第11話星降りの朝

「行くのか? お主の歌は皆の心に届いておるぞ」

扉が開く音と共に、老婆は振り返ることなく告げていた。


「はい」

短くも、決意のこもった声。それを聞いた老婆は、小さく息を吐いていた。


「そうか……。三年前のあの事故。星樹の活動を停止させて人々の命を取り返し、その瞬間に『黄泉がえりの歌』で星樹をこの世界につなぎとめた。そんなシエルに、あの男は自らの命を差し出した。さっきそう雅楽官に報告したようじゃな。星樹の記憶として……」

ほんの一瞬、老婆の背中が小さくなる。

だが、振り返ったその顔は、温かな微笑みを浮かべていた。


「まったく……。あの子シエルは……」

その笑みを、メルはそのまま受け止めていた。


「で、お主はどうしたいのじゃ?」

「世界を見て回ります。いえ、見せたいんです」

「その顔…………。頑固なところは母親似じゃな。ならばそのチョーカーは外して行くがよい。形は変わったが、それは歌姫の罪の証。お主にはふさわしくないぞ、メルや」

「いいえ、ババ様。これは何もできなかった私の証。なにより、大切な人が残してくれた、かけがえのないものだから」

愛おしそうに自らの首に手を当てるメル。封印がはじけた時に形を変えたその飾りが、小さな輝きを見せていた。


ため息と共に再び背を向ける老婆。


その背中に、『行ってきます』と声が飛ぶ。その言葉には返事せず、老婆はテラスへと向かっていた。


「奇跡か……。よもや倒れた星樹の隣に、若木が生まれておったとはな」


そこから見える世界にも、様々な傷跡が残っている。ただ、それを眺めている老婆の眼は、温かな光に満ちていた。



〈了〉

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夏の通り雨 あきのななぐさ @akinonanagusa

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