4.ランフィア=ミンウェイ
生産ギルドは、冒険者ギルドに比べると建物の中はあまり騒がしくない。
ランフィアが開けた扉の向こうも、喧騒があるどころか独特の緊張感を漂わせた空気があるだけ。
後ろからついてきたユリアネスは、それを知らないので『あれ?』と小さく声を上げていた。
「レヴィアスさん、人少ないんですね?」
「……ここは、冒険者が特にいるわけじゃない。主に商人や採取系の
「なるほどなるほど? レヴィアスさんは商人さんでしたっけ?」
「違う。あとで話すよ」
ランフィアに来い来いと手招きされてるので、ここで話す内容ではない。
もちろん常連どころか所属している側であるが、ユリアネスの正体がバレないとは限らないから、いつも以上に目立ちたくはなかった。
だが、雪族の特徴を隠していても、彼女は人目をひく程の美しさを持っている。加えて、好奇心旺盛な性格なためか、なんて事のない設備を目を輝かせながら見てもいる。
成人はしてないにしても若い女性が来るのは珍しいので、受付周辺にいる来訪者は興味有り気にユリアネスを見たりしていた。
仕方ないかと嘆息すれば、少し先から紫煙が漂ってくる。
「こっちや」
先に行っていたランフィアが指した扉は、上の階に行くための関係者入り口。
やはり、雪族の機密情報を簡単には漏らせないための対策だろう。これから行く部屋に着けば、ユリアネスの素性について多少声を上げても問題ない。
レヴィアスはユリアネスにも行く場所を伝えれば、彼女はうろうろするのをやめて素直についてきた。
「中は階段やけど、転けたりせんよーに」
「はーい」
レヴィアスを先に行かせてから、ランフィアがユリアネスにそう言うと彼女は覚えたての子供のように返事をした。
実際子供かもしれないが、知るのはあとでいい。レヴィアスもまだ教えていないからだ。
階段を登り、すぐ左を曲がるとひとつだけある扉の前で止まる。
そこは、ランフィアの執務室。時刻的にサブマス達も来ないだろうから、廊下には職員の人影すらいない。
すぐにユリアネスとランフィアが登ってくると、ランフィアは煙管をくわえながらこちらに来れば、扉の前に立つなり鍵穴に手をかざした。
『我が紋章を読み取れ、鍵星』
実に簡素な詠唱であるが、鍵穴が瞬時に紫色に光ると同時に軽い金属音が響く。
音が消える前にランフィアがノブを回し、またレヴィアス達が先に入るよう促した。
「奥のソファ。どっちでも好きに座ってええから」
「うっわ! 里長のお部屋よりも広いです!」
大きめの黒いソファ以外は、作業用の机以外本棚が数個に、簡易キッチン、寒さにも強い観葉植物など。
職員の出入りに打ち合わせなどが割りかし多いからと、応接間を兼ねてるのがこの部屋だ。
飛び跳ねかねないユリアネスの肩を掴んで押さえ、なんとかソファに座らせても何もかもが物珍しいので下の時以上に部屋を見回し出す。
レヴィアスが隣に腰掛けても動じないので、仕方なく背もたれに背を預けてからランフィアが来るのを待つ。
彼は、簡易キッチンで手ずから茶か何かを淹れていた。
「寒かったやろ? ユリアネスちゃんは、コーヒーかお茶やとどっちがええ?」
「ユリアで大丈夫です! コーヒーって何ですか?」
「んー? ちょぉ苦い大人の飲み物やんな。女の子になら、ミルクとお砂糖たっぷりで淹れてもええけど」
「甘いのなら飲んでみたいです!」
「よっしゃ。レヴィ君はどーする?」
「……お任せします」
「ほな、僕と同じブラックでええか」
気分的には苦いのでも飲んで、少し落ち着きたかったので有り難い。
なにせ、まだ数時間経ってないにしても、夢物語だった種族と会うだけでなく『契約』してしまったのだから。
少しして、先にレヴィアスとランフィアの分を低いテーブルの上に置かれる。後から出されたカフェオレ仕立てのユリアネスの分が彼女の前に置かれると、ユリアネスは軽く首を傾げた。
「私のだけ、ミルク入りの紅茶っぽい感じですね?」
「それよりは、ちょっと黒っぽいやつや。熱いし、冷ましてからお飲み? その間に、君について色々聞きたいし」
「あ、はい!」
説明しながらランフィアは向かい側のソファに座ると、くわえたままの煙管を持って煙を長めに吐いた。
「で、レヴィ君。具体的には、どこで彼女を見つけたん?」
「……ホークス山の裾野で。獣が教えてくれました」
「んー? 帰る前に料理してて、そこに寄ってきたもんとかが伝えにきた?」
「……相変わらず、俺が詳細を言わずともわかってるじゃないですか」
「そりゃ、君よりはずーっと歳上やしね?」
「え、ランさんレヴィアスさんとあんまり変わらないように見えますよ?」
「あんがとさん。けど、レヴィ君はただの老け顔やで? まだ19やし」
「ええっ」
驚かれる辺り、ランフィアと同世代に思われていたのか。
しかも、そのランフィアから年齢を明かされたのに多少気恥ずかしさを感じたが、ユリアネスの反応が面白くて少し吹き出しそうになる。
こぼれ落ちそうなくらい、変化させた真っ青の瞳をまん丸にさせていたからだ。予想以上に衝撃を受けたのかそのまま固まってしまい、レヴィアスが目の前で手を振っても正気に戻らない。
「おーい、ユリアちゃーん? 驚くのはまだ早いよ?」
「……ギルマス、俺の事はまだ」
「違う違う。君の事は後やけど、僕の事やねん」
「……あなたの?」
