6.天津炒飯

 出てきた、『テンシンチャーハン』なるものはユリアネスには見たことがない、黄金色の料理だった。


 まず、チャーハンと言うのも聞いたことがなかったが、使われてる食材が卵だけしかわからない。


 ほんのり茶がかったツヤツヤとしたスープみたいなのがかかった下は、卵焼きが皿を覆ってるだけ。ほかに用意されたのは、これとは別の黒っぽいスープに色とりどりの野菜炒め。


 お肉が好きなユリアネスには嬉しい、肉を炒めたのもその野菜に入っていた。



「すっごい美味しそうです!」


「僕の出身、東方じゃポピュラーな料理なんや。あっついうちに食べた方がええで?」


「はーい」


「待て。箸は用意してないが、レンゲだけは使い方を教える」


「ハシ?……レンゲ?ですか?」



 どこを見ても、フォーク以外には少し厚めの変わったスプーンがあるだけ。


 試しに持ってみても、つるつるとした手触りがして初めての感触だと驚く。金属か木製でないスプーンを持つこともだが、異国の文化に触れるのも初めてだから。



「今持ってるのが、レンゲ言う陶器で出来たスプーンなんや。箸は、僕が持ってるようなこう言う二本の棒」

「そ、そんなほっそい棒でご飯食べれるんですか!」



 つまんでるように見えるのは、肉野菜炒めだけ。


 しかし、雪族の里にもなかった『ハシ』なる道具は、ユリアネスでもいきなりは扱えない。だから、フォークが用意されてたのかと納得するも、レンゲの方はよく分からなかった。



「レンゲは、スープもだがとろみの多い液体をすくったり……スプーン以上に底が深いから多くの食材が乗せれたりもする」



 説明しながら、レヴィアスが卵の方を試しにすくって見せてくれると、卵だけかと思ってた下には食材が隠れているのが見えた。



「うわぁ〜! 何ですか、そのつぶつぶしたの!」



 小麦ではない穀物に見えるのは明らか。


 卵の下から数え切れない程現れたそれは、茶、緑、黄色、少しオレンジのような粒と一緒に炒められた何かだった。


 先に食事の挨拶をしてから、ユリアネスも同じようにすくい上げると、そのつぶつぶ達と卵にとろみの強いスープが全体を覆う。


 甘い匂いかなと思っていたが、食欲をそそる塩気の強い匂いだった。



「このまま食べていいんですか?」


「ああ。どの部分も熱いからやけどには注意しなよ」


「はーい…………あっつーい!」



 だが、息を数回吹き付けただけでも甘かったとすぐに悟る事になる。


 とろみのついたスープのお陰か、卵にも覆われてたせいか。予想以上に熱く、レヴィアスに注意されても舌をやけどしてしまった。



「ほら、注意したそばから。水でも飲め」


「はーい」


「お約束やけど、若い子がやると新鮮に見えるわー」



 対する、ランフィアもだがレヴィアスは当然慣れてるのでユリアネスのように失敗することはない。


 これが、経験と言う大人の差なのだろうかと少し悔しくなるも、せっかくの料理は味わって食べたい。


 あのシチューもだが、ユリアネスにとって数週間ぶりの料理だ。きちんと味わいたい。



「もう一回……ふーふー、うわぁ! 卵ふわとろー!」



 程よく冷めた部分を少しかじるように口に入れれば、まずは甘辛いスープ。次に、よく焼いてるはずなのに、半熟のふわとろ感がたまらない卵焼き。


 最後に、これにも肉が隠れてたのかジューシーな肉と野菜の粒に、少しぷちぷちとした食感の穀物。どれも初めて食べるが、何だか胸はホッとする味だった。


 続いて食べた、肉野菜炒めも強い甘辛さが絶妙で、スープはほんのり優しい味。


 もう、作法など気にせず、温度に慣れてしまえば夢中で貪り食べるだけだ。



「美味しい! レヴィアスさんのお料理、本当に美味しいです!」


「……わかったから、泣きながら食べるな」


「はーい」



 だけど、泣いてしまうのも無理はない。


 ユリアネスも料理が出来ない訳ではないのだが、母親以上に作れるのはまだまだ技術が追いつかず。それらを教わる前に亡くなってしまったから、里の誰かに習うのも出来なかった。


 脱走して街に降りてから、何回か食事処に行けても、ここまで美味しいと感じた事はなかった。


 今ハンカチで涙を拭いてくれてる、自身の契約者となったレヴィアスからだと思うと、何故かしっくり来た。



「さって、美味しいご飯もそこそこ食べたし。僕んとこの『混じりの雪族』とレヴィ君とこの星族についてやな」



 全員、ある程度食事を済ませたところで、ランフィアはまた煙管で煙をふかし始めた。食事の最中は、一応気遣ってくれたのだろう。








 *・*・*









「僕のように、混じり……純血やなく、他種族との混血は今じゃ珍しくない。その中に、外れ者の雪族があっても」


「けど、ランさん。私達……そちらから言うとおそらく『本家』には、一切情報は届いていません」


「そりゃそうやろ。外れ者はもう里から追放された者と同じ、君もやけど異端児やしね?」



 レヴィアスとてユリアネスと同じ意見ではあったが、たしかに抜け出した者は最早よそ者。


 集結している一族にとって、ほとんど要らないもとい受け付けない情報だ。レヴィアスも、あの家にいた頃はそれを知らないでいた。



「なら、ギルマス。俺に今まで教えなかったのは……?」


「時期が来てから言うたやろ? 最も、今日明日には話すつもりではいたんや。それが、ユリアちゃんを連れて来ようがそうでなかろうが同じだっただけ」



 そこを聞けば、今のレヴィアスには納得がいく。


 短くない付き合いだからこそ、そこの判断は誤ってはいけない。


 ユリアネスの方も、頭は悪くないようなので突っかかっては来なかった。



「僕の両親……母親がちょうど外れ者の二世だったんやけど。父親の方は普通のヒトやった。珍しい組み合わせやったんだけど、お陰で僕自身が雪族の血を引いても本性が二つある状態になんよ。これは、里の中の連中なら誰でも同じや」


