大学生の狂気〜スイカ爆撃編〜

東 京介

嘘嫌いの友人

「このレストランは最低だ。三ヶ月も経たないうちに潰れる、そう断言できる」


 日に焼けた顔を真っ赤にしながら、市村がそう言った。

 私はこの友人と共に、そこそこ有名なレストランで食事をとっていた。彼は店に入ったときはこれ以上ないほど機嫌が良かったのだが、運ばれてきた料理を見た途端に顔を悪人面に変え、フォークを突き立てて怒りを露わにした。運ばれてきたのはハンバーグ・プレートである。


「なんだってそんなに怒るんだ。美味そうなハンバーグじゃあないか。ほら、じゅわじゅわ音を立ててさ……」

「確かに美味そうだ。よだれも出てくる。だが寺崎よ、問題はそこじゃない」


 市村は荒っぽく店のメニューを開くと、「ビーフ・ハンバーグ・プレート」の写真を突いた。カツン、と小気味良い爪の音が鳴り響いた。


「よく見ろっ、この付け合わせのポテト。美味そうだなあ!? デミグラスソースに絡めたら更に美味そうだ!」


「しかしだ!」と声を上げ、市村はメニューを投げ捨てる。そうして腕を高く振り上げると、勢いよくプレートに盛り付けられた橙色の根菜を指差した。余風が私の前髪をそよがせたのを感じた。


「ニンジンだ! キャロッツだ! 断りもなくニンジンにすり替わってやがる、これは立派な詐欺だ!」


 言った通り、プレートにあるのは紛れもなくニンジンである。ポテトの姿はどこにも見えない。詐欺というには少々大袈裟な気がしたが、確かに飲食店としてはよろしくない行為であろう。

 それにしても、市村がポテトに対してそこまでの激情を見せるとは思わなかった。もしくはニンジンが死ぬほど嫌いだったのだろうか。

 どちらにせよ、大学三年間の付き合いで初めて知ったことなのだが。


「ポテトに取り替えて貰うか? なんなら食べてやるぞ」

「いやいい。ニンジンは食う。ポテトが無いのも別にいい。俺が怒ってるのはそんな下らないことじゃないんだ」


 そう言うと、市村はテーブルに両肘をつき、神妙な顔つきで深呼吸した。面倒な話をするときの決まった動作だった。


「この店は嘘をついた……人を騙す嘘だ、悲しい嘘をついたんだ……」

「ああなんだ、また嘘の話かい」


 市村は嘘が嫌いだった。

 嫌いというよりはアレルギーに近いのかもしれない。嘘は災いの元、嘘をつくと破滅する、嘘をつかれても破滅する。宗教染みて度を超えた嘘嫌いだった。


「なんだとはなんだ! 嘘つきは泥棒の始まり、泥棒は地獄の始まりだ!」


 市村はひとしきり嘘についての説法を語ると、唐突に手を合わせてニンジンを貫き、ソースにくぐらせてから食べた。一瞬幸せそうに頬が緩んだ。

 今までも、嘘について激昂することが何度かあった。最初こそ驚き恐れたが、説法を語るだけで周りへの被害は一切無く、すぐに慣れてしまった。今回も「咎人は自然のままに裁かれるのだ」とのことで、店に抗議するつもりは無いようだった。


「恨めしいことだ、今日は災いの日になるぞ。食い終わったらすぐ帰ろう」

「そんなことはないってのに大袈裟なヤツだなあ。試しに占いでも行ってみないか。商店街に占い師が来てるらしい」


 占い師、と聞いて市村の顔が歪んだ。その胡散臭さに顔をしかめているのだろう。嘘つきの最たるものだと叫び散らしたそうな顔つきだったが、押しに押して同行を決定させた。

 私自身占いを信じているわけではないが、来ているのは何やらTVで話題の凄腕占い師らしく、エンタメ的観点で興味があった。


「全く分からんヤツめ。これ以上嘘を浴びて死んでしまっても知らんからな」


 ハンバーグを完食し、デザートのメロン・パフェを平らげると、市村は悠々と席を立った。今日の会計も私の奢りということだった。


 * * *


「で、その占い師ってのは何処にいる」

「さっき言っただろう、商店街だ。ここ一週間、ゲリラ的に店を開いては去っていくらしい」

「焼き鳥の出店みたいなものか」


 市村と共に街を歩き、商店街に辿り着いた。

 いつもは賑わうわけでも閑散とするわけでも無い、特筆すべきことのない通りだったが、今日はどこか人通りが多い。やはり占い師の出現が話題となっているのだろう。

 入り口から辺りを見渡し、私はある失敗に気付いた。先程も言ったように、占い師はゲリラ的に店を開く。つまり今占い師が居る保証はどこにもないのだ。流石に情報を受け取ってから出向くべきだったかと軽く肩を落とした。


