5.星族と雪族

 作れと言われたからには妥協はしない。


 そう思いながら、レヴィアスはかき集めた材料を調理台の上に置く。


 そして、それらを統合するとユリアネスは絶対食べた事がないはずの、東方の料理しか作りにくい。

 おそらく、ランフィアはこれを見越して材料を取って置いただろうが、レヴィアスが作らずとも彼は作る事が出来る。


 なにせ、彼の出身地方の料理を伝授してくれた、師でもあるからだ。



「……ギルマス、この材料だと」


「せっかくユリアちゃんも居るしー、卵がたくはんあるから、あれ作って!」


「…………時間勝負じゃないですか」


「ええから〜ええからぁ〜ん、作って!」


「…………承知、しました」



 大の男が、可愛く猫撫で声でねだってくるのは寒気しか起こらない。


 が、どことなく猫に似せた風貌の男だからこそ、似合うと言うかなんと言うか。ユリアネスは気にせずに、レヴィアスの作るモノに興味が傾き、期待に満ちた瞳を向けるばかりだ。


 いつもはランフィアだけに作っていたモノだが、彼の言う通り若い女性にも好まれやすい一品に違いない。


 ならまずは、ライスから仕込むかと、腕まくりをしてから土鍋を取りに行く。







 *・*・*







 いったい、何を作ってくれるのだろうか。


 そして、またどんな美味と出会えるのだろうか。


 興味がレヴィアスの料理に向いてしまい、ユリアネスはまだかまだかと行儀悪く足を揺らしてしまう。


 成人までまだ遠い、15の少女だから許されるだろう。ずっと大人らしいランフィアも注意して来ないから、いいと判断して鼻歌も歌いながら待つ。


 雪族特有の言語を使わなければ、能力は行使しないので大丈夫。ランフィアも、混血とは言え先輩の雪族だから、そこにも注意して来ない。



(絶対絶対、美味しいモノ!)



