしまって申し訳ありません」


「ごめん」


謝罪の言葉を口にする2人に慌てて辰馬は訂正する。


「いえいえ、お気になさらず。只この様な無骨者の所、こんな夜半時に何用なのかと疑問に思っただけですので他意はありませんよ」


辰馬の弁明を受け、フィルカとロキシーの2人は頷き合うと辰馬へと近づいて訊ねる。


「隣、いいでしょうか?私達、もう少しタツマさんとしっかりお話をしたいと思いまして」


「タツマは仕事の話ばかり」


バラバラに言う二人に目を白黒させ、それを理解した辰馬は苦笑しつつ頭を下げ答えた。


「それは申し訳ない、失礼しました。それで私と話したい事とは?」


「それは・・・・・」


「私達の故郷、タツマがそこで何をするつもりなのか聞きたい」


逡巡するフィルカとずばり核心を突くロキシー。

それに対し辰馬は少しばかりを逡巡した後に、目を細め、ゆっくりと口を開いた。


「此れは戦略的な話になります。貴方達の故郷や同じ種族の方達には戦力となって戦ってもらうということでもあります」


そこで一息つくと辰馬は問いかける。


「凄惨な戦争が起こると言うことです。それでもこの先を知りたいですか?」


辰馬は只淡々と無表情に言葉を放つ。

その顔を見たフィルカが唾を嚥下した音が響いた。

ロキシーは額に水滴を浮かべている。

辰馬が発するのは、戦争と言う物に長くその身を置き、それによって多くの命を奪ってきた者だけが持つ、一種独特の雰囲気である。

その雰囲気に気圧されるようにフィルカとロキシーは思わず一歩後ろに下がっていた。


「それでも・・・・・それでも知りたいです」


「ん、知らないままは困る」


一歩を下がりながらもフィルカとロキシーは気丈にも言葉を返す。

それがどんな苦しみを迎えるのか、多少は想像が及んでるのだろう。

その身体は小刻みに震えていた。

それを目の当たりとし辰馬は溜息と共に話す事を決める。


「そうですね・・・・・分かりました。では・・・・・」











「というわけで、決して最初の約束は守ると此処に御約束致します」


時間にして小一時間、その話は合いの手すら行われることなく辰馬の口より2人に伝わった。


「最後にお聞きしたい事は“戦利品”についてです」


フィルカが辰馬に問いかける。


「何故、“戦利品”を私に?」


「ああ、驚かせてしまった様ですね、申し訳ない」


そう言って一息ついた辰馬は夜空を見上げながら続けた。


「彼女達は盗賊達により略奪された者達です。報告では彼女以外にも大勢の人間が殺されていたようです、そんな傷付いた彼女達を介抱するには、盗賊達と変わらぬ無骨者な我々よりもフィルカさんやロキシーさんのような同じ女性の方が良いでしょう。そういうわけです」


戦利品とは、盗賊達に略奪された商隊や近隣の村々より浚われた女性達であった。

その多くは既に息絶えており、生き残った数名すらも傷付き襤褸のように打ち捨てられていたと言う。

更には、陵辱されていた事もあり酷く怯えていた。

そんな彼女達を介抱するには男手ばかりの大隊員よりもフィルカとロキシーに任せるより他になかったのであった。


「そうですか・・・・しかし、彼女達を保護して・・・・・どうするのですか?」


何かを訴えるかの様に辰馬を見つつ更に問うフィルカ、ロキシーは一歩下がったまま、ただ黙って成り行きを見守っている。

そんな2人を交互に見ながら辰馬は答えた。


「どうもしません、ある程度の回復を臨めば道中の村か町で保護してもらえるように掛け合うぐらいでしょうか?幸いにも我々の戦力等を見せたわけではないので問題ないでしょう」


「・・・・・」


「分かりました。急にこんな事をお聞きして申し訳ありません」


そう言ってフィルカは頭を下げる。

その顔は少し嬉しそうでもあり、また不安そうでもある、そんな微妙な顔をしつつ顔を上げた。


「それと冒険者の彼女ですが、あと2、3日もすれば歩けるようになるかと思いますので、その際はもう一度彼女に事のあらましを教えてあげてください・・・・・仲間がどうなったのか知りたいらしいので・・・・」


「そうですか・・・・・報告ありがとうございます。ではそろそろ冷えてきましたし戻りますね」


そう言って頷くと1人、辰馬は洞窟へと歩いて行く。

その背を追うでもなくフィルカとロキシーはその場に残り辰馬の背を見送った。


辰馬の姿が洞窟に消えた後、辺りには大隊の兵達の寝息と風に揺られる草ヶの擦れる音だけがしていた。

その静寂の中、ポツリと溢すようにフィルカは喋り出す。


「ロキシー・・・・あの人は戦う為だけに存在しているような人だけど、決して悪い人間ではないと思うんです」


「同感。只そうあろうとしているだけ・・・・自分の命すらただの数に入れてる。だからこそ危うい」


「そうね、でもそれは、ここに居るあの人の仲間達もそれは同じだと思います」


ただ頷くロキシー。


「だから、私はこの人達を死なせたくないです。まだ、その在り方の表面しか知れていないし・・・・その本当の姿を見てみたいから・・・・・」


「私も見たい。だから手を貸す」


「戦争なんて本当はしたくないです。また知ってる人が居なくなるのは怖いんです。でも私達亜人が、皆が平和に暮らすには必要だって事も分かってるんです・・・・・・・・・・母さん・・・・・私はどうしたらいいんですか・・・・・?」


嘆くように小さな声で、1人呟くフィルカの背中を見て、ロキシーは同じように下を向いて呟く。


「私も分からない。でも、あの人達を見てれば何か分かりそう。それにこの人達は優しい。この人達はきっと何かをしてくれる。そんな気がする」


そう言ったロキシーは、すでに顔を上げてフィルカの背中を見つめていた。

その言葉に振り返りロキシーを見つめ返すフィルカ。

その背丈は大人と子供程違うが、その目が示す意思はロキシーが遥かに上回っている。


「分かりました。ロキシー、私も付いて行きます。彼等が心配なのは本心です、それにあの優しい人達が行く道を私も最後まで見てみたいんです」


弱々しい笑顔だった。

しかしその弱々しい笑顔の中にも一つの覚悟が見て取れる。

そんな笑顔を浮かべるフィルカに頷き返しロキシーは一歩踏み出した。

そんなロキシーに付いて行くようにフィルカも歩き出す。


その行き先は洞窟の入り口だったが、2人には先の見えない長い道にも見えている。

しかし2人の顔は不安はあれど絶望は無く、更に先へと共に歩き出す。



夜は更けた。


明日より更に忙しくなる事も折り込み済みである2人は、数日後の出立へ向けて早々に就寝する事にしたのであった。

その夜の2人は不安や絶望、苦しさや辛さを忘れよく眠れた様であった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移した大隊は 枕草子 @makura-margin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