外伝 堤 圭介の場合 第2話

【Up to you】は僕が一時期、仕事そっちのけで熱狂していたアイドルグループだ。


 アップトゥユーと発音し、意味はたしか『あなた次第』とかそんな意味だったと思う。

 メンバーはマリ、ミラ、ムー子、メイの4人。

 彼女達が他のアイドルと違っていたのは『ダンジョンに潜るアイドル』だったこと。

 このコンセプトは当時かなり新鮮だった。

 ダンジョンで強くなるアイドル達を見守って、彼女達と一緒にダンジョンに潜っている気分になれる。

 仕事や学業、あるいは性格的な理由でダンジョンに潜れない人々からすれば彼女達を応援することで、その憂さを晴らせたのだ。

 ルックスもかなりのモノだったが、ダンジョンで鍛えた身体能力のせいか、彼女達の歌やダンスは他のアーティストとはレベルが違っていた。

 そんな彼女達が解散した理由は、キャプテンだったマリの死が発端。

 その少し前に発覚したムー子の熱愛スキャンダルも痛かったと思う。

 スキャンダルで人気に陰りが出始めた矢先に起きた死亡事故。

 あとの2人には全く問題が無かったが、グループを存続させていくのは正直かなりキツかったと思う。

 その2人のうち、メイが目の前に居た。

 さっきの顔は間違いなくメイのものだ。

 あざといキャラのムー子につっこむ時の厳しい視線が、一部のファンにはたまらなくウケていた。

 実は僕もその1人。

 後方のワイバーンは相変わらず暴威を振るっていたし、行く先々にもゴブリンや他のモンスターが待ち構えていたが、僕はどこか夢見心地のままただただ流されるように逃げ続けていた。

 哀れな犠牲者達を置き去りにして……。


 ◆


「どこに行ってもモンスターばかりですね」


 僕と同年代ぐらいの男性が歩きながら話し掛けて来た。

 汗をかきやすいタチなのだろう。

 同じように逃げて来た筈なのに、彼の身を包むワイシャツはすっかりびしょ濡れになっている。

 ネクタイは外してカバンに突っ込んであった。

 僕も多少は汗をかいているが、さすがに彼ほどではない。


「ほんとですね。ところで、これ皆さんどこに向かっているのでしょう?」


「さぁ? でも、なるべく都心から離れようとしているんじゃないでしょうか?」


「都心から……何故ですか?」


「ご存知無いんですか? お台場にドラゴンが出たとか、新宿に悪魔が出たとか言ってましたよ」


「ドラゴンですか。さっきのワイバーンとかいうのではなく?」


「あぁ、あんなミニチュアみたいなモノでは無いようです。かなりの人死にが出たとか、建物が倒壊したとか言っているのを、車のラジオで聞きました」


「そうなんですか。でも、それがどうして都心から離れることに繋がるんでしょう?」


「出現傾向ですね。どうやら都会に行けば行くほど、危ないのが出るみたいで。私の実家は茨城なんですが、一か八かそこまで逃げてみようと思っています」


「なるほど。貴重な情報をありがとうございました」


「いえいえ、こうした時はお互い様ですから、では私はあちらに向かいますので……」


 男性が指差した方角は……北だ。

 メイを含む先行集団は東へと向かっている。

 この気の良い男性と同道したい気持ちは有るが、北へ向かう人の群れは東に向かうそれよりも遥かに少なくて、僕がちょっと悩んでいる間に男性は行ってしまった。


「お気をつけて!」


「はい! そちらもどうか!」


 お互いに、お互いの無事を祈る。

 普段なら陳腐なセリフかもしれないが、今の僕は本心からそう願っていた。


 ◆


 こうした時、土地勘というものが無いのはツラい。


 結果的にメイ達が先を進み、僕を含む何人かはただ追随しているだけだった。

 先行している面々はいつの間にか、それなり以上にモンスターと戦える人ばかりになっている。

 それぞれに連携らしい連携は見られないが、それでもどうにかモンスターを撃退しているから大したものだ。


 しかし……あの男性の言っていたことは、どうやら間違いでは無かったように思える。

 先ほどから行く手を遮るモンスターに大物はいない。

 そんなに名前を知っているようなのは出て来ていないが、ゴブリンやらスライムなんかがそんなに強いモンスターではないらしいことは分かってきた。

 かといって僕がゴブリンに勝てるのかと言われると少々どころか、かなり怪しいのが情けないところだが……。


 調整池が見えて来た。

 かなり広い敷地だ。

 この集団は駅前などの人が多そうなところは徹底的に避けて、徐々に北東の方角に向かっている。

 最終的な目的地はどこなのか、それが分からないのは仕方ないが、どこまで逃げるつもりなのかはやはり知りたい。


「なぁ、ちょっと良いか?」


 考えごとをしていたせいか先行集団にかなり近寄ってしまっていた。

 そんな僕に話し掛けて来たのは、橋の上で痩せぎすのおばちゃんに絡まれていたあの大男。

 プロレスラーみたいな体格で斧を持っている彼だ。


「はい、何でしょう?」


「いや、アンタはどのあたりまで行くつもりだ?」


「実は決めてないんですよね。この辺りは土地勘が無いですし」


「そうか……たまたま行き先が一緒ってワケじゃないんだな。まぁ、だからってオレらについて来んなとは言わねぇけどよ。もちっと離れて歩いた方が良いと思うぜ? ピリピリしてるヤツも居るし、だからって武器も持ってないんじゃ戦えねぇだろうしよ。他の連中にも言っといてくれや」


「分かりました。ご忠告ありがとう」


「よせよせ。見たとこアンタの方が歳上だ。敬語なんて使わなくて良いっての。じゃあな」


 追い払われるのかと身構えたが、結局そんなことは無かった。

 親切な彼の忠告通り、特に行くアテも無く彼らについて来ている他の人達にも、彼らと少し距離を空けて歩くように言っておくことにしよう。


 しかし……どこまで行くか、か。

 本当に、どうすべきなんだろうな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ 高遠まもる @mamosayu2018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