第26話 永遠に……7

 翌日、扉をたたく音に目覚めた。ねぼけまなこをこすりながら玄関の扉を開けると、友人のXがいた。

「どうしたんだい。こんな早くに」

「時計を見ろよ。何時だと思っているんだ」

 彼がずけずけと部屋に入って来ようとしたとき、ふと連れてっての娘を思いだして、

「ちょっと待ってくれ」と彼を外へ押し返して鍵をかけた。

 まずい。彼は口が軽いのでは有名な男だったからである。

「何だよ。おい。女でも連れ込んでいるのか。

 早く開けろよ」

 彼は外でわめき立てている。ベッドの上を見ると彼女はいなかった。私の服は布団の上に丁寧に畳んである。彼女のコートもスーツケースも消えていた。

 首を振った。コタツの中の衣服は、ない。間の抜けた話だ。俺はそれに気付かなかったのか。

 水枕、記憶、余韻、残り香・・あれは幻ではない。私は水枕をしてそのままベッドで眠りたい心境だった。

「今日は頭痛がするんだ。帰ってくれよ」

「ふざけるな。わざわざ会いに来たというのに」

 仕方なしに鍵を開けると、彼は興味津々に部屋を見回した。

 机の上にはメモが一枚、天使の羽のように薬瓶の下に置いてあった。

 ・・ありがとう、さようなら、と書いてある。そういえば名前も聞かなかった。彼はこっそりとメモと薬瓶をポケットに隠した。


 友人が帰ったあと、しばらくボーッとしていた。

 デスマスクの血は赤黒く乾いていた。マリリン・モンローのポスターが破れてかすかに揺れていた。

 友人に会ったのは昨日だったはずだが、彼は二日前だという。新聞を見ると、たしかに彼のいうことが正しかった。丸一日間の記憶がまったくなかった。三十時間以上も眠りつづけていたというのだろうか。何かとてつもない夢を見ていた気がする。しかし、意識が茫洋として明瞭に思い出せない。とても大切なものを記憶の底に忘れてきたような気分だった。

 彼女が置いていった瓶の蓋を開けてみた。

「おい、これは睡眠薬じゃないか!」

 へなへなとその場にしゃがみ込んだ。

 しかし、これを置いて行ったのは、のっぺらぼうの呪いが解けた証拠かもしれなかった。そのとき私には、彼女が昔の恋人の生霊のように思えた。それならば、なぜ俺は一緒に死ななかったのか。

 いや逆だろう。昔の恋人の生霊が、通りすがりの破滅からふたりを救ってくれたのである。

 私は立ち上がると謎の薬をトイレへ放り込んだ。つまりあの娘は、銀蝿の子どもを退治する薬をお礼に置いて行ったのである。

 窓を全開にすると陽射しがさしこみ冷たい風が吹きこんだ。机にあった缶コーヒーを一気に呑んだ。それから妙にせつなさを感じ、ひざまずいて手を合わせた。

「あの少女が幸せになりますように!」



                       2018・9・5 改訂版

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永遠の恋人(Forever you) 日野 哲太郎 @3126

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