夏の通り雨

第10話結びの歌

声を失ったメルは、星降りの大祭の準備をする事もなく、牢の中でただうつろな日を過ごしていた。

しかし、雨の日には名残惜しそうな顔を俯かせていた。

星降りの大祭当日も、メルはただ牢の中でうつろな目で過ごしていた。

阿鼻叫喚の声があふれる中でも、メルはただ黙って座っていた。

――メル。もう一度会いたい。星樹でまってる。――

声と共に、牢の鍵が光と共に消え落ちる。

その声に導かれるように、狂乱の場と化した神殿から静かにメルは歩き出す。

＊

「メル。また会えてうれしいよ。僕はこれからシエルさんとの契約を果たすよ。だけどその前に、どうしても君に伝えたかった。メル。ありがとう、世界を見せてくれて」

にっこりとほほ笑むアムル。声にならない声をあげ、メルはアムルに抱きついていた。

「君が僕に命をくれた。シエルさんが役目をくれた。そして、君が希望をくれた。だから、今度は僕の番だ。僕の出来る事をするよ。でも、その前に、君に伝えたいことがあるんだ」

時折落ちる星が大地を揺るがし、それが収まると静寂が訪れる。

顔をあげたメルの瞳に、晴れやかな顔のアムルが映る。

「メル。一緒にいる時間は少なかったけど、メルの歌声は聞こえてたわ。星樹に再び命を灯した『始まりの歌』。とてもきれいだった。お父さん、お母さんがいなくても、メルはちゃんと生きてくれると信じている。だから、お願い。星降りに負けないで。お母さんはメルを信じてる。メルの歌で、もう一度世界を繋いで頂戴」

一瞬、メルの眼にはアムルの姿がシエルに見えていた。そして、声にならない涙の叫びをあげていた。

「メル。僕は雨が好きだ。君に会える雨がとても好きだった。ほんの少しだけど、君との思い出が僕にとっての全てだ」

アムルは静かに両手でメルの顔を支える。流れ星がいくつも遠くに流れて、大地へと突き刺さる。

いつの間にか、アムルの体は光の幕でおおわれていた。

「ここからは僕のお願いだ。歌って、メル。星樹の前で。そして繋いでほしい。人々の願いと星々を。僕は君の歌で僕の役目を果たしたい。君と世界を見れないのが残念だけど、この美しい世界を守ってほしい」

アムルの唇がメルの唇と重なった瞬間、アムルの想いがメルの中へと流れ込む。

その瞬間、メルを縛る戒めがはじけとぶ。

目の前で、光の粒となりゆくアムルの顔は、とても満足そうにほほ笑んでいた。

――ありがとう、メル。

形を失いつつも、それだけを言い残す。

必死にその光をかき集めるメルの願いも空しく、アムルの体は星樹へと流れ込んでいく。

崩れ落ち、涙が大地にしみこむ中で、星樹の優しい光がそっと包み込む。

その瞬間、メルは様々な人の想いを知り、立ち上がるメル。

凛とした歌声を力強く風にのせる。

――その瞬間。

輝きを爆発させた星樹の光と優しい歌が手を携える。

それは世界を覆い尽くす程のものとなり、人々の心に響き渡っていく。

一筋の涙が頬を流れ落ちる中で……。