第5話 目覚めと発見
翌日、辰馬は早朝より駆け込んできた斉藤中尉とフィルカによって叩き起こされる事になった。
「大尉殿!ロキシー殿のおかげでなんとか目処が立ちそうです!大尉殿起きて下さい!」
「タツマさん!彼女が目を覚ましました!お願いします!起きて下さい!」
扉など無い、只の洞窟の小部屋である。
多少、人の手により使い安いように掘られては居るが、本当に只の穴倉とも言える場所で、たとえ入り口から声を掛けたとしてもその大声はよく響いた。
「すまんが聞こえているしもう起きている。もう少し声を抑えてくれまいか」
頭痛を堪えるかの様に頭を抑えながら被っていた外套を払いのけ起き上がる辰馬に二人はそれぞれの反応を見せつつも声のトーンは下がらない。
「大尉殿、弾薬の補給は近いうちに可能であるとここに報告します!」
「タツマさん、寝込んでいた彼女が目を覚ましましたのでどうか直接お会いして頂けますか?」
敬礼しつつ報告する斉藤中尉と頭を下げながらお願いするフィルカ、それぞれの言葉を聞きつつ優先順位を勘案する辰馬は口早に指示を送る。
「斉藤中尉、補給は任せるので引き続きその他の物資の調達も可能かどうか調べてくれ」
「はっ」
「フィルカさん、彼女のとこへ案内して頂けますか?お話をしないといけない事もありますので」
「わかりました、こちらです」
フィルカに案内を頼みながら起き上がり軍装の上着を羽織ながら彼女に付いて行く辰馬。
先を行くその金髪の後頭部を見つめながら、辰馬は昨夜就寝時の気温に考えをめぐらせていた。
元々南方の温暖な地域に配属されていただけに、この地域に適した服装という物が部隊全員に足りていないという点にも頭を悩ませる。
幸いにも昨夜はそれほど寒くならずに一安心ではあった。
しかし、と辰馬は更に頭を巡らす。
目が覚めたと言う深手を負っていた少女。
辰馬にはその立場が今一分からずに居た。
説明された時には護衛の冒険者と言われたが冒険者と言う者が一体どういう物なのかさっぱり分からないのである。
それもそのはず、そんなファンタジーな職業に心当たりのあるような者が居るはずもないのである・・・・
いくら考えど答えの出ない考えは直接聞くしかあるまいと何度かフィルカやロキシーに聞きなおしては見たが今一要領を得ない。
彼女達も又、人から聞いた話をそのまま話しているだけに過ぎないのだからそれも仕方ないのかもしれない。
そうこう考えているうちに然程広くも無い洞窟、すぐに目的の部屋の前まで来ていた。
フィルカがドアの代わりに張ってある布の手前で声を掛ける。
「すみません、ここの一番偉い人に来ていただきました。入ってもいいでしょうか」
「・・・・・・は、い・・・・ど、うぞ・・・・・・」
聞こえてきたのは途切れ途切れの息遣いと呻くような返事であった。
その返事を聞き届けると先にフィルカは布をすり抜けて中に入っていく。
それを見届けた辰馬も同じように声をかけつつ布を捲くって入って行った。
「失礼する」
そこに広がる光景はとても【酷かった】のが分かる物だった。
しかしそれは過去形で正しいのだろう。
確かに辺りに置いてある布は多くの血を吸って赤く染まり、吐血でもしたのか暴れでもしたのだろう。と思われる血痕等があちこちに飛散した後が残っている。
しかしそのどれもが拭き取った様な後が見られる。
残念な事に水で濡らして拭いたわけでは無いようなので本当に手近にあった物で延ばした様に慌てて拭き取った事が見て取れる状態である。
「体は大丈夫なのですか?」
「・・・・はい」
思わず心配になる程の衰弱ぶりである。
辰馬は返事をするにもまだ辛そうに見えるので、どうしようかと頭を悩ませた。
「とりあえず、今はゆっくりと体を休めて体力を回復させてください。また元気になったらお話を伺いたいと思います」
「はい・・・・すみません・・・・でも・・・・」
脂汗を流しながらも何かを必死に伝えようとしている様子が見て取れる。
