プリンせす・メル

紺野咲良

異世界でも通ずるもの

 メル・アイヴィーは目をしばたたかせた。

 右を見て、左を見て、もう一度右を見てから正面へと向き直る。

(ここは……どこ? 私は……メル)

 つい先ほどまでメルは行きつけのアンティークな雰囲気のただよう喫茶店にいたはずだった。こだわりの自家製プリンが絶品であり、それをいたく気に入った彼女はすっかり常連と化していた。

 だが今現在彼女がいたのは、見慣れた店内の風景とかけ離れているどころか、そもそも周囲に人工物など影も形も無い。辺り一面が緑におおわれた、縹渺ひょうびょうたる大自然の中に独りたたずんでしまっている。

 もとよりこの光景を目の当たりにする直前の記憶からして極めて不可思議だった。

 何の前触れもなく、突如とつじょとして無慈悲なまでの凶悪な眠気に襲われ、あらが猶予ゆうよすら与えられないほど瞬時に意識が奪われてしまった。そして意識の覚醒にともなって感じた、ふわりふわりと空気のように軽い何かで運ばれているような、謎の心地よい浮遊感。

 当然ながら、その起因となった事柄に心当たりなど一切あるはずもない。だがそんな未曾有みぞうの体験をしては、いやおうでも思い知らされてしまう。


 あれは、〝魔法〟のたぐいだったのではないか、と。

 自分は、別の世界――〝異世界〟へと転移させられてしまったのではないか、と。


 その事実に直面してなおメルの顔は能面のうめんのようで、傍目はためには冷静沈着に見えた。しかしながら、それはひとえに感情表現が絶望的なまでに苦手であり、こんな状況においても表情筋が仕事を完全に放棄してしまっているからに他ならない。

 したがってその胸中は穏やかとは程遠く、未だかつてないほどに動揺してしまっている。

(ど……、どどどっ、どうしよおおおおお!?)

 見ず知らずの土地へと身一つで放り出された者の心境としては、至極しごくもっともなものだっただろう。

 メルは頭を抱え、その場へしゃがみ込んでしまった。

(私のプリン・ア・ラ・モードがー! まだ一口も食べてなかったのにー! そのうえ食べてもないのに食い逃げ扱いとかされたらどうしよう!? あぁぁぁぁ……!)

 ……それも、当然の心配だっただろう。

 とはいえ、元いた世界へと無事に帰ることができるのか。その心配を真っ先にするべきだったとは思うが。


 たっぷりと10分は頭を抱えていたが、いつまでもその場にとどまっていても仕方がないと思い直し、ようやく立ち上がった。

 肩を落としつつ、とぼとぼと歩き出す。

ほんまほんとどないしよどうしよう……)

 このに及んで彼女のマイブームであるどこぞの方言が頭に浮かぶあたり、幾分いくぶんか心に余裕があるらしい。

 不幸中の幸いか、程なくして馬車のわだちにより生じたような道を発見することができた。どうやらこの辺りも人が行き来しているようだ。それに沿って進めば、いずれは街へと辿り着けるだろう。

 無事に進む先が定まったことにも、メルには何の感動も安堵あんどもなかった。

(あぁ……私のプリン……。食べたかったよぉ……ぐすん)

 依然として諦めきれないのか、道中そんなことばかり繰り返し思う。

 食べ逃してしまったプリン・ア・ラ・モードの姿や味を浮かべていると、無表情ながらもよだれが垂れてきてしまった。そのことに気づいたメルは我に返り、慌てて口をぬぐっている。

 こんな姿を誰かに見られてはイメージダウンもはなはだしい。きっと失望してファンをやめられてしまうだろう。こんな自分へ素敵な幻想をいだいてくださっている皆様の夢をぶち壊してはいけないと、頰をぺちんと引っ叩いて活を入れ直した。


 その後、歩けども歩けども一向に何も発見できない。この世界に生息しているか怪しいが、モンスターのような存在と出くわさなかっただけマシだったのだろうか。

 しかし変化がまったく見られない道程とは精神的にも耐えがたいものがある。メルは別段虚弱体質というわけでもないが、元々意欲的に運動などをするたちでもないため、さすがに疲労の色が見えはじめた。

