第4話出会いの歌
今より三年前の出来事。来るべき日に備えるために、朽ちゆく星樹に、再び命吹き込むための儀式が執り行われていた。
星の神殿の反対にもかかわらず、世界中の英知と力を集めたその儀式。
それは人々が生み出した知恵の結晶だった。
再び活性化する星樹。
誰もが成功したと思ったその瞬間、星樹に異変が生じていた。
命を吸い取る半透明の塊を伸ばした星樹。
その腕のようなものに捕まった者は、瞬時に命を抜き取られていた。
その地獄絵は、逃げ惑う人同士でも傷つけあう。
数多くの死者、重傷者を出す惨劇。だが、星樹を元の姿に戻すために、星の神殿の歌姫たちは、懸命にその力をふるっていた。
その中心でシエルは歌う。
そんなシエルの姿を、メルは憧れと尊敬のまなざしで見つめながら歌っていた。
暴走した星樹がその活動を止めた時、静寂に支配されようとした瞬間、シエルの歌声が轟きわたる。
その時、奇跡が舞い降りた。
星樹に光が集まり、吸い取られた命が元の体へと戻っていく。
それがメルの見た光景。そして、メルが歌えなくなった出来事。
メルは問う。自分の見たものは真実なのか。シエルの最後の言葉の意味は何なのか。
その答えを探しに、時々メルは足を運んでいた。
誰も訪れることのない、寂しい慰霊碑の立つことになった、この公園にある星樹のもとに。
*
「雨……。冷たい雨……」
星樹のもとで、何かに問いかけていたメル。ふと見上げると、晴れわたる空で、ここ一帯が雨になっているようだった。
「通り雨。灰色の世界をもっと灰色に染めていく。何もない世界」
俯く視線は独り言を紡ぎだす。他に人がいない事もメルをいつもより饒舌にしていたのだろう。
爽やかな風がメルの頬を優しくなでる。
ほのかな甘い香りと共に、メルの頭に声が響く。
「いや、ここには雨がある。それに、世界にはたくさんの色がある。見ようとしなければ、見えない色が。それでは真実もまた見えない」
驚くメル。その瞬間、メルの中で何かがかき乱されたようになっていた。
その視線の先に少年の姿を捉えたメル。何もなかった世界に、突然現れた少年の姿。
その姿は、メルに灰色の世界でないものを見せていた。
「――いつからそこに?」
やっと絞り出した小さな声は、風と共に流される。
そんなことを気にもせず、少年はただ、周囲の景色を楽しんでいた。
少年のキラキラと光る眼差し。
――こんなにも世界は美しい。
それを見た瞬間、メルはそう感じていた。それは、メルが忘れていた気持ち。その瞬間、メルの中で何かが欠ける音がした。
どうしようもない戸惑いの中で、メルはただ俯くしかできなかった。
「どうしたの?」
少年は自然とメルの頭に手を置いていた。そして、その感触を楽しむかのように、メルの銀色の髪を優しくなで続ける。
「…………。いつから? どこから? 誰もいなかったのに……」
気恥ずかしそうにうつむいたメルの口から、今にも消え入りそうな声が聞こえる。
しかし、少年はなおもメルの頭をなでながら、その言葉をしっかりと聞いていた。
「あっち? かな? んー」
見上げて、上を指さす少年。だが、小首をかしげて考え込んでいる。
「へんなの」
思わず小さく笑うメル。しかし次の瞬間、メルは驚きに目を見開いていた。
「私……、笑ってる……?」
口元を抑えたメルの瞳から、一筋の涙が零れ落ちていた。
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