第7話 移動準備と収獲
「それは・・・・いいのですか?我々を招き入れるという事はロキシーさんの故郷や思い出の場所が荒らされてしまうのと同義なんですよ?」
「構わない。ドワーフは場所や建物に執着しない。ある物は有効に活用すべき」
いつもと変わらない表情のままロキシーは言う。
その顔を見つめたまま辰馬はその真意を覗こうとするがロキシーの表情からは何も読み取れなかった。
溜息と共に辰馬は頷くと膝に手を当て深々と頭を下げた。
「ロキシーさん、貴女の故郷に我々を連れて行って頂けますか、我々にはまだ何もお返しをすることはできません。しかしこの恩はいずれ必ずお返しするとここに誓います」
椅子に座ったままであるがその姿は彼女にどう映ったのだろうか。
静かに立ち上がる音と共に辰馬の頭に声がかけられる。
「どうか頭を上げて欲しい。貴方は言った。我々の尊厳を守る為に戦うと、ならば私もそれに協力するのはあたりまえ。馬車はすぐに作成にとりかかる、木材が必要。誰か手伝って貰えると助かる」
頭を上げながら辰馬は応える。
「ありがとうございます。勿論、お手伝いできる事があればなんでもおっしゃってください、一個小隊を木材調達に回しますので」
「こちらこそ助かる。ではすぐに取り掛かる」
頷きながら応えるロキシーに笑顔を向け頷き返す。
「真壁少尉を付けるので外で待っててください」
「分かった」
そういうとロキシーはすぐに会議室を出て行った。
その背を見送っていると不意に部屋の中から声があがる。
「あ、あの!」
フィルカが意を決したように上げた声だった。
「なんでしょうかフィルカさん?」
そちらを振り返りつつ訪ね返す。
「私は何をしたらいいでしょうか?なにかお役に立てるといいのですが・・・・」
何やら焦っている様にも見えるフィルカを宥める様に辰馬は優しげな声で言う。
「すでに十分役に立ってもらっていますが・・・・そうですね、早急に負傷者を喋れる程度に治療して頂けると助かります。お願いできますでしょうか?」
「はいっ!」
とてもいい笑顔での返事であった。
思わず苦笑しながら辰馬は頷くと立ち上がりながら促す。
「では一緒に来て頂けますか?来てすぐで申し訳ないのですがまた外に行かなくてはいけないようですので」
「はい、でもどうしてわざわざここへ?」
同じく立ち上がりながらフィルカは疑問を投げかける。
「お二方の故郷や家族のお話は辛い事もあるでしょうし、あまり周りに言いふらすような事でも無いと思いまして、内密なお話をさせてもらおうかと思ったんです」
そういいながら苦笑する辰馬を見つめながらフィルカは黙って頷くと言う。
「いえ、お心遣いありがとうございます。私達の為に戦ってくださると言ってくれた方達になら、私の事情を少し知られるぐらいなんともありません。それに・・・・・・」
そのまま黙り込んでしまったフィルカ。
暫しその顔を見ていれば赤くなったり青くなったりと忙しい事この上ない。
先を促すように辰馬は声を掛ける。
「それに?」
「い、いえ!なんでもないです!さぁ行きましょう!」
やけに元気な声と共に急ぎ足で部屋を出て行くフィルカを眺めながら辰馬もその後に続いて出て行った。
負傷者の治療をしているフィルカの背中を見ながら辰馬は考えていた。
負傷者とは言え、元は敵対した元傭兵団の人間である。
喋れる程度に回復させた後、縛り上げて街道に放置していくつもりであったが聞き出さなければいけない事もいくつかあった。
元傭兵団の拠点位置や、その行いから考えられる人質や奪った物資の在り処、その他にもこの国の情勢など聞きだしたい事は多分にある。
しかし、あまりに時間を無駄に使う事も現状では愚策とも考えられた。
それらの事を考慮し、辰馬は結論を出す。
「フィルカさん、その程度で十分です。聞きだせる事を聞き出した後は街道に縛り上げて置くので、この国の憲兵などが引き取ると思いますので」
その言葉に治療をしていた手を止め、振り返ったフィルカは静かに頷くとその位置を離れた。
「斉藤中尉は居るか!」
その声に答え、辰馬の元へと駆け寄ってきた斉藤中尉は敬礼と共に声を上げる。
「はっ!何か御用でありますか」