 およそ一生分のウォーキングを済ませたんじゃないか。これでもう明日からは運動などせずとも健康体でいられるはずだ。疲労のあまりそんな謎理論を展開していたメルは、ふと何かに気づいて足を止める。

(街……だよね? それに、たぶん――)

 この距離では豆粒大であるため断定まではできないが、人らしき影も見えた。俄然がぜん元気を取り戻し、ぱたぱたと小走りで接近していった。

 近づくにつれて、その影がはっきりと視認できるようになっていく。どうやらそれが自分と同じ種族で間違いなさそうだと思うと、ようやく胸を撫で下ろした。


 実を言えば、メルはこれまでにも異世界へと召喚されてしまった経験は何度かあった。

 幸いにもその日のうちに元の世界へ帰れたこともあれば、一週間ほど滞在してしまったこともある。これまでが運良くその程度で済んだというだけで、下手したら年単位の長期戦に至ってしまうこともあるかもしれない。

 なので現在のメルの懸念けねんとしては、その間の食べるものをどうすればいいか。その一点に尽きる。

 初対面の人とコミュニケーションをとる。それは彼女にとって得意と言えないどころか、超がつくほどの苦手分野だったが、情報収集のためには避けて通れない。

 メルは意を決し、荷運び作業中であった推定三十代後半の男性へと声を掛けた。

「あの、すみません」

「――――?」

 怪訝けげんな顔つきで振り返った男性が発した言語は、メルがまったく聞き覚えの無いものだった。

(……いま、なんて?)

 様々な世界を渡り歩いてきたメルにとって、言語に関しては人一倍の素養があると自負していたというのに、盛大に出鼻をくじかれてしまう。

「え、えっと……」

 口ごもっていたら、ますます怪訝な顔をされてしまった。強面こわもて――というほどでもないが、眉根を寄せられるとなかなか迫力ある顔になる。その様子にすっかり気圧けおされてしまったメルは慌ててぺこぺこと頭を下げ、逃げるようにその場を離れた。

うそやんウソでしょ……)

 言葉がまったく通じない世界――。

 これまでも無かったわけじゃないが、その際には翻訳の魔術や機械といった便利なものが存在していた。けれど街中の様子を見る限り、この世界では何をするにも主に人力頼みらしく、そういった文明があるようには思えない。

(むぅ。どないしたもんかどうしたものかな

 表情に変化が見られずとも、内心の台詞せりふがのんきに聞こえようとも、彼女は立派に焦りはじめている。それもそのはず、このままでは当面の衣食住の確保が危ぶまれるのだから。

 メルも年頃の少女だ。浮浪者のような生活はできることなら避けたいと、珍しく必死に思いを巡らせる。糸口となり得る何かを探し、周囲の観察を続けていた少女はある事実に気がついた。

 この街には――活気が、無い。

 メルほどではないにしても、道行く人たちは揃いも揃って無表情だ。遊戯や談笑にきょうじてる姿も見受けられない。以前に訪れたことのあるゴーストタウン並の静けさであり、貧民街スラムの住人でももう少し表情豊かだったように思える。

 根っから気立てのいいメルにとって、この惨状は看過できない。

(けど……)

 仮に彼女の持つ秘策が通用するならば、さほど労せず打開できるだろう。得意分野ですらある。

 しかしそれを行うにあたって、絶望的な問題があった。

(言葉が、通じないんじゃ……)

 詩に――歌詞に込めたメッセージが理解されず……祈りが、願いが、人々の胸に届いてくれないかもしれないのではないか。そんな不安が頭をよぎる。

 それじゃ、どうしようもない――そう諦めかけてしまうが、

(……ううん。〝歌〟は、言語の壁だって簡単に乗り越えてくれるはず――!)

 自分の〝歌〟は、きっと異世界でも通ずる。そう信じ、力強く頷いてみせた。

(それに、もしかしたらお金や食べ物を恵んでくれるかも!)

 ……などという邪念は、メルには断じて無い。見返りなど期待していない。十全十美な彼女には俗気など微塵みじんたりともあるはずがない。

 あくまで、皆様が元気を取り戻していただくために。

 ただそれだけを願い――歌う。


『――――――』


 閑静かんせいだった街中に、メルの天上の歌声が響き渡った。

 住民は何事かとこぞって顔を上げ、一斉にメルへと視線を集める。

(や、やっばい! めっちゃ見られてるぅ……!)