何か、こちら側に伝えてくれる話でもあるのだろうか。
レヴィアスはてっきり、雪族の伝承などについてもう少し詳しく聞けるか、今後の行く末を決めるかと思っていた。
そんな内心を見透かしているのか、ランフィアは開いてるかどうかわからない糸目のままゆるく笑うだけ。
「はっ! びっくりし過ぎてました!」
ほんの少し間を置くと、ユリアネスは正気に戻って手をばたつかせた。
どうやら急に恥ずかしさを覚えたらしく、レヴィアスはぬるくなった彼女のマグカップを差し出す
「ひとまず、これでも飲むんだ。今なら熱くない」
「あ……はい」
レヴィアスの言葉に動きを止め、素直に受け取ってくれた。そしてそのまま口をつけると、白い肌がすぐに朱色に染まり上がる。
「あっまーい! ほんの少し苦いですけど、ミルクと砂糖で美味しいですね!」
「気に入ってくれて何よりや。で、続きやけど……ユリアちゃんいくつ?」
「私は15歳です!」
「ほぉ、よぉ里から出れたなぁ? レヴィ君の言伝にはご両親が亡くなったからとかしかなかったけど……自分の意志で?」
「はい! もう窮屈過ぎるあの里で、生涯を終えるのは嫌だったんです!」
「ふんふん。けど、手に職とかなかったようやね?」
「……はい。出てから気づきました」
若過ぎる衝撃を受けてたレヴィアスだったが、ユリアネスの話をまず聞くことに。
彼女は、道中でも話してくれたように里の外への憧れが、両親の影響で人一倍強かったそうだ。
食べ物も知識も、ずっと同じなままではつまらない生活に飽きてきてしまい、いつか里を抜け出したかった。両親が健在だった時にも彼らに話していたが、二人は仕方ないと了承してくれてたらしい。
ただし、成人する18歳を目処に。
それまでは秘密にしながら生活をしてたそうだが、三ヶ月前の雪崩で両親を揃って失ってしまう。けれど、18歳までの約束を守ろうと日々を過ごしてきたが、我慢ならない事態が起きた。
「勝手に婚約させられそうになったんで、脱走してきました!」
「はっはっは! そりゃユリアちゃんなら怒るわなぁ? けど、雪族は結婚年齢早いし仕方なかったんちゃう?」
「詳しいんですね、ランさん?」
たしかに、元から詳しいと思っていたが熟知し過ぎてるとレヴィアスも感じた。
すると、こちらの視線にも気づいたランフィアはまた少し口元を緩めた。
「そりゃ、
無理もないと言いたいが、口が開いたまま塞がらない。
ランフィアは東方出身以外謎に包まれてると、出会った当初からずっと囁かれてたが、まさかそんな隠し玉を持っていると思うだろうか。
ユリアネスもまた固まってしまったようだが、一人のんびり煙管をふかしているランフィアは、仕方ないかと苦笑いし出した。
「この部屋が特別製なんは、僕の正体をバラさないためもあるんや。証拠は今見せたる」
細く長い紫煙を吐いてから、彼はテーブルに煙管を置く。
それとほぼ同時に、普段は閉じてたらしい細い目が開かれた。その色は、少しくすんだ赤。
だが、目の事に驚いている間もなく、彼は歌を紡ぎ出す。
「───────
耳通りの良い、低くも優しい音。
「
言語かわからない言葉達は、ユリアネスのと似ていた。だが、彼女よりも長く歌ってきたのがわかるくらい技術が高く、同じ男でもいつまでも聞いていたいくらいに。
しかし、歌が終わると同時に、ランフィアの三つ編みから少しずつ色が銀色に変わっていくのに目を奪われた。
「正確には、純血やない雪族やねん。それが僕、ランフィア=ミンウェイや」
最後に目を青銀ではなく、血のように赤く染め上げてから、彼はまた煙管を手にした。
「す、すご」
「何故、俺に黙ってたんですか!」
ユリアネスの声を遮るように、思わず声を上げてしまう。
せめぎ合う感情はあるものの、付き合いがそれなりに長いレヴィアスに何故打ち明けてくれなかったのか。
答えはわかりきってても、言わざるを得なかった。
「……言いたい事はわかる。けど、まあレヴィ君にはいずれ話すつもりでいたんや」
「……え?」
よく話が飲み込めないでいると、ランフィアは空いてる手で指を鳴らす動作だけで、また髪や目をいつもの色に戻してしまった。
「雪族に憧れ、雪しか生み出せない君になら……雪族との導きがあるんやないかと思ってな? 僕の出身やった東の里についてなら、教えてあげよ思ってたんよ」
「え、雪族の里って、他にもあるんですか!」
ようやく割り込んできたユリアネスが興奮して聞くと、ランフィアは頷く代わりに煙管を縦に動かした。
「あるでー? 僕自身が生き証人みたいなもんや。東方問わず、外れ者達が永住の地にした各地に存在するんよ。僕の場合は東方ってなだけ」
「……じゃあ、純血じゃないと言うのは」
「混血児や。レヴィ君達の種族でもちょいちょいあるように、雪族もあるんやで。ま、僕は雪族の血が濃い方やけど」
もう少し詳しく話そうか、と言う前に何故か彼はぱんと手を合わせてきた。
「長くなるから、ご飯作って!」
「…………そんなにも、ですか」
「簡単にするけど、歴史みたいなのも話すしねー?」
「…………わかりました」
「わーい、レヴィアスさんのご飯!」
真剣な話題のはずが、途端にのんびりとした流れになる。
そこも相変わらず、このギルドマスターは雰囲気を作るのが上手かった。
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