 その根拠は、雪を含め、レヴィアスの生み出すものは亡くなった母の料理に似た優しい味だから。



「…………気になる?」


「うぇ、はい!」



 視線と意識をほぼ完全にレヴィアスに向けてた時、真正面に居たランフィアが煙管を離してこちらに呼びかけて来た。


 思わず、変な声を上げてしまったが、彼は気にせずにカラカラ笑うだけ。



「せや、先に星族について教えたろ」



 聞いたことのない種族名に首を傾げると、何故かレヴィアスの方から金属を落とすような音が聞こえて来た。


 振り返れば、床に鍋を落とす寸前で踏ん張ってたレヴィアスがいた。


 何か関係があるかもしれないが、レヴィアスは再び調理に戻ってしまったので、目の前のランフィアへの質問に答えよう。



「星族……お空のお星様のご子孫ですか?」


「うーん、まあ半分正解」


「半分?」


「星族は、ちびっと特別な種族なんや」



 完全には当たってないそうだが、何やら自分達雪族とは違う特殊な種族らしい。


 料理も勿論だが、ランフィアの話もまた興味を惹かれるモノばかりなので、ユリアネスは足を動かすのを止めて聞く姿勢になる。


 ランフィアも、ユリアネスの素直な行動に口元を緩めてくれた。



ふるい、ふっるーい詩があるんや。




 数多の星々は、地上に降りるべく『石』の形となって地の調べを楽しんだ。



 そらとは違う水を浴び、

 宙とは違う風を感じ、

 宙とは違う生を知った。



 そして、手を取りまじわり、生との間に子を成した。



 これらが、石とヒトの合いの子『星族』の始まり。



 短いけど、わかりやすいやろ?」


「それ、雪族のと似てます!」


「そやなぁ。僕の知ってる方の詩やと……。



 雪を糧に、

 雪を抱き、

 雪と共に生き、

 またすべてを生み出せる故に、

 銀髪と青銀の瞳を持つ。



 だが、その力を欲する貪欲な種族が多く、逃げに逃げて彼らだけが棲まう里があるのも、また伝説。



 しかし、好奇の欲に負けて抜け出す民もしばしばあるとされている」


「はい、その通りです!」



 世の中に、精霊の血を受け継いだ子孫が多いのは、里の長屋で学んではいた。


 だが、その中に『星族』はなかった。木は木、花は花。水は水と、それぞれ呼ばれてる種族は閉鎖地で育ったユリアネスでも知っている。


 けれど、何故ランフィアは、それらに属さない星族を教えてくれたのか。


 ユリアネスが聞きたそうにしてると、落ち着けとばかりに手をひらひらと首を折るように振った。



「雪族は、僕らが言う本家の里だと……かなり隔離的な場所にある。情報も、だいぶ隔絶させられてるはずや」


「けど、何代か前からの里長達のお陰で、情報は少しずつ」


「多少は融通はきくようになってもまだまだ若い。特に、星族とは縁遠くさせてたからな?」


「何故?」



 雪族と何か因縁があるようにしか思えない。


 すると、その通りと言わんばかりにランフィアは煙管をくわえ、また細く長い紫煙を吐いた。



「石の子……そして多くの加護を持つ種族の総称、加えて差別化が激しいんや。星族の中でも、貴石言う貴重な石が元の種族は、貴族のような扱いも多い。プライドも高いし、正直言って接しにくい連中や」



 けどその意識は、ユリアネスのいた雪族の里でもあった。


 自分達が至高の存在であるからこそ、他者とは違い、他者よりも高位の立場でいる。


 そして、他の種族にない万物を生み出す雪との契約。


 それさえあれば、世界を牛耳られると、過去の因縁を覆そうとしてる愚かな者達もいた。


 それを思い出すと、無性に腹が立ってきてしまい、ユリアネスは膝の上で拳を強く握る。


 だけど、まだユリアネスはランフィアの説明でわからないところがあった。



「けど、何故その人達の事を?」


「鈍いとこも可愛いなぁ? なんでって、レヴィ君がその星族の一人やで?」


「え゛⁉︎」



 まさか、と片隅に思いかけてた事が当たってしまい、つい大袈裟なくらい驚いてしまった。


 だが、レヴィアスはこちらを向かずに調理台の方で料理を作り続けていた。


 あまり表情は変わらないが、無愛想とも違うし、命の恩人で今は契約者。


 雪族に興味はあるようだったが、無理にユリアネスから情報を引き出そうとはせずに、ユリアネス本人のこれまでの経緯を聞いて来た程度。


 どこをどう見ても、里の愚か者のような傲慢な態度もなければ、能力を誇示するようないけ好かない態度もない。


 なのに、何故彼が星族なのかユリアネスは分からなかった。


「け、けど、レヴィアスはすっごくすっごくいい人で! 私の命の恩人ですし、今はご主人様ですし!」


「そやなぁ、この子は星族で言うなら君のような外れ者と同じや」


「​───────……そう、ですね」



 ランフィアの言葉にようやく反応したレヴィアスは、その時大きな鉄鍋で食材を炒めてるようだった。


 嗅いだ事はないが、香ばしくも良い香りに思わずうっとりしかけたが、ユリアネスは詰め寄るようにランフィアに質問する。



「それって、私以上に悪い事なんですか?」


「星族にとったら、欠陥品のような扱いにされてまうな? けど、レヴィ君は星族……本性のラピスラズリを司るラピズライト家では毛嫌いされてたんや。なにせ、特技が雪しか生み出せないせいでな?」


「雪の魔法……だけ?」



 ユリアネスとて、能力を使わずとも簡単な魔法は里で学んできた。


 こんな見た目でも狩りでは重宝されて、魔獣の肉を調達する時は男友達に混じってよく参加したものだ。


 レヴィアスは、そんな子供でも扱える攻撃魔法すら使えないのだろうか。



「…………今は多少の低位な魔法は扱えるが、あの家にいた頃は……本当に雪しか生み出せなかった」


「今は応用して氷もお茶の子さいさいやん?」


「夏しか重宝されませんよ」



 そう言い終えると、火を扱う音が消え、代わりにこちらにまでいい匂いを乗せた湯気が漂ってきた。



「お待ちどうさま。天津炒飯セットです」


「うわぁ!」



 目の前に出された、食欲をかき立てるいい匂いのする料理達に、ユリアネスは一瞬星族の事を忘れかけた。

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