「あれか。『占いの館』だとさ」


 どうやらそれは杞憂だったらしく、市村が奥に現れた紫色のテントを指差した。掲げられた看板には『占いの館』と無駄におどろおどろしい文字で書かれており、胡散臭さをそのまま絵にしたように胡散臭い風態だった。


「ラッキー、丁度開かれたらしいぞ。やはりお前の言うことは当てにならんな」


 私のおちょくりを無視すると、市村は無言で鼻を鳴らし、早足にテントへと向かった。

 尻尾があれば高速でぱたぱたとさせていただろう興奮ぶりに、思わず笑みがこぼれてしまった。


 * * *


「……球体が見えます。これは……植物ですね。何やら甘い香りがします。割と大きい……メロンでしょうか」


 薄暗いテントの中で、水晶玉を覗き込む女性が言った。あまりに占いらしい占い方に面食らっていたのだが、占いの内容自体はめちゃくちゃだった。なぜメロンが映るのか。吉兆なのか凶兆なのかすら分からないし、メロンをどうすればいいのかすら分からない。そもそも丸くて甘く大きい植物、というぼんやりとした情報でメロンと断定するのはいささか早計ではないのか。


「それは良いことですか? それとも悪いことですか?」

「おい寺崎、メロンなら食べたぞ。特に腹も壊してないし、これは吉兆と受け取っていいんじゃないか」


 妙齢の女性占い師は、私の仕事は終わりですと言わんばかりに真顔で黙り込み、疑問に応えようともしない。占いへの訝しみはどこ行ったのか、横でひたすらに吉兆をアピールする市村をよそに占い師に質問し続けると、遂には「お帰りください」と言われてしまった。ついでに三千円も払わされた。


「とんだボッタクリだ! くだらん!」

「おい、吉兆だぞおい! メロンを手に入れれば嘘の不幸もちゃらと言うわけだろう!」


 テントの外で喚き散らすと、行列に並ぶ人々が一斉にこちらを向いた。熱烈なファンであろう人の私を灼き殺さんとする熱視線に肝を冷やしつつ、メロンメロンと騒ぐ市村を諌めた。

 そういえば、市村はメロンが大好物だった。


「この辺りにメロン畑はあるか? 青果店でもいいが、出来れば畑がいい」

「あるにはあるが、この季節じゃあ作ってるのはスイカだろう。スイカ畑でいいか?」


 スイカ、と聞いて市村の顔が歪んだ。ちょうどついさっき見た顔だったが、今回不快な顔をした理由は分からなかった。

「スイカァ?」と挑発的かつ侮蔑的な声を上げると、市村はわざとらしく溜息を吐いた。


「似ても似つかないだろう。全くの別物だぞアレは」

「変に細かい男だなあ。メロンも水メロンも変わらないさ。占いでも言ってただろう、『球体で大きくて甘い植物』」


 唸り声を上げる市村に追い打ちをかけるように、スイカでも変わらないと詭弁を重ねる。次第に市村の顔から真剣味が抜けてゆき、「じゃあそれでいい」と言わせることに成功した。押しに弱いのが奴の良い所の一つである。


 商店街からバスに乗り込み、例の農場の近くまで移動する。移動しているうちに私の行動欲は削られてゆき、市村も余程スイカが気に食わないのか、不貞腐れたように口をもぐもぐとさせていた。

 乗らない脚を動かしてやっと畑に辿り着いたかと思うと、スイカは見渡す限り収穫された後だった。


「無いじゃないか、スイカ」


 市村が不満げに呟く。ただでさえメロンから目的をずらされたと言うのに、そのスイカさえ無いという事実は少し衝撃が強かったのだろう。

 最初から青果店に行っておけばよかった。何故わざわざスイカを求めて農場まで来たのかと頭を抱えたが、後悔は先に立たないのでやめた。こういう馬鹿も大学生だからこそである。


「だから言っただろう、何が水メロンだ」

「……帰るか。商店街でメロン買おう」


 そうして踵を返そうとしたその時、背後から何かが弾けるような、潰れるような音がした。振り向くと紅くぬらぬらとした光を放つ、謎の水溜りが現れていた。人の頭くらいの大きさだったと思われる紅いカケラが、紅い飛沫を巻きながら四散していた。

