3.変幻
*・*・*
兎にも角にも、巡り合ってしまった事態は避けようがない。
レヴィアスは荷物の中から黄色の大きめの紙と、黒炭で出来たペンのようなものを取り出した。
「あ、魔法鳥ですか?」
「…………知っていたのか?」
「はいっ。里の中でも使う事はあったんで」
この魔法は一種の使い魔に近い。
言伝の内容を紙に記し、何回かに折って吐息を吹きかければ、紙に組み込まれた魔法陣の作用によって鳥のように変化して送り先に飛んでいく。
魔法が出来ないヒトはもとより、混血族でも扱える簡単な魔法技術だ。
雪族は特に外界との交流がないとされてると聞くが、意外にもそうでなかったらしい。
レヴィアスは、黒炭のペンで言伝を書き、紙を折ってから静かに息を吹きかける。
「うわっ、レヴィアスさんのは綺麗な青い鳥なんですね!」
そして、使い魔の形や色も使用者の持つ魔力の質で変わってくる。
今回は、距離も言伝の内容も短いのでユリアネスが歓喜の声を上げた通りに、青く小さな小鳥に変化した。
「……生産ギルドに。ギルマスのところへ」
指示を出すと、使い魔の鳥はひと鳴きしてからぐるっと旋回し、レヴィアス達もこれから向かう道へと飛んで行った。
「さて……俺達も行くか」
「えっと……今言ってた生産ギルドにですか?」
「ああ。あそこのギルドマスターに指示を仰がねば……俺の一存だけで君を連れ回すわけにはいかない」
「レヴィアスさんは私のご主人様ですのにー」
「…………そうなったから、余計にだ」
いくら不本意でも、伝説の種族を眷属にしてしまったなど前代未聞。
救命行為とは言え、あのままユリアネスを放置しておけば、彼女は儚くなってしまうところだった。そこについては、助けたのに後悔はないが、魔法で生み出した雪を食べさせただけで本当に主従契約を結ばれるとは思ってなかった。
雪族の伝承を聞いてても、そこは夢物語に等しいと思ってた故に。
ともかく、ギルドマスターに相談を持ちかけて、今後の生活をうまく決めねばなるまい。
何故なら、雪族の伝承をよく知ってるのがそのギルドマスターだからだ。
「あ、街に行くんですよね? でしたら、きちんと
「……フォゼ?」
「雪族に伝わる、体の一部を変化させる魔法です。雪をいただけたので、やってみますねっ」
そう言うと、ユリアネスはレヴィアスから少し離れ、大きく深呼吸してから両手を広げた。
「───────……
歌うように紡いだ言葉の後、彼女の周りにだけ風が舞う。
ユリアネスはそれを気にせずに、また歌い出す。
「
言語なのかわからないが、美しい調べ。
その調べに流れるように、ユリアネスの体に変化が起きた。美しい銀髪が、徐々に青みを帯びた黒髪に変化していくのだ。
普通の魔法でも、これだけ容易に体色変化をこなせる術はない。
「
歌い終わる頃には、銀髪は完全に青の黒髪と変化していた。
そして、まぶたを開けると瞳も青銀ではなく海のような真っ青な色に。
顔立ちはそのままだが、色が違うだけでこうも印象が変わるとは。このままなら、ヒトか混血族のどの種族にいてもおかしくはない。
「お待たせしましたっ。これで、街に行っても大丈夫ですよね?」
「あ、ああ……驚いた。雪族は、本当に歌で魔法を行使するのだな」
「私、結構長く歌っちゃうんですが……その分持続力はあるので、これならひと月は大丈夫です!」
「そうか。なら、行こう」
ギルドマスターに聞いてはいたが、雪族の魔法は詠唱の代わりに独自の歌を紡ぐ事で可能にするそうだ。
それを間近で見られる奇跡は、生涯叶う事はないと思ってはいたが、現実となってしまった。
快活な少女が奏でた歌は、とても澄んでて耳通りが良かった。
余韻に浸っていたいところだが、山の天気は変わりやすい。
まだ本調子とも言えないユリアネスを休ませるにも、早めに街へ戻ることに。
道中、彼女の事を知るべく、色々質問をしたが。
「外については、どれほど知っているんだ?」
「そうですねっ。まだまだ世間知らずですが、通貨の使い方はわかります。何代か前からの里長の意向で、ほんの少しずつでも交易を行うことになって」
