第6話 異常と蹂躙
この落とし前は必ず着ける。
そう宣言をして部下に命令をした。
相手は200人前後の棒の先にナイフを括り付けただけの雑魚共だ、そう時間も掛からずに殺しつくすだろう。
そう、この光景を目の当たりにする前までは簡単に蹂躙できるだろう、と思っていた。
「どうなっている、この音はなんだ!?カーグの奴はどうした!」
「旦那は真っ先にど頭(たま)を吹き飛ばされて死んじまいました!」
思わず頭が真っ白になっていた。
どうしてこんなことになった・・・・・200人は居た俺の部下はどこにいったって言うんだ。
思い出すのは襲撃部隊の仇と思われる奴らに思い知らせる為に宣言した後、全員で突撃した時の光景だった。
「そうかい!んじゃ死ね!」
そう言い捨てると同時に自陣に馬で駆け戻る。
相手との距離は幾らも無いのですぐに反転しなければ追いつけなくなる。
そう思っていた時に腹の底に響くような轟音が響いた。
俺の傭兵団に招き入れた戦場落ちの魔法兵、カーグの仕業だろうと思わずにやけ笑いが出てしまう。
多少性格と言動に難があったが戦場落ちのイカレタ魔法兵などそんなものである、それを我慢するだけの価値のある拾い物だったと自負すらしていた。
魔法の事はよくは知らないが何かやったのだろうと辺りをつける。
そして一番後方まで戻った後、自身と位置を入れ替わる様に弓矢の援護を受けて突撃していく部下達を眺めようと振り返った先の光景は一瞬前までと、まるで違う世界の様だった。
「お、おれの腕があぁぁぁぁぁ!」「だ、だれか、たすけ・・・・」「なんで腹に穴が・・・・フ、フヘ、フヘヘヘヘ・・・・」「ぐあぁぁぁぁ・・・・・ぁぁぁ・・・・・」「や、やめ・・・・・」
「か、かしらぁぁぁたすけてくだせぇぇぇぇぇ!」「・・・・・・・・カフッ」
これが地獄ってやつなんだろうか・・・・?
そう思える光景が目の前に繰り広げられている。
苦悶の声が部下の前衛半数より聞こえ、残りは物言わぬ屍となり、馬から落ちたボロ雑巾の様に手綱に引っかかりぶら下がっていたり、馬に踏みつけられて原型がなくなっている様な者も居た。
前衛80人前後の部下が一瞬でこの有様である。
その光景に呆気に取られている内に相手から声が聞こえて来た。
「投降する者は武器を捨て手を頭の後ろに組み膝を着け!そうでない者には容赦はしないぞ!」
何を馬鹿な、投降?ありえない。
これだけの事をしでかしてくれたのだどうせ相手にも魔法兵が居たのだろう。
魔法兵相手なら弓兵共が役に立つ。
まだだ、まだ負けたわけじゃない。
「あぁ!?ふざけんな!勝手に逃げ出した奴は俺が直々に殺してやるぞ!おら!立て!立って戦えクソ共!敵は魔法兵でも居るんだろう。矢を射掛けて牽制しつつ特定してぶっつぶせ!」
手近に居た部下に怒鳴りつけて体勢を立て直させつつ。残った前衛と予備、弓持ち達に陣形を組みなおさせる。
まだ100人以上動ける。敵の魔法兵さえどうにかすれば勝てるだろうと。
直後、再び振り返る直前と同じ轟音が鳴り響いた。
そしてほぼ同時に残った前衛と予備を展開させた弓兵護衛陣の盾役が全て倒れた。
「な、なんだ!?どうしたんだ!?」
駆け寄ってきた部下に怒鳴りつける。
「どうなっている、この音はなんだ!?カーグの奴はどうした!」
「旦那は真っ先にど頭(たま)を吹き飛ばされて死んじまいました!」
真っ白になった頭で思う。
まだ宣言し、戻ってから5分と経っていない、にも拘らずすでに味方はほぼ壊滅。残すは少数の弓持ちと自身の側で着いて来ていた部下数名のみである。
「は・・・・・ははは・・・・あっはっはっはっは!」
「か・・・頭・・・・?」
訝しげな顔をした部下を睨み付け告げる。
「おい、突撃準備だ」
「・・・・は?・・・・何を馬鹿言ってんですか、分かっているんで?」
次の瞬間、頭と呼ばれる男は部下を斬り捨てた。
そのまま隣の部下へと視線を向ける。
「突撃準備だ!全員だ早くしろ!」
「へ、へい!」
向けられた視線にたじろぎつつ返事をし、準備に向かった部下を見やりながら男は狂った笑いを浮かべていた。
「第2射準備せよ!」
辰馬は第1射の様子を塹壕から眺めながら静かに目を閉じた。
その耳に次射準備完了の音が届く。
「熊澤中尉、一応降伏勧告は示しておこう、それからでも遅くは無いだろう」