 スイカだった。


「市村、これはどこから来たんだ」

「空だな。正確には南西八時の方向、入射角約45度」


 言われた方向を見ると、何やらカラフルに打ち上がった風船が見えた。農場でなにかイベントをやっているらしい。

 地響きにも似た歓声が起こると同時に、空に小さな影が浮かんだ。

 影は次第にはっきりとその姿を現し、急速にこちらへ飛んでくる。眼をこすっても頰をつねっても、スイカが飛んでくるという馬鹿げた事実は変わらなかった。

 着弾、爆散、破裂音。飛沫が口に入って甘かった。


「砲撃だ! スイカによる砲撃を受けている!」

「訳がわからん! スイカの恨みを買うようなことはしていない!」


 市村は慌てふためきながらも両手を合わせ、「くわばらくわばら」と唱える。大方レストランの嘘が影響した災いとでも思っているのだろうが、私はそんなジジババ染みた信心など持ちたくない。現実に起こっていることだとは認めるが、必ず発生源があるはずなのだ。

 二人してワタワタと混乱していると、ついに気が狂ったのか市村がぴたりと立ち止まり、明るい声で話しかけてきた。


「聞け寺崎、俺たちはこのスイカで怪我をすることはない」

「後にしろっ、避難しなければならんのだ」

「スイカの英名を知っているか? ウォーターメロンだ。お前の言う通り水メロンだとも。その水分は凡そ全体の90%を占めると聞く。トマトと同じだな」

「いつになく饒舌じゃあないか! 是非とも知恵絞りに生かしてほしいね!」

「つまり、実質トマトなのだから当たっても痛くない!」


 阿呆、と叫び市村に殴りかかった瞬間、私の脳がぷるりと震え、視界が暗転した。

 最期に聞こえたのは、空に吼える間抜けの恐るべき狂言だった。


 * * *


 目を覚ますと、白い天井が広がっていた。

 市村のような男とは真反対の清潔感溢れる内装、ふわりと漂うヨードチンキの匂い、ベッドに横たわる自分の身体に、ここが病院だとばっちり理解した。

「やっと起きたか」と憎らしい声が響く。横に顔を向けると、顔を包帯で巻かれた市村と思われる男が横になっていた。


「なぜ寝てる」

「見ればわかるだろう」


 無理矢理経緯を話させると、私が撃沈したのちまさか四発目は来ないだろうと高を括っていたところ四発目が来たので、高揚した気分のままに砲撃に挑み、見事に返り討ちにあったらしい。

 私の気絶は彼の正気を取り戻すには不十分だったようである。馬鹿馬鹿しい。


「やれやれ、顔から甘い香りがする」

「メロンが食べたくなるな」

「スイカに親でも殺されたのか?」


 メロンに親を救われたのかもしれない、と思っていると、ノックと共に病室のドアが開き、作業服に身を包んだ中年の男が入ってきた。男は私たちの顔を見るなり胸をなでおろすと、深々と頭を下げた。


「この度は申し訳ありませんでした……まさかあそこまで飛ぶとは思っていなかったんです」


 スイカ農家と名乗る男はぽかんと口を開ける私たちに申し訳なさそうな顔をすると、事故の原因について話し始めた。

 予想通り、農場では小規模なイベントを開いていたらしく、その行事の中に『小玉スイカ投げ大会』なるものがあったらしい。

 どうやら参加者にクリーチャーがいたようである。


「本当に申し訳ありません。どうお詫びしたらいいか……」

「いやなに、そう気に病まないで下さい。貴方は正直な人だ。こうして謝罪してくれたなら、私からはなにも。悪いのは全て嘘つきレストランですから」

「スイカとメロンを間違えたボッタクリ占い師も付け加えておけ」


 正直なところ、馬鹿げたイベントを開き、挙句先のことを考えずに腕力お化けを招いたこの農家にも怒りを覚えている。

 しかし私も市村の精神に感化されたのか、全てレストランと占い師のせいに思えてきた。嘘と胡散臭いものは災いの源である、そう脳に覚えこませた。

 嘘嫌いの狂人も付け加えるべきだった。


「いえ、何かお詫びをしなければ気が済みません。賠償金も払います、お望みのものがあるのならそれも用意します」

「聞いたか寺崎、つくづく高潔な人だなあ。そこまで言うなら望みを言うのが男としての筋ってものだ」


 市村は楽しそうに唸りながら腕を組むと、自分の望みについて考え始めた。私に望む権利を与えるという考えは微塵もないようであった。

 そして鼻をひくつかせると、きりりとした表情で言った。


「見舞い品にメロンをください」


 スイカ農家は困惑した。

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