その様子に床に寝かされている
「なんでしょうか?」
「・・・・・襲撃してきた野盗は・・・・・・・この辺り・・・・・縄張りにする・・・大きな元傭兵団です・・・・・・恐らく・・・・・まだ大勢残っているはず・・・・・・・」
「というと?」
「襲撃部隊の戻りが・・・・・遅いと・・・・・・様子を・・・・・見に来る・・・・・・近くから・・・・・・移動しないと・・・・」
途切れ途切れながらも根気よく聞いていれば先の襲撃者達はまだ大勢居るようである。
そして段々と声も小さくなっている、意識が朦朧としているようだった。
そんな状態なのに危機を教えるために苦しいのを堪えながらも伝えようとしてくれる彼女に敬服し頭を下げる思いで応える。
「ご安心を、すでに防衛線の構築は完了しております。どうか静養していてください」
そこまで言った時に伝令の声が聞こえてくる。
「大尉殿は居られませんか!?至急のご報告であります!」
「どうした騒々しいぞ!大尉殿なら例の負傷者の所に居られる、静かに行くんじゃぞ!」
熊澤の大声と共に聞こえる何か慌てているような声。
それを耳とした辰馬は立ち上がり、そちらへと向かうことにした。
「どうやら何事かあったようですね、それでは私はこれで失礼します。フィルカさん、後はよろしくお願いします」
苦しそうな顔のまま目を閉じていた彼女の様子を覗き込んでいたフィルカに辰馬は後を託し伝令へと向かうべく軽く敬礼をした。
「はい、おまかせ下さい!」
辰馬の敬礼を真似てるのだろう彼女なりの敬礼で返事をしていた。
そのまま呪文の詠唱を始めたフィルカに背を向け歩き出す辰馬は布をくぐって伝令の姿を探す。
「大尉殿!探しました、こちらにいらっしゃったのですね」
「加味少尉か、何事だ?随分と慌てていたようだが」
情報将校である加味少尉が先の声の主であったようだ。
簡易敬礼と共に話し出す伝令と一緒に作戦室へと歩き出す。
「先日の野盗の残党と思われる武装集団がどうやらこちらへと向かっているようです」
「数は?」
「その数、大凡200」
「目的は予想できるか?」
「斥候の話では襲撃現場へと向かっているようですが、頻繁に斥候を出しているようです。おそらく襲撃部隊が戻らないので様子見に来たところでしょうか?現状をみればこちらを発見するまでに差して時間は掛からないかと」
「時間は?」
「後、3時間ほどで襲撃現場へと到着するそうです」
簡単な情報を聞きながら作戦室の布をくぐる。
中には既に各中隊指揮官である小林、斉藤、熊澤各中尉が揃っていた。
「既に集まっているな?先日の残党が接近中、凡そ3時間後接見だ、先の作戦どうりに行動を開始、捕虜は1人乃至2人確保せよ」
「「「はっ」」」
たったそれだけの言葉で全ての作戦が伝わっている。
これは事前に情報を手に入れ対策を練り、入念な作戦共有と普段の訓練により鍛え上げられた兵である事の証左であった。
「加味少尉、武装集団の戦力詳細は分かるか?」
「はっ、武装集団約200は馬に乗馬、その武装は剣や槍等の刃物や鈍器が中心で、弓や弩弓等を持つ者が2~30名ほどだそうです。そしておそらく件の魔法兵と思われる何も持って居ない者が1人武装集団に紛れているようです」
「そこまで詳細に調べたのか、良くやったと伝えてくれ」
「はっ、必ず」
「聞いたな、まず気をつけるべきは弓や弩弓だ、魔法兵とやらは狙撃班に任せよう・・・・防備に木楯を用意しておくべきだったな・・・・」
「塹壕が掘ってありますので特に問題はないと思いますが」
「念には念をだ」
斉藤中尉の進言に懸念を伝える。
「だが離脱者は1人も出さないようにせよ、これは厳命する。作戦開始!」
「「「はっ」」」
「これはどういうことだ・・・・?」
襲撃予定地点に着いたものの血の染みが地面にある以外はすでに何も無い街道上での最初の一言がそれだった。
「頭!向こうの森の中に墓みたいなもんが作ってあります!」
「墓?そんなもんこの辺りにはなかっただろ、誰のだ」
