パンプキンヘッド・ヴェール

AIHoRT

パンプキンヘッド・ヴェール

 みんながパンプキンヘッドを被って暮らしていることに気が付いたのはごく最近のことだ.朝も昼も眠るときですら誰もパンプキンヘッドを取らない.みんなそれを気にしているようすはないし,実際わたしもあの親切なお兄さんが教えくれなければこのまま一生気が付かなかったと思う.しかし一度気になってしまえばもうずっと気になってしかたない.


 何故パンプキンヘッドを被ったままでみんな気にしないのか.パンプキンヘッドから覗く視界は悪いし声の一部も遮られてしまっているしおまけに少し息苦しい.みんなの本当の顔はパンプキンヘッドによって遮られてしまっていて,顔の個性とはかぼちゃの模様のことを言うらしい.こんなものは取ってしまえば様々な意味で晴れ晴れするに違いないのに,どうして誰もそういう考えにならないのだろう.


 自分だけでもこの目障りな被り物を外せないかと奮闘したが,何かに引っかかりびくともしない.押しても引いても叩いても引っ張っても切っても燃やしても,パンプキンヘッドは一向に外れる気配がなかった.


 打つ手がないのでわたしはしばらくの間パンプキンヘッドについて考えるのをやめた.ひょっとするとパパやママも子供のころに同じことを試したことがあり,同じように諦めたのかもしれない.大人になるとはそういうことなのかもしれないと思った.


 亡くなった祖父の遺品を整理するために家族で蔵を整理していたとき,埋没していたこのスクロールを見つけてしまったことで,忘れていたわたしの興味も同時に掘り起こされた.そのスクロールにはヴェールを剥ぎ取る呪文という,つまりは,パンプキンヘッドを剥ぎ取る呪文が記述されていたのだ.


 祖父が何故こんなものを持っていたのか,もはや聞くことはできないが,わたしは好奇心を解消するためにこの呪文を使ってみることにした.呪文の行使にはだおろすという神の力を借りるらしい.そんな名の神を今まで聞いたことがなかったし誰に聞いても知らないというので,この呪文の価値は非常に疑わしくなったけれど.


 呪文を使うための儀式場として,わたしはそのまま祖父の蔵を選んだ.普段家族ですら力寄らない場所であらゆる都合がよかった.準備として正七角形の魔法円とヘブライ語でこれまた聞いたことのない神々の名前をチョークで記述する必要があり,とてもめんどくさかったし何度も書き間違えた.さらにだおろすの力の一端を顕現させるために金属製で中が空洞になっている平行多面体のオブジェクトを配置する必要があり,こればっかりはパパとママに気づかれずに用意するのは困難に思えたが,ネットでわたしにもできそうな製法を探すうちに,ハンドメイドでそのような幾何学的なインテリアを作り販売している人物を見つけ,値段もおこずかいの二カ月分程度だったため,これを買い取ることで全ての準備が完了した.


 いあ いあ だおろす ふたぐん

 げしゅ ぱらへど ていと だおろす ふたぐん


 半信半疑だったが,詠唱を続けるうちに確かに魔術は行使されていることがわかった.魔法円の中央に配置した並行多面体に妖艶な赤色の光が宿りちかちかと輝き始める.周囲の空間が大きな力で引かれているようにねじ曲がっていき,塗装が剥がれるように内側の真の世界が表層に現れようとしている.わたしの被っていたパンプキンヘッドもそれにつられるように先端から溶け始める.


 確信した.今まさに真実が,パンプキンヘッドに覆われ隠されてきた真実がわたしの目に映る.わたしは,この瞬間をずっと待ち望んで来た!





 木枯らしが吹く季節.市内の病院で入院していた患者の一人が首を釣って亡くなった.自分で自分の顔中を掻きむしり目玉を抉り出して入院させられた患者であり,元は明るく素直でよい子だったという家族の話からは信じられないほど精神は不安定だった.彼女の耳には誰の語り掛けも最早全く別の言葉に聞こえるらしく,「こんなことは知りたくなかった,パンプキンヘッドを返してくれ」と妄言を叫び半狂乱になることがしばしばだった.何故こうなってしまったのか思い当たるところがなく悲しむ家族に,気の利かぬ記者がかぼちゃに縁のある家庭だったのかと尋ねたが,たまに夕食に出すくらいでパンプキンヘッドなど作ったこともないと答えた.


 この話で本当に恐ろしいのは第一発見者である看護婦の証言だ.巡回に病室を訪れたその看護婦が彼女の変わり果てた姿を発見してすぐに下ろそうとした所,もうすでに息はなくカーテンで編んだ首つり縄で喉は潰れているというのに,彼女の口からは呪詛のようにこの言葉が繰り返されていたという.


 わたしはわるいこ わたしはわるいこ わたしはわるいこ

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パンプキンヘッド・ヴェール AIHoRT @aihort1023

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