「そうですなぁ、了解ですぞ」
応じた熊澤中尉は塹壕内で立ち上がり大声を張り上げた。
「投降する者は武器を捨て手を頭の後ろに組み膝を着け!そうでない者には容赦はしないぞ!」
その声は混乱する相手にもよく届くであろう大きな声であった。
しかし、投降する様子は見られない。
「投降する様子無し!陣形を組みなおした様であります!第2射準備完了!」
その報告を加味少尉より聞き、辰馬は静かに頷く。
「射撃開始せよ」
「はっ!」
命令を伝えに行く加味少尉を見送り、戦場へと視線を戻す。
既に陣形を組みなおした相手はこちらに突撃してくるようである。
バカな事を、そう思わずには居られない。
相対の戦力が分からないと言うのは愚かであり、且つ只死者を増やすだけである。
それは今は遠き祖国も同じであった、だからこそ辰馬は思う。
誇りや意地は大切である。
帝国軍人として、誇りや意地は最も尊ぶべきであろう。
だが、その誇りと意地に囚われては本当に大切な物は何一つ守れないのではないだろうか、と。
弾薬を節約する為の統制射撃音が鳴り響く中、辰馬はただ無為に突撃し、断末魔と恨み言を叫び倒れ行く武装集団を眺めつつ物思いに耽るのであった。
戦闘と呼べる物ではなかった。
これは只の蹂躙であり、虐殺であった。
そうとしか呼べないだろう。
己が今までしてきたことだ、よく分かっている。
だから此れは報いなのだろうか。
擦れた視界に移る空はいつもと変わらずに流れていく。
もう部下達は生きては居ないだろう。
自分も、もう長くは無い。
力の入らない身体に痛みだけを訴える身体。
ただただ苦しいだけの今際の際。
ふと足音が聞こえた。
草を踏みつける音と共に顔に影が差す。
その影が何かを言った。
しかし何も聞き取れない。
何を言っているのか理解できない異国の言葉だった。
口を通り過ぎた自分の呻き声に、何事かを呟き影は手にした槍の様な物を掲げた。
それが自分の胸に迫るのを見ながらただこの苦しみから解放される事に安堵の息を漏らした。
後はひたすらに暗く暗くただ暗い場所へと落ちていくだけだった。
勝鬨は上がらなかった。
ただ倒れ付す人々と混乱し暴れ嘶く馬とかろうじて生きている負傷者の呻く声。
それらを前に辰馬は号令を下す。
「塹壕より出て掃討せよ。助からない者には介錯をしてやれ。助かりそうな者には手当てを」
「はっ!」
これに応える熊澤中尉に頷き返礼したのち踵を返した。
「者共掃討じゃ!助からん者には介錯をしてやるんじゃ!」
その大声を背中で聞きながら辰馬は洞窟入り口でこちらを見ていたフィルカとロキシーの元へと向かう。
助かりそうな負傷者の治療や敵対集団の装備品等で使えそうな物等を見繕う事を頼む為である。
しかし、その当のフィルカとロキシーは口を半開きに開けたまま呆然と戦場を眺めていた。
まだ少し距離があるのでその顔を眺めながら辰馬はこれからを考える。
このままこの場所に居座るのは愚策であろう。
これだけの規模の傭兵団が居なくなったとすればいずれこの事が露見する。
明日明後日の事ではないかもしれない。
しかし、そうなればこの場所も発見される確率が高いだろう。
なればこそ馬をある程度確保できたのは僥倖である、早急に荷馬車を作り足し移動を開始させる必要がある。
残りの弾薬も考えねばならない、悩み事が尽きないのはどこの指揮官でも同じなのだな、等と考えて歩いていればすぐ目の前にフィルカとロキシーの姿があった。
「た、タツマさん、これはいったい・・・・」
「タツマの部下達強過ぎる・・・」
愕然とした顔のままそうこぼした2人にふと思い当たる。
「そういえば我々の戦闘を見たのはこれが初めてでしたか?」
黙ってコクコクと頷く2人に苦笑しつつ告げる。
「これが我々の戦い方であります、少々婦女子には刺激が強かったでしょうか?」
「い、いえ・・・大丈夫です・・・・」
「大丈夫・・・・・」
唖然としたままそう返事をする2人に笑いかけながら洞窟の中に行くように促す。
この後の掃討風景は刺激が強過ぎるであろうからと。
戦場跡となった小高い丘は200人近い死体と騎手を失った馬とが入り乱れていた。
そこを銃剣を持った中隊員が虱潰しに歩いていく。
死体の検分を行い、辛うじて息のある者に止めを刺すためである。