「それは……知らないが」
「本当に、ごくごっく一部の集落や街とだけです。それにこの魔法で見た目は変えてますから、普通は私達だと思われません」
「……たしかに」
彼女のように、里を出た変わり者がいると噂では聞くものの、実際に見たと言う証言は少ない。
ギルドマスターは何故彼らの情報を知っているのかは、未だレヴィアスにもはぐらかされるがきっと理由あっての事。
だが、此度ユリアネスを引合わせれば、変わるかもしれない。
どちらにせよ、レヴィアスの性分上、彼女との
「自分の足で街に降りて、自分のお金で買い物をする最初は楽しかったです。でも、それだけでした」
「と言うと?」
「目的は、特になかったのでどうすればいいかわかりませんでした。無鉄砲な事をしてしまいましたが、段々とつまらなくなって……そのうちに雪もなくなりかけたので山に入ったんです」
「…………そうか」
心の渇きについては、レヴィアスも覚えがある。
今の生活も、すべてが充実しているとは言えない。だが、以前の暮らしに比べれば、目的を持って歩みを進められる。
きっと、外の憧れを持っただけではどうしようもなかった時期と一緒だ。ユリアネスにも、それを教えられたらいい。
街の門に着くまで、そんな会話を続けていくと一人で歩くより時間がかかるはずなのに、あっという間に着いてしまった。
「よ、レヴィアス!」
今日の衛兵当番の男は、レヴィアスと顔見知りの若い奴だった。
こちらに気づくとすぐに手を振ってくれたが、隣のユリアネスを見ても何故か驚いたりしなかった。
「ギルマスから聞いてるぜ。連れの嬢ちゃんがいるって……その子か?」
「……ああ。少し訳ありでな」
「ユリアネスと言います! よろしくお願いしますっ」
魔法鳥が届いたのと、ギルドマスターの采配によるものかと納得しているとユリアネスが家名は抜きに自己紹介をし出した。
家名に雪を連想させるのは、主に雪族の証拠なので基本的には名乗らない。
レヴィアスは特別だったらしいが、きちんと分別は弁えているようだ。
「おお、元気な嬢ちゃんだなぁ? 俺の事はザイルって呼んでくれ」
「はい、ザイルさん!」
「レヴィアス、手続きは既にギルマスが肩代わりしてくれてるぜ。さっさと行ってやれ」
「……わかった」
手間を省けるのなら、有り難い。
ユリアネスの方も、深くお辞儀してからレヴィアスの後ろについてくる。
大小の看板が連なる通りに入ると、ユリアネスは上を見ながら歩くので仕方なくレヴィアスは手を引いて連れていく。
珍しさは仕方ないが、そのままでは他のヒトにぶつかるだけでは済まない。
「大きい街なんですねっ!」
「この近辺では、一番大きいと言っていい。ほら、前を見ろ」
「はーい」
そして、目的の生産ギルドの建物に着くと、目に飛び込んで来たのは紫色の細い煙だった。
「やあ。その女の子が、例の子ぉ?」
扉にもたれかかってたのは、細身の男だった。
手には、細長い煙管。
顔は面に似た無機質な笑顔を張り付かせるも、ゆったりとした口調のお陰で警戒心をあまり抱かせない。
ユリアネスに似た青い黒髪を、下は細い三つ編みをいくつも作り束ねていた。
「は、はじめましてっ。ユリアネスと言います!」
ユリアネスにもあまり警戒心を抱かせなかったのか、彼女は丁寧にお辞儀をしてから名乗った。
その態度に、男は煙管を軽くくわえて紫の煙を吐いた。
「おおきに。僕は、こんな見た目やけどこの生産ギルドのマスター……ランフィア言うんや。長いから、ランさんとかでもええよ?」
「はい、ランさん!」
「物分かりのええ子やなぁ、レヴィくん」
「…………わざわざ出迎え、ですか」
「そりゃ、あの内容や。僕自ら出迎えんわけにもいかへんって」
さあ、とランフィアはゆっくり扉を開けた。
「ようこそ。スレイフィアの生産ギルドへ」
歓迎の意味を込めたのか、彼は口角を緩めてユリアネスにそう告げたのだった。
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