 元々目立つこと自体苦手な性分だ。こうして注目をされてしまうのは、やはり何度やってもなかなか慣れてくれない。

 そのうえ今回はいつもと訳がまた一味違う。こうまで静まり返った中、広場のど真ん中でゲリラ的に歌う経験など滅多にない。当然ながら周囲にいるのは観客ではなく、ただの道行く人たちだ。受けるプレッシャーの度合いも半端じゃない。

 やはり言葉が通じていないせいだろうか。そもそも歌という文化が無いのかもしれない。何やらいつになく好奇の目を向けられている気がする。

(きっ、きばりんしゃいがんばりなさい、メル!)

 声が震え出してしまいそうで、膝が崩れ落ちてしまいそうで。自らに言い聞かせ、自身を鼓舞し。

 メルは想いの限り、歌った――。



 歌い終えると、辺りにはすっかり人だかりができていた。

 全力で逃げ出したくなる気持ちをどうにか堪え、おずおずと、ちらちらと、その観客たちの顔色をうかがっていく。寄ってきてくれた時点で興味は持ってくれたのだとは思うが、どういった類の興味かでこの後のやりやすさが天と地ほども違ってくるからだ。

 祈るような思いで確認していくと……メルを値踏みするような眼差しを向ける者や、目を輝かせている者が大半を占めており、総じて好意的に感じ取ってくれたらしい。ひとまずはばっちりだと安堵する。

こっからここからさね……)

 そう――まだ、不十分だった。

 この人たちにいま最も必要なのは、笑顔だ。聴いているだけで自然とそのような表情になれる歌が求められる。

 明るく、元気よく、テンポよく。そんな歌を自分自身が楽しく歌い、笑顔を見せれば、聴衆もつられて笑顔になってくれるはずだ。

 〝歌〟と同様、〝笑顔〟だって異世界でも通ずるはずだ。

(でも……)

 ――笑顔。

 それは感情表現が苦手なメルにとって、最も難しい表情であった。

 歌っている側が無表情でいては、効力が半減するどころではないだろう。なればこそ、いかなる手段を取っても笑顔を作り上げる必要がある。

(私が自然と笑顔になれるもの、それは……『プリン』――!)

 メルは腹をえ、ギュッと目を閉じた。

 そしておもむろに、すぅ……っと息を大きく吸い込む。


『――プリン、ください』


 ……仮に言葉が通じていたとすれば、度肝を抜かれてしまったことだろう。いや、呆気に取られると表現した方が良かったかもしれない。


『プリンが……食べたいです……』


 続く歌詞はさらに悪化している。

 それはただの、現在の少女の切なる心情だった。


『プリンを……よこせぇーーーっ!』


 少女は、叫んだ。

 言葉が通じないことをいいことに。

 プリンへのありったけの想いを込め、声を張り上げた。


『プリン、プリン、どうしてわたしをお見捨てになったのですか!』


 思いついたフレーズを衝動的に口走り、


『ねえ聞いて プリン欲しいの 食べたいの!』

『我、所望 プリンをよこせ 愚民ども!』

『あぁっ、プリン! どうしてあなたは プリンなの! (字余り)』


 思いつくまま川柳までをもリズムに合わせて詠んでみせる。


 ――滅茶苦茶だ、と当の本人ですら思う。

 こんな姿をこれまでのメルを知る人に見られでもしたら、気でも触れたかと病院か除霊を勧められてしまうことは間違いない。ドン引きされ幻滅され、百年の恋も冷め、ゴミや汚物へ向けるようなさげすみの眼差しを向けられてしまうことも避けられない。

(でも……楽しい……!)

