あなたさま

 あなたさまにお会いしたのは雪がしんしんと降る日のことでした。

 空はどんよりと曇って日の射さない、まさにわたくしどもの村を象徴するようないやな日でございました。

 わたくしが母に言われて炭を取りに行く途中のことでした。うすぐらい中にあなたさまは立っておられました。

 昼なお暗き、という言葉がございます。この村を言い表した言葉でございます。

 その、昼なお暗き村において、光射す場所がありました。

 わたくしは嫌も応もなくふらふらと光に集まる蛾のようにただそこへ歩んだのでございます。

 菩薩さま。観音さま。天照さま。あなたさま。

 あなたさまはただ立っておられましたね。そのお姿を見て、わたくしはいやしくも、その天女もかくやというお姿を見て、未熟な、粗末なものが岩のような硬さを持ち。

 わたくしは幼く、自らの汚らしい欲望にひたすら鈍感で、ただ胸が締め付けられるように痛く、岩のように固いそれを抑えてその場に蹲ったのでございます。

 わたくしの膝をついた音を聞いて、あなたさまは気付かれました。わたくしのほうにそのかんばせを向けて、そしてふわりと微笑まれましたね。

 体が震えて、どうしようもなく震えて、わたくしの股間はじとりと湿りました。それはわたくしが初めて精を吐き出した瞬間でございます。そう、わたくしはあなたさまに雄にしていただいたのです。

 あなたさまはなにやらとわたくしに語り掛けてくださいましたが、わたくしはほとんど覚えておりません。ただむせかえるような花のにおいが骨の髄まで染み渡るようで、わたくしはあなたさまの海のように深い双眸をただ見つめて居たのでございます。

 あなたさまは美しいという言葉を飛び越しておいででした。しかしわたくしはこのように時を重ねてもそれ以上の言葉を知らず、美しいと言うほかないのです。あなたさまは美しい。美しかった。

 しかしすぐに若い衆たちが来て、あなたさまは細い腕を掴まれ、わたくしは頭を殴られて、ずるずると引き摺られていきました。

 なんだこの餓鬼出してやがる、と嘲笑う声が聞こえました。まああれを見たら無理もなかろうと、そんなことを云って居るのです。

 わたくしはもう雄になったのだと、餓鬼ではないとよほど言い返してやろうと思いましたが、若い衆はみなさきほどのわたくしのようにあさましく醜いものをそそり立たせているのでおそろしくて何も云うことができませんでした。

 若い衆のひとり、杉三といいましたか、その者が、いっとう乱暴にあなたさまの腕を握ると、あなたさまの口から蜜のような涎とああ、という吐息が聞こえます。あなたさまのお召し物から真っ白い、つきたての餅のような白い乳房がこぼれます。村一番の醜男為一の仕業です。おお、とため息が漏れます。やめろ、いますぐそのお方から手を離せ、そう思いながらもわたくしは、股間が心臓のように脈打つので目を背けることができません。

 谷彦、三郎太、千代楠・乙楠の兄弟、治郎兵衛、菊衛、右馬、一郎彦、全員覚えております、彼らは大声で、村中に響くのではないかと思うような大声で、野卑な言葉であなたさまを罵りながら、順番にあなたさまを吸いました。吸っていたのです。

 谷彦が、彼は村でも女子供にやさしいと評判でしたからそこにいたのが意外ではありましたが、わたくしの方を見て、どうだ、こいつにも少し分けてやったら、と言いました。ほかの者はなにやら非難めいた口調で谷彦にやいのやいのと言っていましたが、名主の甥を父親に持つ谷彦の言うことには逆らえず、わたくしはひょい、と持ち上げられました。足をばたばたと動かすと暴れるな、良い思いができるのだから、と言われ、口を開けるようにと鼻をつままれました。息を吸えなくなって口の開いたところに、為一が口を合わせてきました。為一は思い切り吐息を吹き込んできます。どぶ川のような臭いがして嘔吐き、最後の抵抗だと言わんばかりにふたたび足をばたつかせようとして気付いたのです。もう苦しくも痛くもなく、さきほどまで感じていた若い衆への憤りや、あなたさまへの恋慕に似た感情、為一の耐えがたい口臭、すべてがどうでもよく、ただただ母に真綿でくるまれたようにあたたかい、甘いような思いが巡りました。

 朦朧とした意識の中で、若い衆があなたさまをことごとく凌辱しながら吸い尽くすのを見てわたくしは微笑んでおりました。非難めいた気持ちなどとうに失せ、あれほど美味しいならば無理もないなどと思ってひたすら幸せでございました。

 気付いた時には若い衆もあなたさまもおらず、谷彦だけがわたくしを見下ろして、今日見たことは他の誰にも云ってはならぬとやさしく言うのです。唐突に涙が溢れました。あなたさまを助けることのできなかった後悔が大水のように押し寄せました。その大水が去ったあと、わたくしは谷彦に手を引かれ、母の元へ帰ったのです。

 谷彦はわたくしが川に流されたところを若い衆が助けたのだと説明したので、母には着物をだめにしたことも、炭を忘れたことも咎められることはございませんでした。

 そしてわたくしはあなたさまのことを誰にも云いませんでした。谷彦の言いつけを守ったわけではございません。わたくしは気付いたのです。

 あなたさまは美しいのではなく、美味しいのです。




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パライソのどん底 芦花公園 @kinokoinusuki

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