4 月の六ペンス(後編)

 ぼくはどきどきしながら、スプーンの先でそっとそれを引き出した。ついてきてしまった生地を払うと、その形がはっきり見える。

 それは、少し歪んですり減っている、銀色の小さなメダルだった。今日はなんだか銀色づいているなぁ、と思う。

「メダルみたいだよ。銀色の、ちょっと歪んだ小さな硬貨だった」

「なんだって?」

 ぼくがお皿の上の銀貨をつつくと、テレプシコーラは目を丸くした。

「アウトサイダー、きみ、それは一番の当たりだよ! 六ペンス硬貨を引き当てたものの新年は、幸運なものになるのだよ」

「そうだったの?」

「そうだとも」

 テレプシコーラは、さっきお皿を持つのに使っていた布を取り上げて、丁寧にその銀貨を拭いてくれた。片目をぎゅっと瞑ってよくその表面を見つめ、

「しかも——これはただの六ペンス硬貨じゃないね。ボクの管轄の子だ」

 と、感心したように呟いた。

「アウトサイダー、これは文字通りの掘り出し物だよ。これはね、正真正銘の月の欠片だ。きっときみを守ってくれるよ」

 テレプシコーラは、どこか厳かな口調で言った。これはきっと、神さまのテレプシコーラだ。彼女の指からぼくの手のひらへ、その硬貨が渡される。冷たくて固い感触。ぼくはちょっと首をひねった。

「これが、あの空に浮かんだ月の欠片なの? 幸運のお守りというのはわかるけれど……」

「うん、人間はね、すぐには気がつかないものなのだよ」

 テレプシコーラは頷いた。「でもね」と、すり減った硬貨の模様を指す。

「何の模様に見えるかな」

 言われて、改めてよく眺めてみる。それは不思議な形をしていた。女性の顔にも見えるし、何か植物の一部や動物の姿だったりするのかな、という気もする。もしかしたら、なんの意味もないただの歪みなのかもしれない。ぼくが悩んでいると、

「ね? 月の模様と同じだ。見るものによって正体の変わるでこぼこだよ。この銀貨はきっと、満月の晩にうっかり落ちてきてしまったんだろうね。それが旅人の財布に紛れ込み、六ペンス銀貨として使われたのだ。無理もない。月の、特に満月の欠片はひんやりして、銀色に輝いているからね。この欠片は、精一杯六ペンス銀貨らしく見えるように、周りの銀貨に色々習ったのだ。それで、空に帰るよりこちらにいることにしようと決めたんだね」

 テレプシコーラは、仕方なさそうにくすくすと笑った。テレプシコーラも、『空に帰るより、こちらにいることにしようと決めた』ものだからだろうか? もしそうなら、ぼくは、彼女が空に戻るのを邪魔してしまっているのかな……?

「それは自分で選んだことだよ」

「え?」

 テレプシコーラと目が合った。まっすぐで、透明な光をたたえた目。それがきゅっと、三日月のように細められる。

「この月の欠片は……幸運の六ペンス銀貨は、自分自身でそれを選んだのだ。持ち主に幸せでいてほしいと願う心でね。それは、誰かのためであっても誰かのせいではないはずだ。だから、アウトサイダー。安心してそれを持っておいで。大切にしてあげるのだよ?」

 テレプシコーラは澄んだ、優しい声でそう言った。ぼくの考えていることなんて多分、彼女にはお見通しなのだろう。ぼくはちょっとだけ照れくさいような、だけど、とても喜ばしい気分で、

「もちろんだよ、テレプシコーラ!」

 と、頷いた。

「そうこなくちゃ。では、お茶を淹れ直そうか? きみと、この銀貨の出会いを祝して!」

 ぼくたちは、なみなみと紅茶の注がれたカップで、高らかな音を響かせて乾杯をした。いつの間にか昇っていた月が、カップの中で揺れた。

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テレプシコーラの白昼夢 のん/禾森 硝子 @Pacema-Peco

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