 次々とあふれてくる想いを、パッションを抑えきれない。

 もう――プリンのことしか、考えられない。

 かろうじて残っているわずかな理性で、この感情が皆にも届いてくれるようにと願う。

 何かを愛する、という気持ち。それは何よりも強く、笑顔をもたらしてくれる素敵な感情なのだから、と――。


『まいすうぃーと、ぷりんっ!』


 恥じらいや迷いなど、今のメルにはもう雀の涙ほども存在しない。

 全てをかなぐり捨て、心を解き放ち、一途にプリンへ恋する乙女の権化ごんげと変わり果てた彼女を止められる者はもういない。


『I Want Pudding! I Need Pudding! I Love Pudding!』


 既に歌と呼べるものかも怪しい。それはもはや魂の声だった。けれど構わず彼女は続ける。

 皆、私に伝染されてしまえばいい。世界中の人々が、プリンを好きになってしまえばいい。

 そんな血迷った願いすら込めて、叫んだ。


『みんなーっ!! プリンが、好きかーーーッ!?』


 言葉は通じていないはず、だった。

 けれどそれに呼応するように、一際ひときわ大きな歓声が巻き起こる。それを受けたメルに、込み上げてくるものがあった。

 頬を紅潮させ、瞳を潤ませ……今にも泣き出してしまいそうな声で、最後はささやくように、そっとつづる。


『大好きだよ……プリン……』


 ――どこからだったかは、わからない。

 しかし歌い終えたメルは、笑顔だった。

 それは至って晴れやかで、無邪気で、歳相応の少女のようで。

 メルが生まれて初めて見せた、とびっきりの笑顔だった。


「ありがとう……ございましたっ!」


 元気よく頭を下げると同時に、群衆が沸き上がる。

 心地よく全身に響き渡る喝采かっさいを受けながら、ゆっくりと顔を上げ、端から順に彼らと真っ直ぐに目を合わせていく。

 こんなにも至近距離で、こんなにも大勢に囲まれた経験は無かった。そのお陰で全員の顔がはっきりと確認できる。

 彼らは例外なく誰しもが、揃いも揃って似通った表情をしていた。

 それはメルと同様、各々が人生で初めて見せた、とびっきりの笑顔だった。



     ◇     ◇



「はぁ……」

 メルは意図せずため息をついた。

 無事に街の人々が笑顔になってくれた、もちろんそれは大変喜ばしいことだ。

 けれど、その代償とも言うべきか。あれほどまでにプリンプリンと連呼してしまったものだから、余計に想いがつのってしまっている。

(プリン、食べたいなぁ……いと恋しかぁ……)

 頭に浮かんでは消える、プリンたち。オーソドックスなカスタードに始まり、ミルクプリンやイチゴプリンにマンゴープリン。プリンパフェやクレームブリュレに、やはりなんといっても、食べ逃してきてしまったプリン・ア・ラ・モード。

 きゅるる、と可愛らしい鳴き声を発してしまったお腹をそっと押さえる。

(これから……どげんしよどうしよう

 不意に視界がぼやける。その目には涙がにじんでしまっていた。

 見ず知らずの土地に放り出されてしまった不安。この街に至るまで歩き続けた疲労。言葉が通じない孤独。追い打ちをかけるかのような空腹。いつになれば元の世界へと戻れるのかという、先行き不明な憂慮ゆうりょ

 これでは泣き出しても無理もないどころか、むしろ今までよく耐えた方かもしれない。アンハッピーセットにも限度がある。うら若き少女にはこくすぎる状況だった。


「――――!」

 突如背後から聞こえてきた声にビクっとして、慌てて目をごしごしとこすり、振り向く。

 その声の主である男性の顔には見覚えがあった。街の入口で荷運びをしていた人だ。

 相変わらず何を言っているのかはサッパリわからない。しかし彼はメルへと満面の笑顔を向け、親指をグッと突き立てている。言葉など通じずとも、何を語っているのかは明白だった。

 察するに、『おう嬢ちゃん! 最高だったぜ!』といったところだろう。悟ったメルも、無表情ながらも会釈えしゃくを返す。

 やはり、笑顔とは……歌とは、素晴らしい。言語や異世界といった壁など、いともたやすく取り払ってくれる。感じていた不安や孤独さえも、取り払ってくれる。

 何を落胆することがあったのだろう、とメルは内省した。

 たとえ言葉が通じずとも、表情や仕草によって通じ合える。感情表現が苦手であっても、私には歌がある。

 たとえそこが自分を知る者が誰一人としていない、見ず知らずの地であっても。それだけを胸に刻んでおけば、もう何も恐れる必要なんてない。

 芽生えた新たな想いを噛みしめていると、男性が再び口を開いた。

「――――(ほとんど聞き取れなかったが)、『プリン』――――(ってずっと言ってたろ)? ――――(だから嬢ちゃんの好物なのかって思ってな)」

 メルは首をひねって目をぱちくりさせる。今しがたの台詞の中に、聞き覚えのある単語が紛れ込んでいたような気がしたからだ。

(……『プリン』? って言った?)

