無様でもどこか人肌の温みを感じる、血肉が宿った音楽の一幕

 紹介文で作者が書いているように展開がわかりにくく、しかも華やかな場面があるわけでも奇天烈な人物が登場するわけでもない、少々読む人を選ぶ作品だと思います。音楽との関わりを通して人が決意し、劇的に成長する――そんな物語を求める人には合わないような気がします。
 ですが、自分なりの音楽との関わり方を見つけようともがくも中途半端な浩二や、トラウマと現実に立ち向かう意思もなく弱っていくばかりの水穂、苦労知らずで人の話を聞かない麟太郎など、出てくる人物には共感、同情や苛立ちを覚えると同時に親近感も湧きます。登場人物と物語、どちらも全然かっこよくないし力強くもないのが、身近にいる人たちの話っぽい。そういう安心感がある物語です。