「誰のかはわかりませんが80個ぐらいありますぜ・・・・」
「なに・・・・・?」
その数は襲撃予定の商隊と仲間達の人数とを丁度合わせたぐらいの数である。
頭と呼ばれた男はその場所へと馬に乗ったまま走っていった。
その顔は嫌な予感がすると言った時と同じだった。
「これは・・・・・・・」
そこにあった墓らしき物とは土の盛られた上に石が置かれただけの物であったが石の前に武器であった剣や斧等が寝かせて置いてあった。
その武器を見て確信に変わる。
「あれはあいつらの使ってた武器だ・・・・ってーことはこれはあいつらと商隊の人間の墓ってことだろ、それに俺らの収穫物も持って行っちまいやがった」
「それは・・・・・」
頭の言葉に言いよどむ部下と思しき男。
「おい、これをやったのが誰かは知らんがわざわざこっちの仲間まで埋葬してくれたんだ。礼をしなくちゃだろ?・・・・・探せ、草の根分けてでも探し出せ!」
「すぐに!」
慌てて隣に留めてあった馬に飛び乗り走り出す、その男を見送りながら怒りとよく分からない感情に支配された顔で呻くように頭と呼ばれた男は呟く。
「必ず報復は受けさせてやる・・・・」
作戦開始宣言より2時間と少し経った頃、その報告は来た。
「報告!武装集団の斥候がこちらを発見、南の街道より真っ直ぐ馬を走らせ接近してきます!」
その報告を受けすぐに号令を発する。
「戦闘準備!馬はなるべく殺すな!」
「はっ、了解!」
伝令へ命令を伝え洞窟入り口より南を眺めれば馬が立ててると思わしき土煙が街道方面より森へと入っていくのが見て取れた。
「さて、これで足が手に入るか・・・・・」
その言葉を置いて塹壕へと歩き出す辰馬。
その後ろ姿を洞窟の入り口から眺めるのはフィルカとロキシーの2人。
その2人は黙って辰馬を見送った後、南に上がる土煙を眺め目を細め、そして目を閉じてただ黙って胸に手を当てていた。
「武装集団はこのまま交戦に移る模様です」
「狙撃班に伝令!敵魔法兵を探し出し合図と共に即座に狙撃、これを無力化せよ!」
「はっ」
塹壕を出て走り出す伝令から視線を外しすぐ側にまで迫った騎馬の武装集団へと視線を移す。
森を出てすぐに異常を感じたのかそれ以上近寄ってくることは無かったがその距離は300ほど、すでにこちらの射程圏内である、号令と共に銃撃の嵐が降り注ぐだろう。
そのまま様子見をしていれば武装集団はなにやら陣形を整え始めた。
「随分と悠長な事ですな、こちらはすでに着剣済み、撃ちますか?すでにこちらの射程圏内でありますぞ」
その声に隣を見れば熊澤中尉が獰猛な笑みを浮かべながら射撃許可を求めていた。
「まだ待て、一応敵対行動を取るまでは相手の出方を伺うべきだろう」
「ですな。しかしなにやら1人こちらに向かって来ましたぞ」
「なに?」
その言葉に再び武装集団へと目を向ければ、確かに馬に乗った頬に傷のある男がこちらに近づいてきている。
そのまま様子を見て居ればこちらへ残り5~60ほどで止まると男は大声を張り上げた。
「俺らの仲間を殺したのはお前らか!?」
その言葉に熊澤中尉と顔を見合わせた。
そのまま顎で熊澤中尉へ返事をするように促す。
「ああ!だからどうした!」
「そうかい!んじゃ死ね!」
言葉と同時に剣を抜き放ち振り上げた。
その仕草が合図になっていたのだろう、後方の武装集団が一斉に動き出した。
男は馬を反転させ戻っていく。
「戦闘開始!十分引き付けてから撃て!馬は撃つなよ!」
辰馬は即座に戦闘開始を宣言し部下に伝える。
「熊澤中尉、中央を指揮してくれ、既に左翼は小林中尉が右翼は斉藤中尉が指揮をしている、頼んだぞ」
「了解でありますぞ」
敬礼と共に駆け出す熊澤中尉と同時に矢が中央へと降りかかる。
それを見上げながら辰馬は射撃音を耳にした。
本格的に戦闘開始である。
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