#4

 お別れした人の身体は少ない資源に投入される。

 例えば食事の肉とか、石鹸等に使用する油脂だとか。

 別にそれに良い悪いも無い。

 単なる現実だ。

 でも、僕はその事実に今色々と気づいてしまった。

 アキコ姉とお別れしたら、アキコ姉もまたそうなってしまうという事に。


 変な感情かもしれない。

 少なくともこの団地コロニーの規則からは外れている。

 でも僕はこの時、それは嫌だと強く思った。

 アキコ姉とお別れしたくない。

 そう思ってしまった。

 だから僕はつい言ってしまう。

「アキコ姉、僕からも最後のお願いがあります」


「何かな?」

 アキコ姉はちょっと首を傾げて尋ねる。

「散歩に付き合って下さい。長い散歩に」


 ちょっとだけ考えるような素振りをした後、アキコ姉は言った。

「いいよ。それでどんな用意をしていけばいいかな?」


 思ってもみなかった質問をされてしまう。

 アキコ姉は僕の考えに気づいたのだろうか。

 今の質問の意味がわかってしまったのだろうか。

 でも僕はこの質問を利用しようと思った。

 ちょうどいいと思うことにした。


「食べ物を持てるだけ。次に服を持てるだけ。蓋をして水を入れられるものがあったらそれも一緒に」

 アキコ姉は頷く。 

「長い散歩になりそうね。でもいいの、ミナト君。帰れなくなっても」


 やっぱりアキコ姉は僕の考えに気づいている。

「何でそう思いますか」

「顔に書いてあるもの」

 勿論本当に書いてあるわけは無い。

 でも僕はアキコ姉の言葉に驚きつつもちょっとだけほっとしている。

 色々とごまかしたり騙したりする必要が無くなったから。


「ミナト君はこの調子でいけば大人になれるし、無茶することはないと思うわ」

「でもそうやって大人になって何が残るんですか」


「自分の子孫を未来に残せるわ。それは学校でも習ったでしょ」

「そうかもしれないけれど、でも思ったんです。それに……」


 僕はつい思ってしまった事を口に出す。

「僕が残したいとすれば、アキコ姉と僕との子孫を残したい」

 そう言ってふと恥ずかしくなった。

 僕はとんでもない事を言っているのではないだろうか。


 子供を作る方法は知っている。

 決められた日にシステムに選ばれた相手と性交する事だ。

 身体の調子や状況をシステムが管理調整した上での事なので、数日生活を共にして性交すればほぼ確実に妊娠する。

 妊娠した女性は専用の管理居住区に移り出産。

 子供が乳離れするまでそこで暮らす。

 男性は再びシステムにマッチングされるか25歳になるまで普段の生活を送る。

 そういう方法だ。


 相手はシステムによって決められるのが当然。

 だから仮にアキコ姉がお別れにならないで、僕も大きくなったとしても、子孫を残す相手がアキコ姉になる可能性はかなり低い

 その事はわかっているし特に疑問を感じた事は無かった。

 それなのに僕は今、何を考えているのだろう。  

 とんでもなく恥ずかしい事を言ってしまったんじゃないだろうか。

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