ちらほらと南無阿弥陀仏と唱えながら銃剣を掲げ刺突する姿が見受けられた。
そんな中、熊澤中尉は敵将と思しき最初の男を見つけた。
「これはもう助からんな・・・・・介錯をしてやろう」
言葉は通じたかどうかは分からない。
しかし、救いを求める様に天に差し出された手と呻き声だけが返ってきていた。
「ぅぁ・・・・ぅ」
「ああ・・・・その御霊が安息を得られる様に、安らかに眠れ」
そう告げた後に銃剣をその胸に突き立てた。
そして静かになったその顔は安らかであったのか、又は苦悶に満ちていたのか、それはよく分からなかった。
そして辺りを見渡せば掃討は終わり数名の敵負傷者を収容し、撤収準備が始められていた。
そこに号令を掛ける。
「戦死した者共を埋葬してやるぞ!荷車に載せて森へと埋葬してやるんじゃ!武器や装備品など使えそうなものは回収する!馬は全て頂く!準備が終わり次第任に当たるんじゃ!」
『はっ!』
そして辺りを見渡した熊澤中尉はポツリと零す。
「やっている事はこいつらと変わりゃぁせんが・・・・・有効に使ってやるとしか言えんのぅ」
その言葉を聞いていた者は居なかった。
言葉にする者は居なくとも誰でも分かり切っている事であった。
洞窟の中は静かにすぎる。
そう思うのも致し方ないのかもしれない、なにせ大隊の隊員は全て外に出払っているのだから。
そんな静寂の中を3つの足音が目的地に向かっていた。
「タツマさんどちらへ?」
訪ねるのはフィルカ。
「作戦会議室ですね。お二方にお願いがありまして」
「お願い?」
訪ね返すはロキシー。
段々この2人も息が合ってきたなと思いつつ辰馬は返す。
「外の敵負傷者の簡単な治療等ですよ、着いたら詳しい事を話します」
「わかりました」
「わかった」
2人それぞれ返事をし後は黙って着いて来る。
会議室とは名ばかりの洞窟の1室、もう目の前まで来ていた。
「では自分と狭苦しい部屋で恐縮ですが少々の間我慢をお願いします」
「そんな!我慢だなんて!」
「わかった」
盛大に反応してくれるフィルカと淡々と了承するロキシーに苦笑しつつ椅子を勧め座らせた。
「さて、話と言うのは他でもありません。先程も言いましたようにお願いです」
その言葉に2人はそれぞれの反応を見せる。
「そのお願いと言うのはなんでしょうか?」
「内容による」
それに頷き辰馬は続ける。
「まずはお願いにまつわるお話を、現在我々が居るこの場所では補給もままならないのはお分かりかと存じます」
「「はい」」
返事を確認しその二人を交互に見やりながら辰馬は続けた。
「それに当たって今さっきの戦闘もありましたし、この場所が他勢力に露見するのも時間の問題となりました、よってこの場所を放棄し他に拠点と出来る場所に移動する必要があります」
「分かります」「うん」
理解してくれているようで一息する辰馬は更に続ける。
「よってお願いになりますが、お二方の故郷、又は知っている場所でこの人数を受け入れ、且つ補給が可能となる場所に心当たりはありませんでしょうか?如いてはその移動の為の荷馬車を増やしたり負傷者の治療もお願いしたいのです・・・・・・・その前に今回の相手の拠点を特定し使えそうな物等を鹵獲しようと思っていますので、早急に捕虜の治療と荷馬車の作成をお願いしたいのです」
ここまで一気に話し、一拍の間を開け辰馬は告げる。
「お願いできますでしょうか?」
その言葉に先に反応したのはフィルカであった。
「治療に関しては彼女の容態を優先しても構わないでしょうか?」
彼女とはすでにこの洞窟内で臥せっているあの彼女の事だろう。
「勿論です。とりあえず捕虜に関しては喋れる様になればそれで構いませんので」
「ありがとうございます。移動先については私の故郷・・・・家は森に建てた小さな家だけですので、お役には立てないかと思います。エルフ達の集落であればご案内できるかと思いますが更に森の奥深くなので移動には更に時間がかかるかと・・・・・」
若干の逡巡を感じたが辰馬は頷き返す。
「それで十分です。ありがとうございます」
そこでロキシーが声を上げた。
「私の故郷なら大丈夫。補給も可能。おそらく私の同族達は居なくなっているだろうから、この程度の人数なら収容可能」
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