 恋しさのあまり、聞き間違えてしまったのだろうか。ますます首を捻っていると、男性の後方から大勢の人々が姿を現した。

 男性が大声を発し、『おーい、こっちだ』と言わんばかりに手招きをしていることから察するに、この団体は彼の主導で集まったものらしい。なぜだかその人たちは我先にと争うように、手にした思い思いの器やトレーを差し出そうとしてくる。

(……なんばしよっとなにをしてるの?)

 その尋常じゃない迫力に、ぽかんと口が開いてしまう。やまない喧噪けんそうをぼんやりと聞き流していると……何やら強烈に記憶を刺激する、嗅覚をそっと包み込んでくれるような、馥郁ふくいくたる甘い香りがしてきて――

(――……まっ、まま、まままさかっ!?)

 相も変わらず無表情ではあったが、差し出された中の一つの器を、光の速度で奪うようにして受け取る。


 はやる気持ちを抑えつつ、ゆっくりと中を覗き込んでみると――

 メルが何よりも逢いたいと願い、ずっと恋焦がれていた、プリン最愛の君が。


 思わず頰を引っ張る。幻聴の次は幻覚でも見てしまったのかと、むにーっと思い切り引っ張る。けれど大福のように柔らかな頰はよく伸び、なかなか求めている痛みをくれない。

 諦めて指を離し、ほんのりと血色のよくなった頰をさする。そしてもう一度、改めて慎重に器の中身を覗き込んでみた。

 そうして目の当たりにする、黄色く、凝固された、なじみ深い容姿。器を軽く振ってみると、ほどよい柔らかさをアピールするよう、ぷるんと揺れる。香り付けに使用されているのは、厳密にはバニラとは違うのかもしれないが、限りなくそれに近い芳香がする。

 やはりこれはプリンだ。紛れもないカスタード・プディングだ。プリンマイスター(自称)であるメルの本能が全霊でそう訴えかけてくる。それを裏付けるよう、彼女の涙腺も大分危うい。

 メルはプリンを指差し、自分を指差し、男性の顔を見つめて首を傾ける。すると彼は今日一番の笑顔を浮かべ、大仰おおぎょうに頷いてくれた。

 その意味は、『遠慮せず食ってくれ』だったに違いない。


 ――異世界にも、通ずるもの。

 それは〝歌〟や〝笑顔〟に続き、〝プリン〟までも含まれていたらしい。


「~~~~ッ!」

 メルは喜びのあまり、声にならない声を発し、らしくもなくガッツポーズまで決める。

 そして半泣き半笑いという、彼女にはおよそ似つかわしくない感情むき出しな表情で、念願のプリンを脅威の勢いで食し始めてしまった。


なんまらすっごいまげにとてもがばいとてもいっぺーめっちゃまーさんどーおいしいよー!」


 ……今しがたの彼女による方言闇鍋やみなべの叫びを理解できる者は、はたしてどこを探せばいるのだろうか。ひょっとすると、文字通りの世界中を探したとて見つからぬのかもしれない。

 ゆえに、愛する人と結ばれた大好物にありつけたメルの胸中は、誰にも計り知ることができない……とひょうしても、きっと誇張こちょうではないのだろう。たぶんおそらく、ぎりぎりかろうじて。


 ――その後。

 街中からかき集めた大量のプリンたちを、メルがまたたく間に平らげてしまったことは言うまでもない。

 そんな姿を見てなお住民たちが少女へと向ける目は、女神をあがめるかのようにきらめいていた。

 しかし、彼女の体積を優に超える山が、いったいその華奢きゃしゃ体躯たいくのどこに収まるというのか。少女の謎は深まるばかりである……。




 ――〝プリン姫プリンせす〟メル・アイヴィー。


 その世界において未来永劫えいごう語り継がれる、新たなる伝説が誕生した瞬間だった。

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プリンせす・メル 紺野咲良 @sakura_lily

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