それに返礼しつつ辰馬は元傭兵団の捕虜を指し告げた。
「この者達から拠点の事や、この国の簡単な情勢等を聞きだした後に街道に出しておけ、後で各中尉達と共にその情報を精査するので頼んだぞ」
「はっ!」
頷き返し、その場を離れる辰馬はフィルカにも移動を促した。
「では我々は暫く離れていましょう」
「ぇ・・・・話せる程度には回復しましたが、まだまだ予断を許さない状態ですけど大丈夫でしょうか?」
若干、心配そうに負傷者と辰馬の顔を交互に見ながら言うフィルカ。
その心の優しさが分かろうという物である。
だからこそ、この先は見せられないとも思う辰馬は、この場を離れる事を尚更に勧めるのであった。
何故なら、これから行われる元情報将校でもある斉藤中尉の拷問とも言える尋問が始まるのだから。
「大丈夫ですよ。死なせるような事は無いですし、それなりに『丁重』に扱うでしょうから」
「ならいいんですが・・・・・」
そうして後ろ髪を引かれている様子のフィルカを連れて辰馬は洞窟へと引き返すのであった。
その後、斉藤中尉の聞きだした情報により、元傭兵団の戦利品が置いてあるというその拠点位置が割れた。
その事を聞いた辰馬は直ちに熊澤中尉と2個小隊をその拠点に向かわせたのであった。
元傭兵団という、野盗達の根城へと向かう道すがら熊澤は考えていた。
果たして、あの者達からの戦利品に一体なんの利用価値があるのか。
大尉殿は、何の為に我等を戦利品収集を命じたのか、まるで分からなかった。
襲ってきた野盗が乗っていた馬に跨り、熊澤中尉はその無精髭を撫でつけ唸る様に呟く。
「ううむ・・・・この行軍に意味はあるのだろうか・・・・・」
その独り言とも言えない呟きを耳にした熊澤中尉の元々の副官兼、補佐官、伊井少尉が熊澤の後方より声を掛けた。
「熊澤中尉殿、何か気がかりでもありましたか?」
真面目そうな顔で訪ねる伊井少尉に振り返り、熊澤中尉は顎髭を撫でながら答えた。
「残存の敵対勢力が居ないのが分かっている野盗の拠点に、2個小隊もの戦力を投入してまで野盗共の持ち物を得る必要があるのか不思議に思ってのぅ・・・・・・」
「そりゃ熊澤中尉殿がいくら考えても分かるはず無いですな」
口の端に笑みを浮かべながら伊井少尉はそう言った。
この伊井少尉という男、普段は真面目そうな顔をしている癖に言う事はとことん厳しい。
しかし、厳しい事を言いつつも常に熊澤中尉の事を慮って冗談混じりに言うので悪意は無い。
それが分かって居るからこそ熊澤中尉自身も伊井少尉の言葉に嫌味も感じずに接していける。
「そりゃ儂がいくら考えても仕方ないのは分かっているが、大尉殿の狙いが少しでも理解できたらと思っただけじゃ」
「大尉殿も熊澤中尉殿に心配されるのも心外なのではないでしょうか?」
その言葉に少し睨み返しながら熊澤は言う。
「わかっとるわい!何を期待して、儂等を向かわせたのかが気になっただけじゃ・・・・・・・・・・・まぁ気にしても仕方ない、そろそろその拠点に着くころじゃろ、周辺警戒を厳にせよ!」
『はっ!』
「まったくお前等は、返事だけは良いんだからのぅ・・・・・」
そう言いつつもその顔はどこか楽しげであり、また信頼に溢れていた。
その熊澤中尉の顔を見る部下達も又、その顔は笑顔でありつつも信頼を預けている顔をしている。
彼等の関係が良く分かるとも言えるだろう。
「では、投降する者や人質の者等が居たら丁重にな!発砲は各自の判断で撃ってよし!周辺の警戒を厳にしつつ拠点確保せよ!進軍開始!」
『応っ!』
そして、気合の言葉と共に進軍していく部下達と共に熊澤中尉も進軍していく。
幾許か進んだ時に、切り立った崖の壁面に穴が開いている。
穴の前には、野営の跡と思しき焚き木の燃え滓等が散見できる、少し広めの平地へと続いていた。
その野営地へと森を抜け足を踏み入れた兵士達が、一様に静かになりその足を止め立ち尽くす。
「どうした!何故止まる!何か見つけたのか!」
しかし、その声に反応した幾許かの兵達は複雑な顔をしたまま熊澤中尉に各々振り返り、そして俯き悔しそうに唇を噛みしめる者や痛ましい顔をする者ばかり。
それを疑問に思った熊澤中尉は兵士達を掻き分け先頭へと出た。
