夏の通り雨

あきのななぐさ

遠き日の記憶

第1話目覚めの歌

黒の世界に波紋が広がる。次々と湧き起こる波紋の中で、少年は静かに目覚めていた。

目覚めた瞬間、波紋は音として理解される。


形のない世界。光のない世界で、少年に届くのはその音の流れ。

何もない世界に降る音。


――不思議な音。だが、それは心地よい。

いつしか少年はその音の流れの中にいた。


だが、突如わき起こった力ある音の流れが、少年に様々な事を理解させていく。


自らの事を理解した少年。その瞬間、黒の世界が光であふれる。

そして少年は全てを理解した。始まりの歌で目覚めた自分を。



「どう? おとうさん。さっきのが、みこさまの歌だよ。『はじまりの歌』だよ」

「メルは凄いな。きっとお母さんのように歌えるようになれるよ。なあ、メル。歌は好きか?」

「うん、だいすきだよ! でも、いちばんはおかあさんのプリン!」

「あはは、メルは食いしんぼさんだなぁ」

「ちがうよ、メルはくいしんぼさんじゃないよぉ。ずっとたべてないだけだもん」

「そうだな。お母さんは『皆が一つになって立ち向かえるように』って歌いながら世界中をまわっているからな。寂しいか?」

「ううん、だいじょうぶ。『むすびのおやくめ』だもん。たいせつなことだって、おかあさんいってたもん。でも……」

「でも?」

「やっぱり、メル。おかあさんとおとうさんといっしょがいい」

「そうか、メル……」

父親の手がメルの頭にそっと伸びる。愛おしそうに目を細めながら。


「えへへ――」

嬉しそうに笑うメル。

その晴れやかな笑顔が、雨空に変化をもたらしていた。


「どうやら雨宿りも終わりだ。そろそろ戻らないと、巫女様に怒られる。でも、この雨のおかげで、メルと長く一緒に居られた。雨と星樹に感謝しよう。そうだメル、この樹は星樹という不思議な樹なんだ。大地を通して世界中とつながっている。望んだら、この星樹がお母さんとメルを繋げてくれるかもしれないな」

「ほんと! じゃあ『きぼうの歌』を歌うね!」


止みかけている雨音に交じり、旋律が風にのって流れていく。幼女の奏でる声に導かれるように、父娘おやこの頭上に光が差し込む。


それは太陽の放つ光ではない。星樹の上にある一枚の葉から放たれた光が父娘おやこを優しく包んでいた。

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