「今のお姿と、先程の雪族のようなのが?」


「そや。混じり者だから、完璧に同じにはならへん。僕の場合、目やけど」



 だから純血のユリアネスとは違う、異種族の証である色があったのか。



「一つの種族が惹かれ合うように、他の種族もそれは同じ。導き導かれ、手を取り合い共に歩んでいく。ヒトが少なくなった今の世でも、異種族婚は大して珍しない。ただ、雪族は特に秘境の里に住まう種族。ユリアちゃんが倒れかけたように、雪を生み出す魔法が未習得のまま出たら普通自殺行為や」


「……すみません、あの時は里に縛られるのが嫌で!」


「怒ってへんよ。今回はたまたまレヴィ君と出会えたんやし、ラッキーやて」



 注意はしても、本当に怒るのならばランフィアはこんな遠回しには言わない。


 今も、煙管を持つ手とは逆の手でユリアネスの髪を優しく撫でてやっていた。同族として、いくらか叱っただけなのだろう。



「そう。本家は特に、外れ者をこれ以上出したくないからと本来あるべきの契りの導きを破ってたらしい。これは、外れ者の僕のばあちゃんが教えてくれたんや」


「契りの……導きですか?」


「雪は、気候さえ条件が合えばどこでも降る。だから、雪は本来旅人の象徴でもあったんや。けど、ユリアちゃんも知ってるように、雪族を利用しまくった連中のせいでそれは潰えた」


「雪族の本来の契りの導きは、仮に俺のように旅をしている中で見つける、事?」


「正解や、レヴィ君。僕のばあちゃんらのような外れ者同士が、ほんまは一番いいんや」



 雪族の習わしならば、同族が一番だろうが本来は旅人だった種族。


 それが叶わなくなったのは、かつての他種族からの誤ち。それを固執に固執し過ぎて、ユリアネスのいた本家はそれで保ってたものの、本能には抗えず。


 ユリアネスも同じく、過去の外れ者達も里を出たがってたそうだ。



「ほんで、ずっと旅をするのもなかなかしんどい。僕のばあちゃんの場合は、契約者でもあったじいちゃんと一緒に東方の里で腰を落ち着けたんや」


「おじいさまが、おばあさまの契約者だったんですか?」


「そやで? おもろい事に、契りの導きって与えた雪を受け付けた事で成立するんよ」


「え?」


「ちょ、それって俺達は!」


「せや。僕のじいちゃん以来の星族と雪族のカップルぅ! いやぁ、めでたいわ」



 嘘か冗談抜きで言ってるわけではなく、ランフィアは本気らしい。


 彼もまた星族の血を引いていることにも驚いたが、レヴィアスに降りかかった事態の方が超えていた。


 ユリアネスはよく飲み込めていないのか、惚けたように口を開けて何故か頬紅を作ってる始末。


 肝心のランフィア自身は、どこからか取り出したのか東方の小さめの扇を振り回しながら遊んでいた。



「いや〜、カッコええのに女っ気ないレヴィ君に、こーんな可愛い美少女のユリアちゃんとなれば。僕嬉しいわ」


「お互いの同意もなく勝手に決めないでください! まだユリアはこんなにも幼いんですから、好きな相手くらい自分で」


「けど、見捨てられへん性格やろ? おまけに、憧れてる雪族なら」


「そうじゃなくて!」



 言い合いをしたところで、ちっとも収拾がつかない。


 相変わらず扇は手の中で遊ばせているし、吹かせてる煙管からはハートマークのような煙を器用に出していた。


 これは、半分からかっていて半分嬉しい証拠だ。



「……あ、あの」



 こちらが言い合っていると、急にユリアネスがのろのろと手を上げながら問いかけてきた。


 振り返って顔を見ると、何故か非常に期待感を抱いた瞳になっている。



「ん? どした?」


「わ、私……将来、レヴィアスさんのお嫁さんになれるんですかっ!」


「ゆ、ユリア!」


「せやね、婚約者言ってもおかしくないわ」


「ギルマス!」



 何故かユリアネスは受け入れてしまい、ランフィアはそれを煽る始末。


 何度レヴィアスが間に入っても、二人は盛り上がるだけだった。


 もう諦めた域になる頃には、レヴィアスも『いいのか』と受け入れるしかないでいた。



(雪族と……いずれ、契る?)



 疑う心がまだないでいた夢が、叶うと言うのだろうか。


 食事を再開し、今度はレヴィアスが東方の茶を淹れて落ち着こうとした時に浮かんだ思考は、とても気恥ずかしいものだった。



「けどまあ。いずれ一緒になるにしても、ここだけで生涯を終えるのはつまらんやろ?」



 散々からかっていたランフィアだったが、急に真剣な表情となった。



「ユリアちゃんもちゃんと生産者ギルドメンバーに登録させるにしても、世界を見て回る方がきっとええはずや。これは個人意見じゃなしに、ギルマスとして言う」



 そして、煙管を外すとレヴィアスの方に向けた。



「ほぼ、長期遠征に近い依頼を回すわ。たまには帰ってきてええで」


「……わかり、ました」



 その真意が、雪族の本能のためか二人を思ってかはわからない。


 だけど、拾ってくれた恩があるこの男性は、レヴィアスのためにはならない事は決して言わなかった。


 だから、レヴィアスも素直に頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪凍りの料理旅 櫛田こころ @kushida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