そこで目にした光景に熊澤中尉は呆然としたまま呟いていた。
「こ、これは・・・・なんという・・・・・」
斥候により、熊澤中尉とその指揮下に居る2個小隊がそろそろ帰着すると連絡があった。
辰馬は出迎える為に洞窟より出て、夕暮れに沈みかけた辺りを見渡した後に、丘の下にある森へと視線を送る。
丁度その時、森の暗がりから馬に乗った熊澤中尉とその副官の姿が出てくる所だった。
それを確認し、辰馬が頷きつつゆっくりと向かってくる部隊を眺めている後姿に声がかかる。
「あの、タツマさん、クマザワ?さん達はどちらへ行っていたんですか・・・・?」
洞窟から出て行く所を丁度見かけ、辰馬の後を追ってきたフィルカだった。
「ああ、フィルカさんですか。熊澤中尉達には一寸戦利品を取りに向かって貰ったんですよ」
「戦利品?」
辰馬は背後で首を傾げているフィルカの気配を感じ、若干苦笑しながら言う。
「まあ、戦利品というのも憚れるのですが、野盗達の拠点へと遠征に行って貰ってたんです」
「ぇ・・・・で、でも、拠点って言う事は守っている人が居るんじゃないんですか・・・・?」
戸惑いと驚きが入り混じった声が響く。
それに辰馬は冷静な声で、話を逸らすように、ゆっくりと語る。
「先の襲撃にて、生き残った者達が居ましたよね?」
「はい・・・・・タツマさんの指示で、私が治療しましたし覚えています」
何故こんな事を聞くのだろう?というのがありありと分かる声音だった。
それを無視して辰馬は更に続ける。
「そうです、そして、その者達には捕虜として尋問し、必要な情報を洗い浚い吐いて貰いました」
「尋問・・・・・」
自嘲気味に笑いながら辰馬は訂正する。
「失礼。尋問だけでは語弊がありますね。拷問し、尋問し、必要な情報を得た後に」
若干の間。
「処分しました」
一時の空白があり、フィルカが震える声で辰馬に一歩詰め寄る。
「そんな・・・・・折角持ち直したのに、あんまりなのではないでしょうか・・・・・」
衝撃を受けているだろう事が感じられる、そんな声。
それを背で聞きながらも辰馬は動じずに平坦な声で告げた。
「彼の者達は傭兵団とは言えど、只の野盗と変わりありません。しかし、その行いは目に余る物がありました」
「だからと言って、捕虜にした者を問答無用で殺すなんて・・・・・・」
「そうですね・・・・・」
それきり、何も語らない辰馬の背を見つめながらフィルカはただ立ち尽くしていた。
幾許もしないうちに、熊澤中尉達が側まで来ている事に気付くフィルカは、既に迎える様に歩き出す辰馬に慌てて付いて行く。
すぐ側まで来た熊澤中尉は乗っていた馬より降りると辰馬に敬礼と共に辰馬に報告する。
「只今帰着しました。ご指示の通りに野盗拠点へと赴き、【戦利品】を回収してまいりましたぞ」
返礼を返しながら労う辰馬。
「ご苦労、嫌な役を押し付けてすまないな・・・・・」
「何を仰るんじゃか、やはり大尉殿の指示に従って正解でしたとも!」
破顔するようにその無精髭を笑顔にする熊澤中尉に辰馬も若干笑みが浮かぶ。
「ああ、ありがとう。諸君もご苦労だった。疲れただろう、洞窟にて休むといい」
熊澤中尉の後ろに付く2個小隊の面々にも労いの言葉を贈り休憩の指示をする。
『はっ!』
その顔色は十人十色だったが誰も落ち込んだり思い詰めたりしたような顔の者は居なかった。
小隊員達を見送る辰馬に横に並んだ熊澤中尉が声を掛ける。
「して、大尉殿、戦利品はいかがなさいますかのぅ?」
その熊澤中尉の後ろには1個分隊ほどの人数が残りその背に何かを背負っていた。
辺りはすっかりと夕闇に沈み若干離れているその者達の様子はよく見えない。
辰馬は見えていないにも拘らず告げた。
「ああ、丁重に洞窟へ運んでくれ」
「はっ!」
それに応えるのは分隊員達。
すぐさま洞窟へと向かって歩き出したのであった。
それを見やりながら、そこまでのやり取りを黙って見ていたフィルカに辰馬は声を掛ける。
「ではフィルカさん、出番です。どうかよろしくお願いします」
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